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序章
5.選べるのなら真実を
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水、食事、治療、風呂……今は小奇麗な服に身を包んで、オレは姫様と呼ばれた美女と向き合っていた。魔族を従えているなら、魔王の関係者だろうか。だが彼女を城で見た覚えはなかった。
「あの……いろいろありがとうございます」
まずはお礼だろう。日本人として暮らしてきた中で、挨拶とお礼、謝罪が出来れば十分と認識している。仲間のことを何か知っているようなので、気持ちよく話してもらうためにもお礼が最初だった。頭を下げたオレに、彼女は嫣然と笑う。
動作のひとつひとつが視線を集めるというか、派手で艶やかな印象だった。これほど華やかな女性なら、擦れ違っただけでも覚えているはずだ。やっぱり初対面だったのだろう。向こうはこちらを知ってるみたいだけど。
「必要だから与えただけよ。私のことは、リリィと呼んで。名前を聞いてもいいかしら?」
「あ、はい。朔夜です」
なぜか敬語になってしまう。畏まったオレの態度が面白いのか、彼女は口元に手を当てて笑った。
「サクヤと呼ぶわね。聞きたいことがあれば答えるわよ」
先ほどまでの露出度が高い服ではなく、室内着のような柔らかなワンピース姿だった。色も地味な暗い赤だ。黒髪を結い上げた美女は、猫耳侍女が用意したお茶を差し出した。ソファに腰掛けてくつろぐ彼女が組んだ足は、際どい位置まで太腿を露わにする。慌てて目を逸らした。
「姫様、揶揄うのもいい加減になさいませ」
猫耳メイドの彼女が叱るようにリリィへ話しかけ、ひざ掛けで足を隠した。肩を竦めて受け止める様子から、オレは試されたのかなと首を傾げる。机に置かれたお茶へ、瘡蓋や痣が汚い己の手を伸ばした。
「あの、仲間が大丈夫って……どうして」
聞きたいことがありすぎた。どうしてオレを助けたのか。なぜ仲間は無事だと言い切れるのか。魔族と一緒に暮らしている理由、魔法を使えることも……いや、そうじゃない。オレが一番知りたいのは、何を望まれているか――だ。
助けるには打算が働く。何かをオレに求めたんじゃないか? ここまで親切にされ、オレが断れない状況を作ったんだとしたら、厄介ごとの予感がした。死んだら終わりだから、それよりマシだろう。何を頼まれても、どう利用されても、生きていられるならいいじゃないか。
日本へ帰る道を探すためにも、生きてることが大前提だ。
「あれだけ苦しい状態でも気にしていた仲間のことから話しましょうか。サクヤの言う仲間とは、一緒に魔王討伐に向かった騎士や兵士のことでしょ? 彼らなら全員無事で、家族と一緒に何事もなく暮らしているわ」
「そう、ですか」
ほっとした半面、棘のある言い方が引っ掛かった。まるで仲間ではないと言い切るような、奇妙な表現だ。オレが言うから「仲間」だけど、実際は違うと諭すような言い方だった。怪訝に思ったオレの表情は、素直に彼女に心情を伝える。
手元に用意された焼き菓子をひとつ摘まみ、彼女は優雅な所作で口に入れた。一回で口に収まる小さなサイズの菓子は、メレンゲ菓子に似ている。軽そうなそれは淡いピンク色だった。じっと見つめるオレに、彼女は指先をぺろりと舐めてから皿を押しやる。
「選ばせてあげるわ。真実を知って心を痛めるか、知らずに命を縮めるか」
ごくりと喉を鳴らす。もう乾いていないはずの喉が、ひりつくように痛んだ。お茶のカップを両手で包むようにして運び、一口飲んで菓子を摘まむ。手のひらの上に乗せた菓子は、赤黒い瘡蓋の横で妙に白く見えた。
