【完結】虚

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
51 / 135
第一章

51.最低限の人数で逃げ込んだらしい

しおりを挟む
 じめじめと湿った石段を下りる。前を歩いた奴の誰かが滑ったらしく、ところどころが取れていた。光がほとんど入らないせいで、苔などの植物は見当たらない。足音に驚いて逃げる音がするのは、虫か。

 つんと鼻先に独特な臭いが届いた。にやりと笑って身を屈める。頭上で何かを振る音がした。

「仕留めたか?」

「お待ちください。手ごたえがなく……」

「灯りを付けろ」

「なりません! 陛下」

 焦る主君を諫める部下、ご苦労なこった。しゃがんだまま短剣を抜いて、暗闇に目を凝らした。ぼんやりと見える人影がごそごそと動く。

「そうだぞ、陛下。こんなところで火なんかつけたら居場所がバレる」

 オレの声に焦った人影が蝋燭に火をともした。折角忠告してやったのに、まったく聞いていない馬鹿め。蝋燭の頼りない灯りが照らす人影を数えた。3つ、蝋燭を持つ男は国王ではない。特権階級は自ら蝋燭の燭台を持ったりしないものだ。

 側近だろう。それに護衛と国王自身。最低限の人数で逃げ込んだらしい。大勢が動けば、それだけ痕跡が残るから当然だが……。

「みっともねえ真似するなよ、一国の王だろうが」

 吐き捨てたオレは、蝋燭を持つ男を後回しにして隣の人影に襲い掛かる。だが火の動きで察知した護衛が間に飛び込んだ。さきほど火をつけるなと警告した人物だ。騎士団長あたりの肩書きを持ってそうだな。背のマントがひらりと揺れた。

「貴様っ、魔族か!?」

「おや? もう忘れたのか、たった5年程度だろ」

 笑いながら蝋燭の光がかかる位置まで踏み出す。光の奥にいる国王は怪訝そうな顔をするが、護衛の男は息を飲んだ。

「……勇者っ!」

「正解。元がつくけどな」

 足払いを掛けて、マントの裾を短剣で壁に縫い留めた。転がりかけた体が不自然に引っ張られ、蝋燭を持つ男を巻き込んで倒れる。じゅっと音を立てて、蝋燭の火が消えた。再び訪れた暗闇で、オレは目を凝らす。先ほど鼻をついた臭いが再び漂ってきた。側近の呻く声を護衛が押さえたのだろう。もごもごと苦しそうな声が静かになる。

 火が消える直前に目を閉じて慣らした目は、ぼんやりと人影を捉えていた。動かずにいるのは息をひそめているからか。収納から取り出した剣は、鞘だけを中へ残す。抜き身の剣を腰の位置で構え、黒い人影に突き立てた。

「ぐあぁあああああ!」

 苦しそうな声に慌てた護衛が火をつけ、蝋燭が再び灯る。オレが全体重を掛けて突き立てた剣の柄から、ぽたりと血が滴った。でっぷりと肥えた腹を剣で壁に固定された国王は、見覚えのある顔を苦痛に歪ませる。

「へ、陛下……」

 がらんと剣が落ちる音がする。ぱちんと指を鳴らし、魔法で光を灯す。蝋燭より広範囲が照らされた石段の通路は、赤く血で汚れていた。国王の体から力が抜けるたび、鋭い刃が身を裂く。己の体重で傷を広げる男を無視して、オレは次の敵に備えるため身構えた。

「陛下が討たれたのであれば、我が命は不要だ」

「いい覚悟だけど、そんな簡単に投げ出せる安い命なんだな。地獄で国民によく謝れ」

「うわぁあああ! 死にたくないっ! 嫌だ、くそっ、死ね」

 蝋燭を放り出し、護衛の剣を拾った側近が大きく振りかぶった。ああ、コイツ……宰相じゃん。だからか、実戦経験のないことが一目瞭然だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...