わたくしは何も存じません

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
131 / 143
本編

131.様子のおかしな二人を引き離す

しおりを挟む
 男性が青ざめ「シェンデル公爵閣下……」と呟く。その様子に、女性も冷静になったようだ。俯いて申し訳なさそうに頭を下げた。

「おじい様、叔父様。私も無事ですし……そんなに怒らないで」

「そうはいかん。ロイスナー公女殿下の御前で、シェンデル公爵夫妻の晩餐を台無しにした貴族を放置すれば、ゼークト王国の恥となる」

 居並ぶ貴族が慌てて立ち上がった。紹介されなければ、互いに挨拶は不要だ。私的な場面で、夜会のように長々と挨拶するほうが無礼に当たる。そのためこの店に来た貴族達は、シェンデル公爵夫妻に気づきながらも騒がなかった。

 だが、人前で名乗った以上は貴族として礼を尽くさねばならない。令嬢や夫人が足を引いてカーテシーを披露し、同行した紳士達も目上への礼を行った。

「構わん、そなたらは楽にせよ」

 軽く手を振り、それ以上の挨拶は要らないと示した祖父の表情に、ガブリエルは困ったわねと肩を落とした。祖母クラーラも「あらやだ、珍しく本気ね」と苦笑いする。厳しい祖父だが、高位貴族らしく鷹揚に振る舞ってきた。

 あのまま、カップルの口喧嘩で終われば何もしない。けれど、隣国の公女であるガブリエルに危害が及ぶ形で、騒動が大きくなった。もしアウグストが動かなければ? 動いても何かを被っていたら。この程度の怒りでは済まなかっただろう。

「正式な抗議はしないが……ロイスナー公国への出入りはご遠慮いただくとしよう。我が国で問題を起こされては困るからな」

 名乗らず言い切った叔父様の正体に気づき、カップルの顔色が青を通り越して白くなっていく。公女ガブリエルが「叔父」と呼称したなら、かつてアードラー王国騎士団長を務めた人物だと気づくはずだ。ロイスナー公国の貴族は八家、その筆頭であるバーレ侯爵の名は広まっていた。

 情報に疎ければ、貴族として致命傷だ。たとえ偽情報であっても、早く手に入れて真偽を改める必要がある。彼らとて貴族なら、この状況の拙さが理解できるはず。

「お許しください。私が彼とこのような場で言い争わず、大人しくしていればよかったのです」

 女性が震えながら膝をつき、祈りの姿勢を取った。上位者へ詫びる際にも使われる姿勢だが、ガブリエルが反応した。アウグストの袖を引き、彼女の腕の痣を示す。目配せで知らせ、頷きで動いた。

「彼女は預かろう。その男は帰ってよい」

 アウグストの厳しい声に、男は悲鳴を上げて逃げて行った。呆れるほどの逃げ足の速さで、振り返りさえしない。

「ふん。店主よ。今夜の席代や損害はシェンデル公爵家へ請求せよ」

 店に集まった客の分は迷惑料として払う。そう言い放ち、割れた食器を避けて歩き出した。ほとんど食事は終わっている。ただ……ガブリエルは出口で店の中を振り返った。一礼して、最後に厨房のほうへ目を向ける。

 デザートも食べたかったわ。その呟きは声に出されることなく、呑み込まれて消えた。
しおりを挟む
感想 242

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたは、知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている

山法師
恋愛
 グレイフォアガウス王国の第二王女、シャーロット。  フォーサイス公爵家の次期公爵、セオドア。  二人は婚約者であるけれど、婚約者であるだけだった。  形だけの婚約者。二人の仲は冷め切っているし冷え切っている。  そもそも温度など、最初から存在していない。愛も恋も、友情も親しみも、二人の間には存在しない。  周知の事実のようなそれを、シャーロットもセオドアも否定しない。  お互いにほとんど関わりを持とうとしない、交流しようとしない、シャーロットとセオドアは。  婚約者としての親睦を深める茶会でだけ、顔を合わせる。  親睦を深める茶会だというのに、親睦は全く深まらない。親睦を深めるつもりも深める意味も、二人にはない。  形だけの婚約者との、形だけの親睦を深める茶会。  今日もまた、同じように。 「久しぶりに見る君が、いつにも増して愛らしく見えるし愛おしく思えて、僕は今にも天に召されそうなほどの幸福を味わっている。──?!」 「あたしのほうこそセオ様とお顔を合わせること、夢みたいに思ってるんですからね。大好きなセオ様を独り占めしているみたいに思えるんですよ。はっ?!」  顔を合わせて確認事項を本当に『確認』するだけの茶会が始まるはずが、それどころじゃない事態に陥った。  

自称病弱いとこを優先させ続けた婚約者の末路

泉花ゆき
恋愛
令嬢エルアナは、ヴィンセントという婚約者がいた。 しかし彼は虚言癖のあるいとこ、リリアンの嘘に騙されてエルアナとの大切な約束を破り続ける。 「すまない、リリアンが風邪を引いたらしくて……」 エルアナが過労で倒れても、彼はリリアンの元へ走り去る始末。 ついに重大な婚約披露パーティまでも欠席した彼に、エルアナは婚約者への見切りをつけた。 「さようなら、ヴィンセント」 縋りつかれてももう遅いのです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。 *こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。 文字数が倍になっています。

処理中です...