【完結】うたかたの夢

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!

文字の大きさ
10 / 33

10

しおりを挟む
※流血表現があります。
***************************************







 真っ白に染まった景色を、一瞬で赤が染め替えた。

 巻き添えを恐れてタカヤを押し退けた僅かな時間分、サリエルの回避行動は確かに遅れた。普段ならスマートにかわした銀色の刃は、薄汚れたスーツの腹部を掠める。バランスを崩して、膝を着いた。

 性質の悪い夢――感じていた幸せを奪い去る赤に、少年は怯える。ずっと探してようやく出会えたのに、この手を幸せがすり抜けていくのか。

「サリエルッ!!」

 叫んだタカヤが雪の上に倒れ込み、直後に身を起こしてサリエルに抱き着いた。まだ犯人がいるのに……恐怖からタカヤを引き剥がそうとするサリエルの視界に飛び込んだのは、ナイフを振りかざした男の姿。

 このままじゃ、タカヤに刺さる! 覚悟を決めて、雪の上を転がった。自分に飛びついたタカヤを下にする為に、我が身を盾にする。

「…………っ」

 肩でナイフを受け、ぎゅっと力を込めて刃を締め付けた。骨に当たって浅く刺さったナイフは、筋肉で引き抜きができなくなる。

「や……った……」

 呆然と呟いた男の呟きを、タカヤの耳は確かに聞き取っていた。自分の首をぬるりと濡らす物を指で掬い、鮮やかな命の色に目を見開く。

 失う恐怖は、誰よりも知っていた。

 目の前で命が失われていく怖さも、痛みも、苦しみも……そして残される孤独も。身に沁みているから、体が震える。自分が死ぬなら怖くないのに、いつも自分の大切な人が目の前で傷ついた。

 失ってしまう。

 疫病神と罵られた過去が胸に大きな傷を残していた。抉られる傷は濡れたまま、ずっと乾くことがない。

「……ぃや……、ッ」

 吸い込んだ空気が、冷たさで肺を突き刺す。

 悲鳴に似た声色に気づいて、抱き締めたタカヤの表情を確かめる。右肩が痛むが、自分の痛みなど後回しだった。

 タカヤは精神的にパニックを引き起こす後遺症がある。過去の事件で傷ついた心は、恐怖から発作を引き起こすのだ。めまい、動悸、息切れ、吐き気……多種多様な症状がある発作の前兆なのか、指先は冷たく凍えて震えていた。

 同じ症状の人間を見たことがある。発作の予兆を見て取ったサリエルは、赤く汚れた手でタカヤを抱き締めた。

「何をしているッ!」

「犯人を押さえろ」

 突然の凶行に我を失っていた周囲が、ようやく動き出す。サリエルを刺して尻餅をついている男を押さえ、数人が彼を縛り上げていた。

「大丈夫か? いま、救急車を呼ぶから」

 手を貸そうとする男に返事もせず、引きつった呼吸を繰り返すタカヤを抱き締めたサリエルは、少し迷ってタカヤの頬を軽く張った。このままでは呼吸困難で、発作は酷くなる。発作が軽い今の内に、彼を現実に引き戻す必要があった。

 ぱちんと頬で音がすると、ぼんやりと焦点を失った瞳が向けられる。

「タカヤ、オレは生きてる。大丈夫だ」

 言い聞かせて、肩のナイフを引き抜いた。

 痛みより熱さが広がる。流れ出る血で、ナイフの柄を握る左手が染まった。凶器を雪の上に捨て、両手でタカヤの肩を掴む。

「落ち着いて……深呼吸するんだ……そう、大丈夫だから」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...