19 / 112
18.臣下でも兄弟でもない友――SIDEヴィル
しおりを挟む
リヒテンシュタイン公爵家――代々、王家の血筋を受け継ぎ、細く長く王家の予備として存在してきた。数代ごとに王家から王女や王子を迎え入れ、薄まりすぎないよう血を残す。
王家からの信頼は厚く、同時に警戒される一族だった。分家としての忠誠を求め、いつ寝首を掻かれるかと監視対象になる。そんな一族の騒動が、国王の耳に入らぬわけもなく……。
「愚かなことだ」
国王ラインハルトの呟きに、嘲笑の色が浮かんだ。艶のある黒髪をかき上げ、彼は葡萄の芳醇な香りを楽しみながらワインを飲み干す。褐色の肌は磨き上げられ、細めた瞳は黄金の輝きを宿していた。
「お前の執着する女を傷つけたのか。ならば滅びるしかあるまい」
「それは許可と取っていいのかな? 僕が動くと、リヒテンシュタインの名と血は大地に呑まれて消えるけど」
事前に根回しするのは、有能さの証だ。そう教えたのは、目の前の国王ラインハルトだった。じっと見つめ返した後、彼は王らしい傲慢な答えを口にする。
「この程度で潰れる王家の控えなど、役に立たん。いくらでも作れるから気にするな。あの家名は長くて気に食わん」
古い家名を誇るリヒテンシュタインの命運は、この瞬間に決まった。由緒ある……と形容するには、王族に必要とされる能力が足りない。唯々諾々と従うだけの臣下は、無能な王の下で価値を発揮する。しかし当代国王は眠れる獅子だった。
滅ぼして構わない。国王の承諾は短く冷たかった。だが僕には都合がいい。にっこりと笑った僕を手招きし、ラインハルトが指先を頬に添わせた。
「右目はどうした」
「対価にしたよ」
「呪術の研究とやらもいい加減にしておけ、ヴィル」
叱るより、心配する響きが擽ったい。ごめんと謝れば、ラインハルトは泣きそうな顔をするのだろう。わかっているから、謝ることも出来なかった。
「わかってる」
君の心配は理解してるし、僕の気持ちを優先させてくれる優しさも嬉しい。だから謝罪じゃなく、この言葉にした。
「ありがとう、ラインハルト」
兄弟ではない。主従関係もなかった。血の繋がりで言えば、赤の他人だ。それでも地位に関係なく、僕達は互いを尊称なしで呼び合う。
「これを渡しておく。問題が起きれば使え」
大きな耳飾りを片方外し、僕の手に置いたラインハルトは肩を竦める。王家の紋章が入った装飾品は、国王以外身につけることを許されない。例外は国王自ら手渡した場合だった。精緻な装飾品を眺めてポケットにしまおうとした僕に、彼は手を出して止める。
耳飾りを無造作に掴み、僕の左耳に当てた。促されて、呪術用の耳飾りを外す。当然のように奪われてしまった。
「大切に保管してくれ、それは呪術に必要な道具で……」
「俺の耳に着ける。なくす心配は不要だ」
お揃いなのも複雑な気分だった。だがこれ以上文句を並べたら、本気で怒り出しそうだ。左耳の穴に針を通して手を離す。呪術用の飾りより重い気がした。
「これでいい。リヒテンシュタインが耳飾りに気付かず、お前に危害を加えたら滅ぼせ。素直に従えば、そうだな……数年は寿命を延ばしてやる」
どちらにしろ滅ぼす。言い切った国王ラインハルトに、僕はゆったりと足を引いて礼をした。それは最敬礼であるが、臣下の挨拶ではない。満足そうに彼は笑った。
「それでいい。お前は俺の臣下ではないし、縛り付ける気はないのだからな」
寛大な国王に見送られ、窓から空へ身を投げ出す。親友である精霊達に囲まれて飛ぶ僕が見えなくなるまで、彼はテラスに立ち尽くしていた。
王家からの信頼は厚く、同時に警戒される一族だった。分家としての忠誠を求め、いつ寝首を掻かれるかと監視対象になる。そんな一族の騒動が、国王の耳に入らぬわけもなく……。
「愚かなことだ」
国王ラインハルトの呟きに、嘲笑の色が浮かんだ。艶のある黒髪をかき上げ、彼は葡萄の芳醇な香りを楽しみながらワインを飲み干す。褐色の肌は磨き上げられ、細めた瞳は黄金の輝きを宿していた。
「お前の執着する女を傷つけたのか。ならば滅びるしかあるまい」
「それは許可と取っていいのかな? 僕が動くと、リヒテンシュタインの名と血は大地に呑まれて消えるけど」
事前に根回しするのは、有能さの証だ。そう教えたのは、目の前の国王ラインハルトだった。じっと見つめ返した後、彼は王らしい傲慢な答えを口にする。
