【完結】虚

綾雅(りょうが)今年は7冊!

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第一章

16.失敗をどう隠すか

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 さすがに返す言葉がなく無言になった子爵の前に、また新しい首を転がす。淡々と、指先で行う作業に別の男が声を上げた。

「貴様っ、まだ死者を愚弄するか」

「そっくり返すぜ。あんたから魔石が取れりゃ、同じように生きたまま腹を裂いてやったんだがな?」

 残念ながら人間から魔石は取れない。これは魔力を溜める器官として、魔族が所有する内臓だった。硬さは宝石並みで、簡単に砕けないのが特徴だ。別に死んでから腹を割いても砕けたり使えなくなるわけじゃないってのに。人間は自分達が使う魔石を、生きた魔獣や魔族から取り出したがるのだ。

 すでに痛みを感じない死体の首を斬り落とすくらいで、がたがた騒ぐな。睨みつけて殺気を飛ばす。びくりと肩を揺らして凍りついた男から視線を逸らした。

「悪い者達だとしても、そなたも人間である以上」

「オレ? もう人間やめたんで。一緒にしないでくれるか。すごく気分が悪い」

 一気に急降下した低い声が出た。今になってオレを人間の括りに入れようってのか? オレを殺そうとした貴族の端くれが……ふざけるなよ。魔族の少女が口にするのはいい。彼女から見て異種なのは間違いなかった。だが人間に言われるのは腹立たしい。

 人間の枠から切り捨てて殺そうとしたくせに、今さら同族扱いなんざ認めない。噛み締めた奥歯がぎりと音を立てた。

「落ち着け」

 崖の上から降りてきたアベルの声に、ひとつ深呼吸した。駆け寄った黒狼は、通常の狼の3倍ほどある。慰めるように頬を寄せるアベルを撫でて、オレは「大丈夫」と口にした。

「どれを残すのだ?」

「子爵とかいう奴だけ。あとは要らな……っ!」

 アベルとの会話が終わる直前、射掛けられた矢を弾く。軌道を読んで風を叩きつけた。呪文は間に合わず、無理矢理引き出した力が暴走する。死体の山を崩し、切り刻んだ。ボロい小屋が突風に耐えきれず、崩れ落ちる。

「ちっ、やっちまった」

 またリリィに叱られる。制御しきれなかった風の痕跡を誤魔化すように、オレは前に踏み出した。子爵が攻撃を止めるよう声を張り上げるが、被せるようにオレは言い切った。

「止める必要はないぜ。お前らは皆殺しだ」

 抵抗する権利くらいは残してやるよ。命は貰うが、な。地を蹴った足に、大地の魔法を適用する。風でもいいが、何もない場所に地面を作り出した。透明な魔力の大地を踏み、駆け上がったオレは収納から取り出した剣を抜く。鞘は不要だ。

 刃を見せながら空中から現れた剣を振り下ろした。弓の弦と一緒に腕を斬り、隣の男が繰り出した短剣を防いで弾き飛ばす。その間にアベルが動いた。駆け出す黒い狼が、鋭い爪と牙で2人を引き倒す。血を吐いた男達をきっちり噛み殺し、赤い牙を見せつけるようにアベルが唸った。

「あんただけ生かしてやる。帰って国の偉い人に泣きつくんだな」

 子爵が聞いたのは、オレの吐き捨てた言葉だけ。首の後ろを柄で叩いて昏倒させ、乗ってきた馬と彼を残して斬り捨てる。この村に何をしにきたか、尋ねる必要はなかった。

 こいつらは魔石の話に反応した。この村は魔石狩りの最前線で、子爵はその魔石を回収に向かう部隊の指揮官だろう。魔力が少ない人間が魔術を使うために、魔族を殺して魔石を奪う。獲物が動物なら生存競争の一環として納得もした。だが苦しめて殺すやり方も、言葉や意思疎通が可能な魔族を獲物にする考えも、理解できない。

 抵抗する者より逃げようとする連中の方が多く、追いかけて首を落とした。それらを纏めて子爵の前に積み重ね、粗末な小屋に火をつける。

「荼毘に伏すのか」

「いや? 疫病撒き散らされると迷惑だから焼くだけだ」

 意味が全く違う。アベルの言葉に首を振って笑ったオレに、彼は背に乗れと示した。素直に従いながら、こっそりと囁いてみる。

「なあ、風の制御の失敗はリリィに黙っててくれよ」

「もうバレてると思うぞ」

 容赦ない返しに天を仰ぐ。途中の川で水浴びでもして、汚れを落としながら言い訳を考えるか。
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