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5章
悪魔に祝福された花嫁
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『ぼ……僕と結婚してください。君との縁は特別だと思ってます』
デートを重ねて付き合うようになり、夢原からプロポーズをされたのは、再会してから一年経った頃だった。
その間に翼は今までの仕事を辞め、こちらへ移り住んだ。
久しぶりの両親との暮らしは楽しかったし、懐かしい祖父母の家で過ごす日々は充実していた。
朝起きて新海のおばあさんとのんびり散歩をし、朝食を食べて花の水やりや手入れをする。
身支度を整えると畑に行き、野菜の世話や雑草抜きの作業にいそしむ。収穫時期を迎えた野菜は小さなハサミで切って収穫し、家の庭で売り出す。
この頃から自宅で作ったドライフラワーやポプリ、サシェなどをネットで販売するようになった。おかげでそれなりに収入を得ている。リピーターもつくようになった。どれも届く人の顔を想像して楽しんで作業している。
そんな両親も始めこそ、歳の離れた夢原と付き合うことをやんわりと反対していた。しかし、夢原の人柄にふれる内に彼のことを気に入った。
次第にこの家に招待して食事をするようになり、結婚が決まった時は誰よりも喜んでくれた。
「何してるの?」
「あ。おかえりなさい。全然気付かなかった……」
結婚してからは実家に近いマンションで、夢原ことカイと暮らしている。
彼は夕方になり、勤務先の高校から帰ってきた。丸メガネのつるを軽く持ち上げて目を細め、翼の手元をのぞきこむ。
翼はサシェに使う小さな袋をミシンで縫っていた。彼が帰ってきたことに気づけなかったのは、ミシンの激しい音のせいだろう。
ネット販売は実家にいる頃より売れ行きが上がった。発送のための資材は一度に買う量がドカッと増えた。
「君は集中力がすごいからなぁ。……今日もいいにおいがする」
「……あぁ、午前中はアロマオイルをいじっていたから。換気はしたんだけどにおい気になる?」
翼は部屋を見渡して鼻をスンスンと鳴らした。ずっとここにいるせいか、自分ではにおいが分かりづらい。
カイは首を振って否定すると、作業を中断している彼女に抱きついた。
「いいにおいがするのはこっちです!」
「も、もう何!」
翼の首に腕を巻き付けるカイの顔はフニャフニャしている。頬を彼女の後頭部に押しつけてすりすりと動かした。
こうして甘えだすと長い。翼は”まだ途中なのに……と”しかっめ面の仮面を作り、顔がとろけそうなのをこらえた。
カイの笑った顔はマイナスイオンを発しているのか癒される。なんでも許したくなってしまいそうになる。
反対に翼が涙する時には優しく抱きしめ、彼女の気が済むまで話を聞いてくれる。彼といると、自分はダメになってしまうのではないかと心配になりそうなほど優しくしてくれた。
カイは翼の首元に顔を埋めたまま、彼女だけに聞こえる声でささやいた。
「……翼はね、花のにおいがする。かすかだけど僕には分かる」
「ポプリとかじゃなくて?」
「全然違うよ。君自身が発してるみたい」
「そんなこと言われたことないけどな……」
「僕だけの君の香りってことで」
そう言うと翼の頬にキスをし、背中を伸ばした。
「金曜日か~……。どっか食べに行こ? 君は今日も働きづめだったんじゃないか?」
「私にとっては楽しいことだから。働きづめでも疲れないよ?」
「君にとってはそうでも、いつかガツンと疲れにやられそうで怖いんだよ。今は決まった休日が無いから、たまには何もしない日を作った方がいいよ」
それもそうか、と翼はサシェの袋の山を見た。どれもデザインが被っておらず一点物ばかり。昼ご飯を食べてからずっと作り続けていた。我ながら凝り性だし集中力がすごいと思う。
「カイさんの言う通りかも……」
「でしょ? さ、何食べに行く?」
「迷うな……。せっかくだから街に出ない? のんびり決めよ」
「いいね。行き当たりばったりってことで」
ミシン周りを軽く片付け、着替えて鏡台の前に座った。首元ではガラスのネックレスが輝く。
『ばあちゃんの鏡台は翼が持っていきなさい』
『いいの?』
『あんた、子どもの頃から気に入ってるでしょ? ばあちゃんも私物は翼の好きにさせて、っていつも言ってたから』
結婚した今、祖母の鏡台の前でメイクをするのが特に好きになった。祖母も愛する祖父のためにこうしていたのだろう。
