咲かない桜

御伽 白

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4章

Part 313『その迷いを断つ刀』

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 生きるとはなんだろうか。心臓が動き続けていれば、生きているのだろうか。

 そんな問いかけをあの日からずっとしていた。

 嫁が醜悪な肉の塊に変わってから俺はずっと考えていた。

 動くこともままならず、餌を与えられそれを食べるだけの生き物。

 言葉も解さずただ、漫然と日々を生きるだけ。

 それで本当に嫁は生きているのだろうか。

 このまま生き続けることが彼女の幸せなのだろうか。ただそこにあることが俺には幸せには思えなかった。

 何度も何度も嫁を元の体に戻してやろうとした。けれど、天罰の力は呪術師の呪術よりも強く解除することが難しかった。

 一度受けた神罰を解除する成功例は存在しなかった。不死の呪いなど希も希。そもそも情報が全くなかった。

 ただ呪術のシステムは、根本は大きく変わらない。

 より大きな代価を払えば、呪術は起動する。神が供物として欲しがる様な究極の一品を見せることが出来れば、呪術は成立し、嫁の姿を戻すことが出来るはずだ。

 研鑽を積めばいつかは届くかもしれない。けれど、自分自身の寿命が持つ保証はない。

 人間は老いる。時が経てば経つほどに体は動かなくなっていく。

 自分には、あと何年残っているのだろうか。年をとるごとに焦燥感は増していく。

 毎日毎日、作品を生み出しては失敗する。神罰を許される供物など自分に用意できるのだろうか。

 そんな不安ばかりを抱え、作品作りに埋没していった。

 自分は天才ではない。それはとうの昔に分かり切っていることだ。

 天才であれば、こんな悩みなど閃きと技術で全て解決してしまうのだろう。

 俺に出来ることは愚鈍にも技術を磨くことだけだ。俺はそれしか知らない。越えられない壁があれば越えられる様に努力し、乗り越える。

 凡人は、壁を乗り越えるために石を積んで足場を高くする。

 天才は、凡人と跳べる量が違うのだ。あるいは、積み上げる速度が段違いなのだ。

 自分は出来なかったことが出来る様になるには、時間がかかる。

 今の技術は、長年の努力によるものだ。

 突然、才覚に目覚めて急激に技術が上達するなんてことはありはしない。

 時間がかかるのは間違いない。嫁をこのままにはしておけない。

 だから、いつかきちんと終わらせよう。

 ーーーーーーーそう思っていた。

 目の前には作りかけの俺の作品、そして、手には脱ぎ捨てられた弟子の服に入っていた短刀。

 自分の将来、得る技術の可能性を一時的に自身に宿す妖刀。

 「もう先延ばしには出来ないらしい。」

 そう呟いた。自分でもどうするのが正しいのか分からなかった。だから作りながらも迷っていた。

 そして、技術不足を遅延の理由にしていた。けれど、もう潮時だ。

 勢いよく妖刀を自分自身に突き刺した。

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