エガオが笑う時〜最強部隊をクビになった女戦士は恋をする〜

織部

文字の大きさ
50 / 75
とある淑女の視点

とある淑女の視点(2)

しおりを挟む
 エガオちゃんは、本当に元気だった。
 少し目を離すとどこかに走っていって棚にある物を弄ったり、中庭に出て泥んこになるまで遊んだ。
 その度にお風呂に連れて行って身体を洗うと泡だらけになるのと身体を触られて擽ったいので笑い転げる。
 ご飯もたくさん食べた。
 作ったら作っただけ食べて特に甘いものが大好きで虫歯にならないか心配した。
 そんなエガオちゃんの姿と幼かった時のあの子の姿が重なり辛かった。
 うざかった。
 近寄らないで欲しかった。
 でも、目が離せなかった。
 心配で仕方なかった。
 そんな矛盾した気持ちが私の中でせめぎ合い、屋敷に戻ると強い酒を煽った。
 エガオちゃんを屋敷に連れてくることはなかった。
 あの子との思い出の詰まった屋敷に他の子を入れる気にはどうしてもならなかった。
 私は、エガオちゃんが眠ると屋敷に帰り、起きる前に宿舎に戻る生活を続けた。
 その為か深酒をすることはあっても夜遅くまで遊び歩くことも無くなったので身体は幾分軽くなった気がする。
 目を覚ますとエガオちゃんは「ママ」と呼んで抱きついてくる。
 なんで私をママと思ったんだろう?
 この子と私は祖母と孫と呼べるくらい年が離れている。
 この子の亡くなった母親が幾つだったかは知らないが少なくても私よりは歳下に違いない。
 そしてとても綺麗な女性だったのだろうことはこの子の顔立ちを見れば分かる。
 しかし、抱きついてきたこの子を抱きしめ返すとそんなことはどうでも良くなる。
 この子から発せられるミルクのような甘い匂い、柔らかな髪、優しい温もり、そのどれもがあの子を思い出させる。
 私は、エガオちゃんを呼ぶ時、何度もあの子の名前と間違えて呼んだ。
 エガオちゃんは、その度にきょとんっとした顔をするけど、すぐに笑顔になって「ママ」と寄ってくる。
 その度に胸が締め付けられる。
 痛いくらいの熱い何かが込み上げてくる。
 私は、必死にその想いを押し潰す。
 奥へ奥へと引っ込める。
 私の娘はあの子だけ。
 この子は私の娘じゃない。
 そう心の中で叫んで固く蓋を閉じた。
 しかし、ある時その固く閉じた蓋が音を立てて開いてしまった。
 その日の夜、私はグリフィン家の名代として公爵の一人が主催するパーティーに出席した。
 帝国との戦争が激化する中、貴族同士での団結を結ぶ決起集会と言うことだが、ようはただの憂さ晴らしだ。
 本来は夫の勤めだがメドレーでの公務が忙しい為に私が代わりに出席することになった。
 当然、その日のうちに帰れる訳がなく、私は夫と従者にエガオちゃんの世話を託した。
 エガオちゃんには帰りが遅くなるからご飯を食べて寝てるのよと伝えた。
 彼女も「はーいっ」と返事した。
 私は、後ろ髪を少し引かれる思いもあったが同時に強い安堵を覚えた。
 この子と少し離れる時間を設ければ胸の中に生まれたこの思いを鎮めることが出来る。いらない感情を捨てることが出来ると本気で思った。
 パーティーを終え、屋敷に戻ったのは日が変わってからだった。
 深酒は元々していたがそれ以上に人の臭いと会話に酔い、疲れ果てた私はお風呂に入ることも忘れて寝てしまい、起きたのは日が昇ってだいぶ経ってからだった。
 しかし、それでも私は慌てることなかった。
 どうせエガオちゃんは夫と従者が面倒見てくれているのだからとお風呂に入って身体を洗い、ムカムカする胃を押さえながら食事をし、身支度を整えてからメドレーへと向かった。
 その時の私を私は本気で殴りたい。
 メドレーに着いてからも私は慌てることなく執務室に向かった。
 私がいなくてむすっとしているだろうからご機嫌取りにお菓子を持ってきたのでこれで許してくれるだろう、そんなことを考えながら執務室の扉を開けた。
 しかし、そこにエガオちゃんの姿はなく、代わりに表情を青ざめた夫が「今朝からあの子がいないんだ」と言った。
 私は手に持ったお菓子を投げ捨て執務室を飛び出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

処理中です...