その間にカイもスーツから私服に着替え、玄関先で待っていた。
彼と付き合い始めてから、翼の私服にスカートが増えた。カイも褒めてくれるし、誰かのために着飾るのは悪くないと思うようになったからだ。
「菊地さん、今は他のクラスに彼氏がいるみたいだよ。睦月君が間を取り持ったって聞いた」
自宅を出てカイの愛車に乗ると、エンジンをかけるのと同時に彼が口を開いた。
『魔女がユメ先生と付き合ってるんだって!』
『この前デートしてるの見た!』
カイに彼女ができた、という噂はすぐに広まった。二人がデート中に生徒たちに会うことが多かったからだ。
それを知った佳乃に”裏切られた気分だ”と恨まれたが、しばらくしてから謝罪しに来た。
まだ自分は子どもだし、翼の長年の片思いには勝てるはずがない。それにカイと翼が並んでいるところは似合っているから、と。
「……カイさんは、佳乃ちゃんに好かれていたこと気づいてた?」
「正直ねー。あのコはあからさまだったからなぁ。ちなみにどっかの誰かさんもバレバレだったよ?」
「どっかの……?」
「僕の前だとカチコチになって黙り込んじゃうどころか、真っ赤な顔でにらみつけてくるの。目を離すと嬉しそうな顔をして手を握り締めてた。今は素直にいろんな表情を見せてくれるようになったから嬉しいよ」
翼が膝の上で丸めた両手に、カイの左手が重ねられた。
赤くなった顔は夕陽のせいだけでない。翼が腕の先を見つめると、カイが目を細めて顔を近づけた。
「あの時から僕も君のことが好きだって都合のいい嘘はつけないけど、君が伝えてくれた想いの分愛してるよ」
「はい……」
突然の愛を確かめる甘いささやき。翼は頭から湯気を出し、うなずくことしかできなくなった。彼女の反応を楽しんでいるカイは、重ねた手に一瞬だけ力をこめると正面に向き直った。
「わ、私も好きです!」
若干力んだ愛の言葉にカイは驚いたようだが、照れ臭そうに頭をかいて何度もうなずいた。恥ずかしいけど好きという気持ちはたくさん伝えた方がいいなと思った。
かつて魔女の孫と呼ばれた翼は、今では一心にカイを愛するただの人間。
翼の長年の想いを埋めるようにどちらからともなく二人は顔を寄せ合った。
唇を重ねると、その甘さに自然とほほえみがこぼれた。
Fin.
デートを重ねて付き合うようになり、夢原からプロポーズをされたのは、再会してから一年経った頃だった。
その間に翼は今までの仕事を辞め、こちらへ移り住んだ。
久しぶりの両親との暮らしは楽しかったし、懐かしい祖父母の家で過ごす日々は充実していた。
朝起きて新海のおばあさんとのんびり散歩をし、朝食を食べて花の水やりや手入れをする。
身支度を整えると畑に行き、野菜の世話や雑草抜きの作業にいそしむ。収穫時期を迎えた野菜は小さなハサミで切って収穫し、家の庭で売り出す。
この頃から自宅で作ったドライフラワーやポプリ、サシェなどをネットで販売するようになった。おかげでそれなりに収入を得ている。リピーターもつくようになった。どれも届く人の顔を想像して楽しんで作業している。
そんな両親も始めこそ、歳の離れた夢原と付き合うことをやんわりと反対していた。しかし、夢原の人柄にふれる内に彼のことを気に入った。
次第にこの家に招待して食事をするようになり、結婚が決まった時は誰よりも喜んでくれた。
「何してるの?」
「あ。おかえりなさい。全然気付かなかった……」
結婚してからは実家に近いマンションで、夢原ことカイと暮らしている。
彼は夕方になり、勤務先の高校から帰ってきた。丸メガネのつるを軽く持ち上げて目を細め、翼の手元をのぞきこむ。
翼はサシェに使う小さな袋をミシンで縫っていた。彼が帰ってきたことに気づけなかったのは、ミシンの激しい音のせいだろう。
ネット販売は実家にいる頃より売れ行きが上がった。発送のための資材は一度に買う量がドカッと増えた。
「君は集中力がすごいからなぁ。……今日もいいにおいがする」
「……あぁ、午前中はアロマオイルをいじっていたから。換気はしたんだけどにおい気になる?」
翼は部屋を見渡して鼻をスンスンと鳴らした。ずっとここにいるせいか、自分ではにおいが分かりづらい。
カイは首を振って否定すると、作業を中断している彼女に抱きついた。
「いいにおいがするのはこっちです!」
「も、もう何!」
翼の首に腕を巻き付けるカイの顔はフニャフニャしている。頬を彼女の後頭部に押しつけてすりすりと動かした。
