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序章
6.あなたは騙されたの
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リリィの唇が弧を描く。ぞくりとした。怖い、聞いてはいけない。本能は警告するが、オレはそれを振り払った。あいつらは一緒に戦ってくれた仲間だ。生き残った仲間が無事でいる確証が欲しかった。
今後も彼らが家族と安心して暮らせる状況なら、オレは犠牲にならなくて済む。そんな気持ちもあった。泣いて詫びる仲間のために死ぬと決めたくせに、オレはまだ命が惜しい。あのまま死んでたら、こんなこと思わなかっただろうけど。
一度助かってしまえば、なぜ死のうと思えたのか。帰ることを諦めたのか、不思議な感じさえした。洗脳されたみたいに、死が唯一の道だと思ったことも。
「ねえ、おかしいと思わなかったかしら」
彼女の赤い唇が、毒を吐き出す。そんな感じがした。緊張から乾いた喉がごくりと鳴る。手元に引き寄せた紅茶に口をつけ、震える手でソーサーに戻した。かちゃかちゃと聞き苦しい音がしたが、リリィも侍女も動かない。
「王侯貴族がどれほど強くても、卑怯な手を使っても、あなたは逃げることが出来たはずよ。どうして抗わなかったの?」
「仲間や、その家族が……」
人質にされた。偽勇者だと断定して殺されそうになったあの時、一番親しかった騎士が捕まったのだ。魔王城に向かう時から優しくて、親切だった。婚約者がいるから生きて帰るんだと……。何度も聞いた話が脳裏を過ぎる。
ぎゅっと握った手に汗が滲んだ。その手を、冷たい彼女の手が包んだ。いつの間に立ち上がったのか、距離を詰められたのも分からなかった。
「殺すと脅された? それで仲間のために抵抗しなかった。彼らはあなたを差し出して、自分達だけ助かろうとしたのにね」
「それは違うっ!」
王族がオレを殺そうとして、抵抗したから……だから彼らが人質にされて。順番が逆だ。そう思ったのに、彼女はくすくすと笑って、すぐ目の前のテーブルに尻を乗り上げて座った。前かがみになってオレを覗き込む彼女の豊かな胸元が、視線の端を掠める。意識が逸れたタイミングで、リリィは口を開いた。
「この世界に魔王を倒せる者はいない。だから異世界から勇者を召喚した。魔王を殺せば前の世界に帰れる、と言われたはず。あれは嘘よ。あなたは騙されたの」
驚きに目を瞠った。脳は理解を拒むのに、心の中で納得する部分もある。そうだ、おかしいと思った事もあった。魔王を殺さなければ帰れない? 召喚したのが魔王ではないのに、奇妙だと感じた。召喚した魔術師なら帰せたんじゃないか?
何度も口にした疑問に、彼らはなんて答えた? 魔王の魔力がある限り、この世界から送り出すことは出来ない。だから魔王の死が絶対条件だった。
「魔王が邪魔。なら、どうしてあなたを召喚出来たの? 召喚と帰還、どちらでも条件は同じよ。誰が使っても、魔術式と魔力量が同じなら、そっくりの事象を起こせる。それが魔術だもの」
魔力の少ない人間は魔術を使う。それは数学の方程式や、化学の法則に似ていた。きちんと適用すれば、同じ結果が得られる。逆に魔族が使う魔法は、決まった公式がなかった。炎ひとつでも、赤や白、青など色すら定まらない。
聞いて覚えた全てが嘘なら……オレは何を犠牲にし、誰を失い、どこで間違えた?
「あなたをこの世界に召喚するために、膨大な力が消費されたわ。でも、こちら側に犠牲者はいない。その意味はわかるわね?」
耳を塞ぎたくなる言葉は、恐らく真実だ。オレも薄々気づいていたじゃないか。都合の悪いことは見ぬ振りでやり過ごした。そのツケは払いきれない負債となって、オレの肩にのし掛かってくる。握りしめた拳から流れた血が、ぬるりと気持ち悪かった。
今後も彼らが家族と安心して暮らせる状況なら、オレは犠牲にならなくて済む。そんな気持ちもあった。泣いて詫びる仲間のために死ぬと決めたくせに、オレはまだ命が惜しい。あのまま死んでたら、こんなこと思わなかっただろうけど。
一度助かってしまえば、なぜ死のうと思えたのか。帰ることを諦めたのか、不思議な感じさえした。洗脳されたみたいに、死が唯一の道だと思ったことも。
「ねえ、おかしいと思わなかったかしら」
彼女の赤い唇が、毒を吐き出す。そんな感じがした。緊張から乾いた喉がごくりと鳴る。手元に引き寄せた紅茶に口をつけ、震える手でソーサーに戻した。かちゃかちゃと聞き苦しい音がしたが、リリィも侍女も動かない。
「王侯貴族がどれほど強くても、卑怯な手を使っても、あなたは逃げることが出来たはずよ。どうして抗わなかったの?」
「仲間や、その家族が……」
人質にされた。偽勇者だと断定して殺されそうになったあの時、一番親しかった騎士が捕まったのだ。魔王城に向かう時から優しくて、親切だった。婚約者がいるから生きて帰るんだと……。何度も聞いた話が脳裏を過ぎる。
ぎゅっと握った手に汗が滲んだ。その手を、冷たい彼女の手が包んだ。いつの間に立ち上がったのか、距離を詰められたのも分からなかった。
「殺すと脅された? それで仲間のために抵抗しなかった。彼らはあなたを差し出して、自分達だけ助かろうとしたのにね」
「それは違うっ!」
王族がオレを殺そうとして、抵抗したから……だから彼らが人質にされて。順番が逆だ。そう思ったのに、彼女はくすくすと笑って、すぐ目の前のテーブルに尻を乗り上げて座った。前かがみになってオレを覗き込む彼女の豊かな胸元が、視線の端を掠める。意識が逸れたタイミングで、リリィは口を開いた。
「この世界に魔王を倒せる者はいない。だから異世界から勇者を召喚した。魔王を殺せば前の世界に帰れる、と言われたはず。あれは嘘よ。あなたは騙されたの」
驚きに目を瞠った。脳は理解を拒むのに、心の中で納得する部分もある。そうだ、おかしいと思った事もあった。魔王を殺さなければ帰れない? 召喚したのが魔王ではないのに、奇妙だと感じた。召喚した魔術師なら帰せたんじゃないか?
何度も口にした疑問に、彼らはなんて答えた? 魔王の魔力がある限り、この世界から送り出すことは出来ない。だから魔王の死が絶対条件だった。
「魔王が邪魔。なら、どうしてあなたを召喚出来たの? 召喚と帰還、どちらでも条件は同じよ。誰が使っても、魔術式と魔力量が同じなら、そっくりの事象を起こせる。それが魔術だもの」
魔力の少ない人間は魔術を使う。それは数学の方程式や、化学の法則に似ていた。きちんと適用すれば、同じ結果が得られる。逆に魔族が使う魔法は、決まった公式がなかった。炎ひとつでも、赤や白、青など色すら定まらない。
聞いて覚えた全てが嘘なら……オレは何を犠牲にし、誰を失い、どこで間違えた?
「あなたをこの世界に召喚するために、膨大な力が消費されたわ。でも、こちら側に犠牲者はいない。その意味はわかるわね?」
耳を塞ぎたくなる言葉は、恐らく真実だ。オレも薄々気づいていたじゃないか。都合の悪いことは見ぬ振りでやり過ごした。そのツケは払いきれない負債となって、オレの肩にのし掛かってくる。握りしめた拳から流れた血が、ぬるりと気持ち悪かった。
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