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序章
2.世界は残酷で汚い物よ
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復讐――考えなかったと言えば嘘になる。オレを利用して捨てた連中を、叩きのめしてやりたい。そう思うのは当然だった。でもオレが逃げれば、一緒に命がけで戦ってくれた仲間やその家族が犠牲になる。唇を噛んだオレの姿に、美女はくすくすと笑った。
「世界は、お前が思うより残酷で、お前の想像より汚い物よ。それを教えてあげる」
そこで気づいた。石を投げる者が誰もいないのだ。オレを助けようとした仲間に投げられた石が、美女に対しては飛んでこなかった。見回した先で、人々は石を握った手を振り上げて止まっている。無理やり動かそうとする腕に血管が浮き出て、全力で抗おうとしているのが分かった。
「行きましょう」
彼女の冷たい手がオレの手首を引っ張った。無理やり立ち上がった両足は激痛で、もう一歩たりと踏み出したくない。それでも誘う彼女から目を離さぬまま、足を出した。突き刺さるはずのガラス片は砕けて、オレの手足を傷つけない。不思議に思いながらも、黒髪美女の後を追った。
人がいない森に向かう美女は思い出したように振り返り、赤い唇に指先を当てて小首をかしげる。赤い血のような瞳を細めて、困ったとばかりに溜め息を吐いた。
「忘れてたわ。傷だらけじゃないの。これじゃ連れ歩けないわね」
言われて己の姿を確認する。手足はガラス片が刺さって赤く染まり、着衣はかろうじて纏うボロ布、ぼさぼさの黒髪はくすみ、肌は垢と泥で瘡蓋のように黒ずんでいた。鼻が麻痺して分からないが、おそらく相当臭いと思う。眉を寄せたオレの表情に、彼女は声を上げて笑った。
「綺麗にしてあげるけど、その前に食事ね」
まるで答えるように、ぐぅと腹が鳴った。汚れたまま食事をするのは、日本人としての意識が邪魔をする。手を洗ってから……そんな状況じゃないのに。手を洗う水があるなら、すぐに飲み干したかった。泥水でもいい、乾いた喉を楽にしたい。
「おいで」
平然と汚いオレの手を握り、彼女は踵で地面を叩いた。蹴飛ばすような仕草の直後、足元に光が溢れて目を閉じる。突き刺さった眩しさが目の奥で、きらきらと乱反射した。奇妙な浮遊感があり、足が地面に触れた感覚で目を開く。眩しくないか確かめるため、細目で確認した。薄暗い森の中だが、目の前に建物がある。
オレが知る建物に例えるなら、アパートだろうか。長細い二階建ての屋敷は、中央部分に玄関があった。周囲には塀もなく、花壇と芝生が整えられている。左右対称の屋敷に人の気配はなかった。森の中は魔物や猛獣がいて、普通に暮らせるはずがないのに。
手を引かれるまま家に入った。玄関をくぐると立派なホールがある。吹き抜けのホールの正面には、両側から弧を描く形で階段が設置されていた。何処かの貴族の屋敷のようだ。螺旋を描くように柔らかな半円の階段には赤い絨毯が敷かれ、ホールも同色の絨毯が彩っていた。
絨毯の下は大理石に似た白い石床だ。シミひとつない石床は、オレの足裏の血で赤く汚れた。しかし気にしない美女は、左側の廊下を通って大きなテーブルがある部屋へ入っていく。高そうな織物の絨毯に血が沁みた。
汚れるぞ、そう言いたいが喉が痛くて声が出ない。ごくりと喉を鳴らした仕草で、彼女はようやく足を止めた。
「座りなさい」
命じられて、豪華な椅子に躊躇う。この汚れた恰好で座ったら使い物にならなくなるぞ。先ほどまで死ぬかもしれないと思っていたくせに、妙なところが気になった。だがすぐに開き直る。座れと言ったのは彼女で、持ち主も同じだ。オレが損するわけじゃない。
腰掛けたオレの前に、美女は一杯の水を置いた。ごくりと喉が鳴る。眩暈がして耳が痛くなり、自ら視線が逸らせなくなった。この水が欲しい、どうしても欲しい。すべての意識がコップへ向かう。透明のガラスのコップなんて見たの、どのくらい振りか。透き通った水の入ったコップが、すっと押しやられた。
「飲んで。話はそれからよ」
「世界は、お前が思うより残酷で、お前の想像より汚い物よ。それを教えてあげる」
そこで気づいた。石を投げる者が誰もいないのだ。オレを助けようとした仲間に投げられた石が、美女に対しては飛んでこなかった。見回した先で、人々は石を握った手を振り上げて止まっている。無理やり動かそうとする腕に血管が浮き出て、全力で抗おうとしているのが分かった。
「行きましょう」
彼女の冷たい手がオレの手首を引っ張った。無理やり立ち上がった両足は激痛で、もう一歩たりと踏み出したくない。それでも誘う彼女から目を離さぬまま、足を出した。突き刺さるはずのガラス片は砕けて、オレの手足を傷つけない。不思議に思いながらも、黒髪美女の後を追った。
人がいない森に向かう美女は思い出したように振り返り、赤い唇に指先を当てて小首をかしげる。赤い血のような瞳を細めて、困ったとばかりに溜め息を吐いた。
「忘れてたわ。傷だらけじゃないの。これじゃ連れ歩けないわね」
言われて己の姿を確認する。手足はガラス片が刺さって赤く染まり、着衣はかろうじて纏うボロ布、ぼさぼさの黒髪はくすみ、肌は垢と泥で瘡蓋のように黒ずんでいた。鼻が麻痺して分からないが、おそらく相当臭いと思う。眉を寄せたオレの表情に、彼女は声を上げて笑った。
「綺麗にしてあげるけど、その前に食事ね」
まるで答えるように、ぐぅと腹が鳴った。汚れたまま食事をするのは、日本人としての意識が邪魔をする。手を洗ってから……そんな状況じゃないのに。手を洗う水があるなら、すぐに飲み干したかった。泥水でもいい、乾いた喉を楽にしたい。
「おいで」
平然と汚いオレの手を握り、彼女は踵で地面を叩いた。蹴飛ばすような仕草の直後、足元に光が溢れて目を閉じる。突き刺さった眩しさが目の奥で、きらきらと乱反射した。奇妙な浮遊感があり、足が地面に触れた感覚で目を開く。眩しくないか確かめるため、細目で確認した。薄暗い森の中だが、目の前に建物がある。
オレが知る建物に例えるなら、アパートだろうか。長細い二階建ての屋敷は、中央部分に玄関があった。周囲には塀もなく、花壇と芝生が整えられている。左右対称の屋敷に人の気配はなかった。森の中は魔物や猛獣がいて、普通に暮らせるはずがないのに。
手を引かれるまま家に入った。玄関をくぐると立派なホールがある。吹き抜けのホールの正面には、両側から弧を描く形で階段が設置されていた。何処かの貴族の屋敷のようだ。螺旋を描くように柔らかな半円の階段には赤い絨毯が敷かれ、ホールも同色の絨毯が彩っていた。
絨毯の下は大理石に似た白い石床だ。シミひとつない石床は、オレの足裏の血で赤く汚れた。しかし気にしない美女は、左側の廊下を通って大きなテーブルがある部屋へ入っていく。高そうな織物の絨毯に血が沁みた。
汚れるぞ、そう言いたいが喉が痛くて声が出ない。ごくりと喉を鳴らした仕草で、彼女はようやく足を止めた。
「座りなさい」
命じられて、豪華な椅子に躊躇う。この汚れた恰好で座ったら使い物にならなくなるぞ。先ほどまで死ぬかもしれないと思っていたくせに、妙なところが気になった。だがすぐに開き直る。座れと言ったのは彼女で、持ち主も同じだ。オレが損するわけじゃない。
腰掛けたオレの前に、美女は一杯の水を置いた。ごくりと喉が鳴る。眩暈がして耳が痛くなり、自ら視線が逸らせなくなった。この水が欲しい、どうしても欲しい。すべての意識がコップへ向かう。透明のガラスのコップなんて見たの、どのくらい振りか。透き通った水の入ったコップが、すっと押しやられた。
「飲んで。話はそれからよ」
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