【完結】虚

綾雅(りょうが)今年は7冊!

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第三章

112.激痛の先で得たもの

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 骨を無理やり捻じ曲げ、筋肉が千切れて悲鳴を上げる。生きたまま体を絞られるような激痛だ。雑巾さながら巨人に力いっぱい絞めあげられたら、こんな感じかも知れない。そう考える思考が溶けていく。痛みが襲うたび、何を考えていたか分からなくなった。

 これで半分――すべてを引き受けるには、どれだけの強さが必要なのか。

「私も引き受ける……痛いの我慢する」

 エイシェットの声が飛び込んで、それはダメだと首を横に振った。伝わったか? 確認するのも難しい。オレの背に触れる温かなエイシェットの手を辿り、彼女の腕を掴んだ。

「ダメ……だ」

「やだっ、私が半分こ、痛いの減る」

 それはそうだろう。だが術式が複雑になり、技術的に難しくなる。それに失敗したら……何だっけ? 痛い、苦しい、なんでこんな目に遭ってるんだ? そうじゃない。エイシェットを止めないと。

 激痛に意識がさ迷う。必死で意識をかき集めた。僅かな動きでも全身に剣を突き立てられる痛みが走る。指先から心臓や脳まで、一気に貫かれる気がした。それでも、エイシェットと分かち合うのは違う。これはオレが選んだ。

「うぁ……っ」

 名を呼ぼうとするのも痛くて、ひどく怠い。痛みが蓄積する疲労は全身を重く感じさせた。あれ、誰かに重いと文句を言った……か? 少し前の記憶も曖昧になる。自分と痛みの境界線が危うくなり、自我が溶けだしそうだ。

「魔力を高めよ、さすれば多少は痛みを抑え込める」

「体内に巡らせるのだ」

 放出せず、大量の魔力を体内に満たす。そんな訓練はしたことがない。だが出来る出来ないと議論する気はなかった。何でもいい、この痛みが緩和されるなら。僅かでも息をつく猶予が得られるなら、代償が大きくても頷く。悪魔の囁きであっても、その手を取るだろう。

 深呼吸すら胸に痛みが走る。死にかけたあの頃の記憶がよみがえった。全身が痛くて動けなくて、でも歩かないと仲間が死ぬ……そう信じて足を踏み出した。鋭いガラスが傷の上から傷を作り、投げられる石によろめくたび深く刺さる。激痛と乾きに朦朧としながら、不思議と気持ちは落ち着いていた。

 大丈夫、あの時と同じだ。友を自らの手で討ち、仲間に裏切られたことを知り、慟哭したあの日の記憶より今は辛いか? ただの痛みだ、ただの苦しさだ。心は傷ついてない。まだ立ち上がれるはず。自分に暗示をかけるように言い聞かせた。

 俯せの姿勢から転がり、全身の激痛に呻く。あまりにも痛すぎると涙すら出ないんだな。妙なことに気づいて笑おうとして失敗した。見上げた天井に、見えないはずの魔力が揺らぐ。オレを蔑む青、恨む赤、傍観する緑……様々な魔力が螺旋になって虹を作っていた。

 手を伸ばす。もうオレの一部だ。さあ、来い――憎い敵を引き裂きたいんだろ? あんたらを殺した奴を倒しに行こうぜ。この体を提供するから、オレの友を助けて一緒に女神を倒そう。囁きかける意識に反応した魔力が吸い込まれるように、肌に触れる。

 誰だか分からないけれど、悔しいと泣く。辛かったと嘆く。もっと生きたかった、ようやく幸せを掴んだのに。たくさんの恨み辛みを受け止め、オレは目を閉じる。居心地がいい場所を探すように、魔力は全身を自由に動き回った。落ち着くことなくざわめく人々の意識が、痛みを和らげる。

 たくさんの人の意識や思いを背負う。それほど立派な人間じゃないが、でも……きっちり返して成仏したらいいさ。オレもいずれその輪に入るんだから。懐かしい人の気配を感じた気がして、ようやく涙が顳を伝った。
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