「この程度で潰れる王家の控えなど、役に立たん。いくらでも作れるから気にするな。あの家名は長くて気に食わん」
古い家名を誇るリヒテンシュタインの命運は、この瞬間に決まった。由緒ある……と形容するには、王族に必要とされる能力が足りない。唯々諾々と従うだけの臣下は、無能な王の下で価値を発揮する。しかし当代国王は眠れる獅子だった。
滅ぼして構わない。国王の承諾は短く冷たかった。だが僕には都合がいい。にっこりと笑った僕を手招きし、ラインハルトが指先を頬に添わせた。
「右目はどうした」
「対価にしたよ」
「呪術の研究とやらもいい加減にしておけ、ヴィル」
叱るより、心配する響きが擽ったい。ごめんと謝れば、ラインハルトは泣きそうな顔をするのだろう。わかっているから、謝ることも出来なかった。
「わかってる」
君の心配は理解してるし、僕の気持ちを優先させてくれる優しさも嬉しい。だから謝罪じゃなく、この言葉にした。
「ありがとう、ラインハルト」
兄弟ではない。主従関係もなかった。血の繋がりで言えば、赤の他人だ。それでも地位に関係なく、僕達は互いを尊称なしで呼び合う。
「これを渡しておく。問題が起きれば使え」
大きな耳飾りを片方外し、僕の手に置いたラインハルトは肩を竦める。王家の紋章が入った装飾品は、国王以外身につけることを許されない。例外は国王自ら手渡した場合だった。精緻な装飾品を眺めてポケットにしまおうとした僕に、彼は手を出して止める。
耳飾りを無造作に掴み、僕の左耳に当てた。促されて、呪術用の耳飾りを外す。当然のように奪われてしまった。
「大切に保管してくれ、それは呪術に必要な道具で……」
「俺の耳に着ける。なくす心配は不要だ」
お揃いなのも複雑な気分だった。だがこれ以上文句を並べたら、本気で怒り出しそうだ。左耳の穴に針を通して手を離す。呪術用の飾りより重い気がした。
「これでいい。リヒテンシュタインが耳飾りに気付かず、お前に危害を加えたら滅ぼせ。素直に従えば、そうだな……数年は寿命を延ばしてやる」
どちらにしろ滅ぼす。言い切った国王ラインハルトに、僕はゆったりと足を引いて礼をした。それは最敬礼であるが、臣下の挨拶ではない。満足そうに彼は笑った。
「それでいい。お前は俺の臣下ではないし、縛り付ける気はないのだからな」
寛大な国王に見送られ、窓から空へ身を投げ出す。親友である精霊達に囲まれて飛ぶ僕が見えなくなるまで、彼はテラスに立ち尽くしていた。
84
あなたにおすすめの小説
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです
天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。
その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。
元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。
代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。
完結 やっぱり貴方は、そちらを選ぶのですね
ポチ
恋愛
卒業式も終わり
卒業のお祝い。。
パーティーの時にソレは起こった
やっぱり。。そうだったのですね、、
また、愛する人は
離れて行く
また?婚約者は、1人目だけど。。。
9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。
結婚だってそうだった。
良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。
夫の9番目の妻だと知るまでは――
「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」
嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。
※最後はさくっと終わっております。
※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる