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※流血表現があります。
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真っ白に染まった景色を、一瞬で赤が染め替えた。
巻き添えを恐れてタカヤを押し退けた僅かな時間分、サリエルの回避行動は確かに遅れた。普段ならスマートにかわした銀色の刃は、薄汚れたスーツの腹部を掠める。バランスを崩して、膝を着いた。
性質の悪い夢――感じていた幸せを奪い去る赤に、少年は怯える。ずっと探してようやく出会えたのに、またこの手を幸せがすり抜けていくのか。
「サリエルッ!!」
叫んだタカヤが雪の上に倒れ込み、直後に身を起こしてサリエルに抱き着いた。まだ犯人がいるのに……恐怖からタカヤを引き剥がそうとするサリエルの視界に飛び込んだのは、ナイフを振りかざした男の姿。
このままじゃ、タカヤに刺さる! 覚悟を決めて、雪の上を転がった。自分に飛びついたタカヤを下にする為に、我が身を盾にする。
「…………っ」
肩でナイフを受け、ぎゅっと力を込めて刃を締め付けた。骨に当たって浅く刺さったナイフは、筋肉で引き抜きができなくなる。
「や……った……」
呆然と呟いた男の呟きを、タカヤの耳は確かに聞き取っていた。自分の首をぬるりと濡らす物を指で掬い、鮮やかな命の色に目を見開く。
失う恐怖は、誰よりも知っていた。
目の前で命が失われていく怖さも、痛みも、苦しみも……そして残される孤独も。身に沁みているから、体が震える。自分が死ぬなら怖くないのに、いつも自分の大切な人が目の前で傷ついた。
失ってしまう。
疫病神と罵られた過去が胸に大きな傷を残していた。抉られる傷は濡れたまま、ずっと乾くことがない。
「……ぃや……、ッ」
吸い込んだ空気が、冷たさで肺を突き刺す。
悲鳴に似た声色に気づいて、抱き締めたタカヤの表情を確かめる。右肩が痛むが、自分の痛みなど後回しだった。
タカヤは精神的にパニックを引き起こす後遺症がある。過去の事件で傷ついた心は、恐怖から発作を引き起こすのだ。めまい、動悸、息切れ、吐き気……多種多様な症状がある発作の前兆なのか、指先は冷たく凍えて震えていた。
同じ症状の人間を見たことがある。発作の予兆を見て取ったサリエルは、赤く汚れた手でタカヤを抱き締めた。
「何をしているッ!」
「犯人を押さえろ」
突然の凶行に我を失っていた周囲が、ようやく動き出す。サリエルを刺して尻餅をついている男を押さえ、数人が彼を縛り上げていた。
「大丈夫か? いま、救急車を呼ぶから」
手を貸そうとする男に返事もせず、引きつった呼吸を繰り返すタカヤを抱き締めたサリエルは、少し迷ってタカヤの頬を軽く張った。このままでは呼吸困難で、発作は酷くなる。発作が軽い今の内に、彼を現実に引き戻す必要があった。
ぱちんと頬で音がすると、ぼんやりと焦点を失った瞳が向けられる。
「タカヤ、オレは生きてる。大丈夫だ」
言い聞かせて、肩のナイフを引き抜いた。
痛みより熱さが広がる。流れ出る血で、ナイフの柄を握る左手が染まった。凶器を雪の上に捨て、両手でタカヤの肩を掴む。
「落ち着いて……深呼吸するんだ……そう、大丈夫だから」
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真っ白に染まった景色を、一瞬で赤が染め替えた。
巻き添えを恐れてタカヤを押し退けた僅かな時間分、サリエルの回避行動は確かに遅れた。普段ならスマートにかわした銀色の刃は、薄汚れたスーツの腹部を掠める。バランスを崩して、膝を着いた。
性質の悪い夢――感じていた幸せを奪い去る赤に、少年は怯える。ずっと探してようやく出会えたのに、またこの手を幸せがすり抜けていくのか。
「サリエルッ!!」
叫んだタカヤが雪の上に倒れ込み、直後に身を起こしてサリエルに抱き着いた。まだ犯人がいるのに……恐怖からタカヤを引き剥がそうとするサリエルの視界に飛び込んだのは、ナイフを振りかざした男の姿。
このままじゃ、タカヤに刺さる! 覚悟を決めて、雪の上を転がった。自分に飛びついたタカヤを下にする為に、我が身を盾にする。
「…………っ」
肩でナイフを受け、ぎゅっと力を込めて刃を締め付けた。骨に当たって浅く刺さったナイフは、筋肉で引き抜きができなくなる。
「や……った……」
呆然と呟いた男の呟きを、タカヤの耳は確かに聞き取っていた。自分の首をぬるりと濡らす物を指で掬い、鮮やかな命の色に目を見開く。
失う恐怖は、誰よりも知っていた。
目の前で命が失われていく怖さも、痛みも、苦しみも……そして残される孤独も。身に沁みているから、体が震える。自分が死ぬなら怖くないのに、いつも自分の大切な人が目の前で傷ついた。
失ってしまう。
疫病神と罵られた過去が胸に大きな傷を残していた。抉られる傷は濡れたまま、ずっと乾くことがない。
「……ぃや……、ッ」
吸い込んだ空気が、冷たさで肺を突き刺す。
悲鳴に似た声色に気づいて、抱き締めたタカヤの表情を確かめる。右肩が痛むが、自分の痛みなど後回しだった。
タカヤは精神的にパニックを引き起こす後遺症がある。過去の事件で傷ついた心は、恐怖から発作を引き起こすのだ。めまい、動悸、息切れ、吐き気……多種多様な症状がある発作の前兆なのか、指先は冷たく凍えて震えていた。
同じ症状の人間を見たことがある。発作の予兆を見て取ったサリエルは、赤く汚れた手でタカヤを抱き締めた。
「何をしているッ!」
「犯人を押さえろ」
突然の凶行に我を失っていた周囲が、ようやく動き出す。サリエルを刺して尻餅をついている男を押さえ、数人が彼を縛り上げていた。
「大丈夫か? いま、救急車を呼ぶから」
手を貸そうとする男に返事もせず、引きつった呼吸を繰り返すタカヤを抱き締めたサリエルは、少し迷ってタカヤの頬を軽く張った。このままでは呼吸困難で、発作は酷くなる。発作が軽い今の内に、彼を現実に引き戻す必要があった。
ぱちんと頬で音がすると、ぼんやりと焦点を失った瞳が向けられる。
「タカヤ、オレは生きてる。大丈夫だ」
言い聞かせて、肩のナイフを引き抜いた。
痛みより熱さが広がる。流れ出る血で、ナイフの柄を握る左手が染まった。凶器を雪の上に捨て、両手でタカヤの肩を掴む。
「落ち着いて……深呼吸するんだ……そう、大丈夫だから」
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