【完結】愛してないなら触れないで

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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55.侯爵令嬢ではなく、公爵夫人でもない

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 結婚の誓約が無効になり、私は大公閣下の婚約者になった。これは国王陛下もお認めになったこと。その上で意味ありげに腹を撫でる。取り返すことは出来ないと、あなたと過ごす未来は存在しないと示した。

 青ざめたレオナルド、私は思い出してしまったの。あなたの記憶にはないでしょうけれど。銀の剣を私へ振り下ろしたあなたの表情が、私の中にあった僅かな罪悪感を殺してしまった。

 この人が落ちていっても、私の心は何も痛まない。誰だって自分が一番可愛いんだもの。私とヴィルとアンネが無事なら、それ以上は望まない。私が手を伸ばして支えられるのは、両手の二人までよ。愛情も罪悪感もないレオナルドの姿へ、冷めた眼差しを向けた。

 浮気していたか、もうどうでもいいの。愛がなければ、誰と何をしていても気にならないわ。もしヴィルだったら、私は苦しみ、泣き叫ぶでしょうけれど。

「だが、ローザリンデは私の妻で……なぜだ? 結婚したばかりだ。貴族にとって政略結婚は普通なのに、なぜ私だけ」

 責め立てる言葉というより、自問自答するような呟きがぼそぼそと聞こえる。ヴィルは悪役のようににやりと笑って、ソファに身を沈めた。私もその上に覆い被さる形で寄り掛かる。

「先ほど教えたはずだが? ローザは侯爵令嬢ではなく、アウエンミュラー侯爵なのだ。わからんか?」

 領地を治め、権力を持ち、一族の運命を決定する立場にいる。彼女が侯爵ならば、結婚しても地位は変わらなかった。リヒテンシュタイン公爵夫人にはなれない。

「リヒテンシュタイン公爵夫人は、最初からいなかったんだ」

 きっぱり言い放ち、ヴィルは騎士アルノルトに目配せした。彼が距離を詰める。と同時に、レオナルドが動いた。

 獣のように唸り飛びかかる彼を、アルノルトはあっさりと押さえつけた。現役の騎士と普段は書類仕事の男、結果は火を見るより明らかだ。

「ローザは私の女だ! 貴様には渡さんぞ。くそっ、略奪者め!! 高い金を払ったのに、ようやく手に入れたんだぞ」

 周囲の貴族令嬢や夫人が、非難の眼差しを向ける。そこには夫であり父である貴族も混じっていた。まるで愛玩動物のように「高い金を払って」「手に入れた」と言い放つ。その品の無さはもちろん、常識はずれの認識に人々は嫌悪感を募らせた。

「ふむ……やはり人身売買だったか。アウエンミュラー侯爵、気づくのが遅れたことを詫びよう」

 国王が詫びると口にするのは、滅多にないこと。それだけの大事件に巻き込まれ、無事に生還した。そう認識された私へ、同情の眼差しが降り注ぐ。こういう印象操作は、権力者の十八番ですもの。

「いえ、助けていただきましたわ」

 誰に、いつ。明確な内容を口にせず、私は陛下に会釈した。きちんと挨拶をする場面だけど、ヴィルの手が腰を抱いていて動けないのよ。

「人身売買の主犯であったとして、リヒテンシュタインの公爵位を剥奪とする。断絶だ」

 貴族が想像するより厳しい罰に、さすがに集まった人々から声が漏れた。
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