どんな真実があり、オレが慟哭しようと……知らないよりマシだ。知らずに騙されるのは、もう御免だった。だから口に放り込んだ菓子に歯を立てる。深呼吸したオレは覚悟を決めてリリィに頷いた。
「教えてくれ」
「あの……いろいろありがとうございます」
まずはお礼だろう。日本人として暮らしてきた中で、挨拶とお礼、謝罪が出来れば十分と認識している。仲間のことを何か知っているようなので、気持ちよく話してもらうためにもお礼が最初だった。頭を下げたオレに、彼女は嫣然と笑う。
動作のひとつひとつが視線を集めるというか、派手で艶やかな印象だった。これほど華やかな女性なら、擦れ違っただけでも覚えているはずだ。やっぱり初対面だったのだろう。向こうはこちらを知ってるみたいだけど。
「必要だから与えただけよ。私のことは、リリィと呼んで。名前を聞いてもいいかしら?」
「あ、はい。朔夜です」
なぜか敬語になってしまう。畏まったオレの態度が面白いのか、彼女は口元に手を当てて笑った。
「サクヤと呼ぶわね。聞きたいことがあれば答えるわよ」
先ほどまでの露出度が高い服ではなく、室内着のような柔らかなワンピース姿だった。色も地味な暗い赤だ。黒髪を結い上げた美女は、猫耳侍女が用意したお茶を差し出した。ソファに腰掛けてくつろぐ彼女が組んだ足は、際どい位置まで太腿を露わにする。慌てて目を逸らした。
「姫様、揶揄うのもいい加減になさいませ」
猫耳メイドの彼女が叱るようにリリィへ話しかけ、ひざ掛けで足を隠した。肩を竦めて受け止める様子から、オレは試されたのかなと首を傾げる。机に置かれたお茶へ、瘡蓋や痣が汚い己の手を伸ばした。
「あの、仲間が大丈夫って……どうして」
聞きたいことがありすぎた。どうしてオレを助けたのか。なぜ仲間は無事だと言い切れるのか。魔族と一緒に暮らしている理由、魔法を使えることも……いや、そうじゃない。オレが一番知りたいのは、何を望まれているか――だ。
助けるには打算が働く。何かをオレに求めたんじゃないか? ここまで親切にされ、オレが断れない状況を作ったんだとしたら、厄介ごとの予感がした。死んだら終わりだから、それよりマシだろう。何を頼まれても、どう利用されても、生きていられるならいいじゃないか。
日本へ帰る道を探すためにも、生きてることが大前提だ。
「あれだけ苦しい状態でも気にしていた仲間のことから話しましょうか。サクヤの言う仲間とは、一緒に魔王討伐に向かった騎士や兵士のことでしょ? 彼らなら全員無事で、家族と一緒に何事もなく暮らしているわ」
「そう、ですか」
ほっとした半面、棘のある言い方が引っ掛かった。まるで仲間ではないと言い切るような、奇妙な表現だ。オレが言うから「仲間」だけど、実際は違うと諭すような言い方だった。怪訝に思ったオレの表情は、素直に彼女に心情を伝える。
手元に用意された焼き菓子をひとつ摘まみ、彼女は優雅な所作で口に入れた。一回で口に収まる小さなサイズの菓子は、メレンゲ菓子に似ている。軽そうなそれは淡いピンク色だった。じっと見つめるオレに、彼女は指先をぺろりと舐めてから皿を押しやる。
「選ばせてあげるわ。真実を知って心を痛めるか、知らずに命を縮めるか」
ごくりと喉を鳴らす。もう乾いていないはずの喉が、ひりつくように痛んだ。お茶のカップを両手で包むようにして運び、一口飲んで菓子を摘まむ。手のひらの上に乗せた菓子は、赤黒い瘡蓋の横で妙に白く見えた。
どんな真実があり、オレが慟哭しようと……知らないよりマシだ。知らずに騙されるのは、もう御免だった。だから口に放り込んだ菓子に歯を立てる。深呼吸したオレは覚悟を決めてリリィに頷いた。
「教えてくれ」
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