こうして甘えだすと長い。翼は”まだ途中なのに……と”しかっめ面の仮面を作り、顔がとろけそうなのをこらえた。
カイの笑った顔はマイナスイオンを発しているのか癒される。なんでも許したくなってしまいそうになる。
反対に翼が涙する時には優しく抱きしめ、彼女の気が済むまで話を聞いてくれる。彼といると、自分はダメになってしまうのではないかと心配になりそうなほど優しくしてくれた。
カイは翼の首元に顔を埋めたまま、彼女だけに聞こえる声でささやいた。
「……翼はね、花のにおいがする。かすかだけど僕には分かる」
「ポプリとかじゃなくて?」
「全然違うよ。君自身が発してるみたい」
「そんなこと言われたことないけどな……」
「僕だけの君の香りってことで」
そう言うと翼の頬にキスをし、背中を伸ばした。
「金曜日か~……。どっか食べに行こ? 君は今日も働きづめだったんじゃないか?」
「私にとっては楽しいことだから。働きづめでも疲れないよ?」
「君にとってはそうでも、いつかガツンと疲れにやられそうで怖いんだよ。今は決まった休日が無いから、たまには何もしない日を作った方がいいよ」
それもそうか、と翼はサシェの袋の山を見た。どれもデザインが被っておらず一点物ばかり。昼ご飯を食べてからずっと作り続けていた。我ながら凝り性だし集中力がすごいと思う。
「カイさんの言う通りかも……」
「でしょ? さ、何食べに行く?」
「迷うな……。せっかくだから街に出ない? のんびり決めよ」
「いいね。行き当たりばったりってことで」
ミシン周りを軽く片付け、着替えて鏡台の前に座った。首元ではガラスのネックレスが輝く。
『ばあちゃんの鏡台は翼が持っていきなさい』
『いいの?』
『あんた、子どもの頃から気に入ってるでしょ? ばあちゃんも私物は翼の好きにさせて、っていつも言ってたから』
結婚した今、祖母の鏡台の前でメイクをするのが特に好きになった。祖母も愛する祖父のためにこうしていたのだろう。
その間にカイもスーツから私服に着替え、玄関先で待っていた。
彼と付き合い始めてから、翼の私服にスカートが増えた。カイも褒めてくれるし、誰かのために着飾るのは悪くないと思うようになったからだ。
「菊地さん、今は他のクラスに彼氏がいるみたいだよ。睦月君が間を取り持ったって聞いた」
自宅を出てカイの愛車に乗ると、エンジンをかけるのと同時に彼が口を開いた。
『魔女がユメ先生と付き合ってるんだって!』
『この前デートしてるの見た!』
カイに彼女ができた、という噂はすぐに広まった。二人がデート中に生徒たちに会うことが多かったからだ。
それを知った佳乃に”裏切られた気分だ”と恨まれたが、しばらくしてから謝罪しに来た。
まだ自分は子どもだし、翼の長年の片思いには勝てるはずがない。それにカイと翼が並んでいるところは似合っているから、と。
「……カイさんは、佳乃ちゃんに好かれていたこと気づいてた?」
「正直ねー。あのコはあからさまだったからなぁ。ちなみにどっかの誰かさんもバレバレだったよ?」
「どっかの……?」
「僕の前だとカチコチになって黙り込んじゃうどころか、真っ赤な顔でにらみつけてくるの。目を離すと嬉しそうな顔をして手を握り締めてた。今は素直にいろんな表情を見せてくれるようになったから嬉しいよ」
翼が膝の上で丸めた両手に、カイの左手が重ねられた。
赤くなった顔は夕陽のせいだけでない。翼が腕の先を見つめると、カイが目を細めて顔を近づけた。
「あの時から僕も君のことが好きだって都合のいい嘘はつけないけど、君が伝えてくれた想いの分愛してるよ」
「はい……」
突然の愛を確かめる甘いささやき。翼は頭から湯気を出し、うなずくことしかできなくなった。彼女の反応を楽しんでいるカイは、重ねた手に一瞬だけ力をこめると正面に向き直った。
「わ、私も好きです!」
若干力んだ愛の言葉にカイは驚いたようだが、照れ臭そうに頭をかいて何度もうなずいた。恥ずかしいけど好きという気持ちはたくさん伝えた方がいいなと思った。
かつて魔女の孫と呼ばれた翼は、今では一心にカイを愛するただの人間。
翼の長年の想いを埋めるようにどちらからともなく二人は顔を寄せ合った。
唇を重ねると、その甘さに自然とほほえみがこぼれた。
Fin.
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