【完結】愛してないなら触れないで

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
39 / 112

38.アウエンミュラーの面影

しおりを挟む
 結婚式以来のきちんとした装いで、執事ベルントの案内で歩く。屋敷内なので、基本的にエスコートは不要だった。斜め後ろに控えるアンネと他の侍女達が従い、廊下をぞろぞろと移動する。

「この絵……」

「はい。偶然、旦那様が見つけて購入されました」

 かつてアウエンミュラー侯爵家の玄関ホールに飾られていた、有名な画家の手による絵画だ。子供の頃から見慣れた絵は、母が亡くなって数日後に消えた。尋ねても父は答えず、二度と見ることはなかった。そう、売られていたのね。

 こうして大公家に飾られることで、見知らぬ人達の手を渡り歩くこともない。自分の手元にないのは寂しいけれど、ヴィクトール様ならいつか買い取らせてくれるかも知れないわ。母と一緒に見た絵を見つけたことで、私は気持ちが安らぐのを感じた。

「有名な画家ツェーザルの名作、月光の少女はアウエンミュラーのご令嬢がモデルと伺っております」

「ええ、お母様がモデルになられたの。月光の青と赤毛が紫がかった特徴的な色使いが、とても好きだったわ」

「よろしければ、お嬢様が滞在なさっている客間に飾らせていただきます」

 執事の提案に、首を横に振った。

「いいえ、ここで見る方がいいわ」

 周囲に風景画が数枚飾られている。ギャラリーのようなこの場所なら、楽しく見られるわ。もう亡くなったお母様の若い頃のお姿は、明るい時間帯に人目のある場所じゃないと……泣いてしまうから。

 失礼しましたと一礼し、ベルントは何も聞かなかった。私の眦に光る涙を見ないフリで、踵を返して案内を続ける。アンネや侍女も口を開かなかった。その沈黙と響く靴音が気遣いに思えて、嬉しい。無視されるのではなく、こんな風に気遣われることもあるのね。

 食堂の前で足を止め、扉がゆっくりと開いた。中を見回し、まだヴィクトール様がいらしてないことにほっとする。居候の身で、屋敷の主を待たせるわけに行かないもの。

 大きなテーブルではなく、小ぶりな円卓に用意されたカトラリーに首を傾げた。立派なテーブルがあるのに、こちらは使わないのね。距離が近いけど、気になさらないのかしら。30歳近くになっても独身と聞いて、女性嫌いなのかと考えた。だから赤面の理由が、女性が近くにいるせいなら納得できる。

 立派な花瓶が飾られた大きく長いテーブルの脇を通り、ベルントが引いた椅子に腰掛けた。円卓には二人分のカトラリーが並ぶ。綺麗に磨かれたナイフが5本、少なくともフルコースに準じる晩餐だわ。ナイフの数でおおよその料理の品数が分かる。

 シルバーはすべて並べる必要はなくて、スープなどの時に添えて運ばれることもあった。だけどナイフを後から運ぶことはまずないはず。おおよその当たりをつけた頃、ヴィクトール様が到着された。

「レディーをお待たせして申し訳ありません。失礼のお詫びにこちらを」

 さっと差し出されたのは、棘を落とした一輪の薔薇だった。純白の美しい大輪の薔薇は、開き切る少し手前。とてもよい香りがした。

「ありがとうございます」

 お礼を言って受け取ろうとしたら、侍女のアンネに手渡された。そのまま髪に飾られてしまう。

「とてもお似合いですわ」

「本当に、素敵です」

 口々に褒めてくれる侍女が、ヴィクトール様の合図で下がる。アンネも一緒に頭を下げて部屋の隅へ移動した。少し心細いわ。きゅっと手を丸め、指先でナプキンの端を掴む。

「ローザリンデ嬢、ひとつお願いがあるのですが……口にすることをお許しいただけますか?」

 何かを乞うような口振りに、ごくりと喉が動いた。何を要求されても頷く覚悟はあるわ。私はアウエンミュラー女侯爵になる身、アルブレヒツベルガー大公閣下の願いならば何なりと。緊張を誤魔化すように自らに言い聞かせ、私は笑顔を作った。
しおりを挟む
感想 288

あなたにおすすめの小説

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

完結  やっぱり貴方は、そちらを選ぶのですね

ポチ
恋愛
卒業式も終わり 卒業のお祝い。。 パーティーの時にソレは起こった やっぱり。。そうだったのですね、、 また、愛する人は 離れて行く また?婚約者は、1人目だけど。。。

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。 結婚だってそうだった。 良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。 夫の9番目の妻だと知るまでは―― 「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」 嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。 ※最後はさくっと終わっております。 ※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

処理中です...