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 何を察したのか、サリエルはただ微笑んだ。

「オレも会いたかったよ、タカヤ」

 欲しかった言葉だけを返した青年に、ほっとしたタカヤが淡い笑みを浮かべる。

 儚い印象を与えるタカヤの表情は、普段から感情を表に表さない少年を知っているサリエルには、眩しいほどの笑みだった。

「……どうする?」

 今後の事を決めようと口にした質問に、タカヤがびくりと肩を震わせた。怯えを含んだ蒼い眼差しが必死に訴える。

 ――帰りたくない、と。

 ホストと言う職業につく前から他人の感情に敏感なサリエルのこと、少年の怯えに気づかない訳がない。尋ねたい気持ちを抑えつけて、何でもない風を装った。

「オレの部屋で良けりゃ、しばらく泊まる?」

 彼が自分で言わないのなら、無理に聞きだす必要はない。

「泊まって欲しいんだけど……無理?」

 重ねて問いかける。自分から下手したてに出て様子を伺う態度を見せるサリエルは、首を傾げて返事を待つ。サリエルの優しさに気づいているから、返事に困ったタカヤは俯いた。

 何も言わないくせに、甘える気なのか?

 自問自答するタカヤの蒼瞳が揺れる。

「嫌か?」

 悲しそうに言われ、反射的に顔を上げて首を横に振っていた。サリエルにこんな声を出させたかったんじゃない。ただ……・自分の図々しさに嫌気が指したのだ。上手に伝えられそうになくて、開きかけた口を手で覆った。

「よかった。それじゃ……一緒に帰ろうか」

 気づけば、凍えていた体は温まっている。ずっと抱き締められていた上、ストーブの前でコートを羽織っていたのだから、当然だ。それがすべてサリエルの気遣いだと思うと、タカヤは嬉しくなる。

 冷たく凍えた後だから……さらに温かさが沁みた。

 抱き上げようとした腕をやんわりと断り、自分で起き上がる。それでも腰に回されたままの腕に、自然と表情が綻んだ。とても大切にされていると感じるのは、擽ったくて……どこか気恥ずかしい。

 素直に寄りかかれば、サリエルが笑みを深めた。




「オレは帰るから、後は頼むな」

 ドアの向こうは、相変わらずの夜の世界。深夜なのに、客は途絶えるどころか増えているようだった。

 カウンターに座るジンと、ヘルプの手配をしているジャックに声を掛ける。振り返ったジンが少し目を見開き、すぐに柔らかい表情で答えた。最初から予想していたのだろう。ジャックも無言で頷く。

 さっさと店を出ようとしたサリエルとタカヤだが、気づいたジンが慌ててコートをもう1着差し出した。

「ちょ……サリエルさん。そのまま帰ると風邪引きますよ」

 タカヤの着ているコートがサリエルの物だとすると、これは誰の物だろう。タカヤの眼差しから気持ちを読むと、お人好しなジンを視線で示す。差し出されたコートの持ち主であるジンに首を横に振った。

「すぐにタクシーを拾うから、要らねぇよ」

 サンキューな。

 気遣いに礼だけ返すと、タカヤの腰を抱いたまま外へ出た。

 確かにジンが心配したのも当然だ。吹雪と呼ぶには風が弱いが、かなり雪が降っていた。足元の雪が靴を濡らして冷やす。スニーカーの足元を冷たく彩る雪に、タカヤは息を吐いた。瞬く間に凍る息は、白く景色を濁す。

「寒くない?」

 コートを着ていないサリエルの方が寒いだろうに、タカヤを気遣う。自分を心配してくれる存在が嬉しくて、こくんと頷いた。そのまま冷えたスーツの胸に頬を押し付ける。

「……っ、やべ……」

 舌打ちして呟いたサリエルがタカヤを押しのけるのと、血で赤く染まったのはほぼ同時だった。
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