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39.国王陛下からの招待状
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すっと封筒が出された。促されて手に取ると、高級紙特有の厚さと手触りが心地よい。宛名は無記名だけれど、すでに開封済みだった。裏返して封蝋を見て驚く。王室を意味する茨と鷲の紋章が、真っ赤な封蝋に刻まれていた。
「これは……」
「ラインハルトからの返信です。お読みください。彼は要求を呑む代わりに、僕とあなたの謁見を希望しました」
国王陛下直々のご指名での謁見、通常は貴族家の当主でもなければ叶わない。もちろん用があるから呼ばれるのだけど、名指しでの謁見は一生縁がない当主もいるだろう。そんな謁見が、まだ侯爵位を得る前の私に? いえ、目的はヴィクトール様でしょうけれど。
どきどきしながら封筒の中の厚い紙を開いた。押し花が施された、お洒落な……便箋ではない。招待状だわ、これ! ばっと顔を上げた私に、肘を突いて溜め息を吐いたヴィクトール様が頷いた。
「夜会への招待状です。急に予定したとかで、王宮は大騒ぎでした。エスコートする許しをいただけますか?」
突いていた肘を下ろし、真摯に私に同行の許可を請う姿は、好感が持てた。他のご令嬢がこうして誘われる姿は見たことがあるけれど、私には起きなかった。一度も誰かが誘ってくれたことはないし、大金目的で売られるように嫁いだから。
諦めていたの。普通の貴族令嬢が得る経験も、甘い誘いも、心躍るエスコートも。口元が緩んでしまう。私の顔は、気持ち以上に素直なのね。
「喜んで……ご一緒させていただきます。ヴィクトール様は私でよろしいのですか?」
国王陛下に謁見するよう告げられたからと、私をエスコートする義務はない。ただ同行すればいいんですもの。優しい方だから、他のご令嬢からのお誘いがあっても、孤独な私を優先したんじゃないかしら。
「あなたでなければ、エスコートなんてしません。僕はローザリンデ嬢がいいのです」
頬を赤く染めて言い切ったヴィクトール様に、封筒へ戻した招待状を返しながら頷く。そこで気づいた。謁見はもちろん、夜会にもドレスが必要よ。最低限のお飾りや靴もいるし、着飾らないと広間に入れないわ。
「あっ……その」
「失礼を承知で、ドレスは僕が選びました。もちろん装飾品や香水に至るまで、僕があなたに似合うと思う物を揃えています。気に入らなければ改めてご用意しますが、ぜひ僕の選んだ物を身に付けていただきたい」
先回りする彼の言葉に、不思議な感覚が生まれた。用意できないから安心した反面、どこか胸に詰まる。これほどの気持ちをいただいて、何も返せないのに。甘えるだけなのが悔しかった。そう、悔しいの。甘んじて一方的に親切を受けるだけの私が、ひどく傲慢に思えた。
「ありがとうございます。この御恩はいつか……」
「夜会はいつも一人で参加していたので、助かります」
微笑んだヴィクトール様の言葉が合図となり、食事が運ばれてくる。難しい食べ方をするメニューはなく、私も習った作法通りに美味しく頂いた。じっと見つめるベルントの表情が満足げに変わる。品定めされたのかしら?
少なくとも二度は公爵夫人を経験したから、恥ずかしくない程度の作法は身に付いている。今の私に足りないのは、自信と覚悟よ。堂々と振る舞わなければ、恩人に恥をかかせてしまうわ。
「ヴィクトール様」
「なんでしょう」
「本当に、心から感謝しております」
微笑んだ私の前で固まった彼の手から、フォークが落ちる。かちゃんと音を立てた主人へ新しいフォークを差し出すベルントが、「しっかりなさいませ」と背を叩いた。
「これは……」
「ラインハルトからの返信です。お読みください。彼は要求を呑む代わりに、僕とあなたの謁見を希望しました」
国王陛下直々のご指名での謁見、通常は貴族家の当主でもなければ叶わない。もちろん用があるから呼ばれるのだけど、名指しでの謁見は一生縁がない当主もいるだろう。そんな謁見が、まだ侯爵位を得る前の私に? いえ、目的はヴィクトール様でしょうけれど。
どきどきしながら封筒の中の厚い紙を開いた。押し花が施された、お洒落な……便箋ではない。招待状だわ、これ! ばっと顔を上げた私に、肘を突いて溜め息を吐いたヴィクトール様が頷いた。
「夜会への招待状です。急に予定したとかで、王宮は大騒ぎでした。エスコートする許しをいただけますか?」
突いていた肘を下ろし、真摯に私に同行の許可を請う姿は、好感が持てた。他のご令嬢がこうして誘われる姿は見たことがあるけれど、私には起きなかった。一度も誰かが誘ってくれたことはないし、大金目的で売られるように嫁いだから。
諦めていたの。普通の貴族令嬢が得る経験も、甘い誘いも、心躍るエスコートも。口元が緩んでしまう。私の顔は、気持ち以上に素直なのね。
「喜んで……ご一緒させていただきます。ヴィクトール様は私でよろしいのですか?」
国王陛下に謁見するよう告げられたからと、私をエスコートする義務はない。ただ同行すればいいんですもの。優しい方だから、他のご令嬢からのお誘いがあっても、孤独な私を優先したんじゃないかしら。
「あなたでなければ、エスコートなんてしません。僕はローザリンデ嬢がいいのです」
頬を赤く染めて言い切ったヴィクトール様に、封筒へ戻した招待状を返しながら頷く。そこで気づいた。謁見はもちろん、夜会にもドレスが必要よ。最低限のお飾りや靴もいるし、着飾らないと広間に入れないわ。
「あっ……その」
「失礼を承知で、ドレスは僕が選びました。もちろん装飾品や香水に至るまで、僕があなたに似合うと思う物を揃えています。気に入らなければ改めてご用意しますが、ぜひ僕の選んだ物を身に付けていただきたい」
先回りする彼の言葉に、不思議な感覚が生まれた。用意できないから安心した反面、どこか胸に詰まる。これほどの気持ちをいただいて、何も返せないのに。甘えるだけなのが悔しかった。そう、悔しいの。甘んじて一方的に親切を受けるだけの私が、ひどく傲慢に思えた。
「ありがとうございます。この御恩はいつか……」
「夜会はいつも一人で参加していたので、助かります」
微笑んだヴィクトール様の言葉が合図となり、食事が運ばれてくる。難しい食べ方をするメニューはなく、私も習った作法通りに美味しく頂いた。じっと見つめるベルントの表情が満足げに変わる。品定めされたのかしら?
少なくとも二度は公爵夫人を経験したから、恥ずかしくない程度の作法は身に付いている。今の私に足りないのは、自信と覚悟よ。堂々と振る舞わなければ、恩人に恥をかかせてしまうわ。
「ヴィクトール様」
「なんでしょう」
「本当に、心から感謝しております」
微笑んだ私の前で固まった彼の手から、フォークが落ちる。かちゃんと音を立てた主人へ新しいフォークを差し出すベルントが、「しっかりなさいませ」と背を叩いた。
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