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第三章
116.この手から奪われたもの
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治癒で回復した蝙蝠の鳴き声が聞こえる。打ち寄せる波の音に似て、近づいたり離れたりする気がした。全身が怠くて動かず、必死で足掻いた手足が泥に沈むみたいに重い。
「サクヤ、起きて」
揺らすエイシェットの声にようやく瞼を押し上げた。それだけの作業にも痛みが走る。動きづらい手を当てた腹部の傷は塞がっていた。それでも痛む全身は、巡らせた魔力が足りないのか。治癒に使った分を補充しながら、ぎしぎしと痛む体を起こした。
「やられたぞ」
ぼそっと呟くカインの声に、オレは言葉を失う。魔力感知に引っ掛かるはずの魔力がない。復活したばかりのヴラゴも、エルフの婆さんも……オレが間違うはずはなかった。彼らの反応がない。
「ヴラゴは? 婆さんは?」
「っ……落ち着いてくれ、サクヤ」
アベルが唸り声を上げて制する。それからオレは現実を知った。横たわるエルフの婆さんに駆け寄り、青白い肌に触れる。血の気がない肌は、どこまでも冷たかった。硬くて弾力がない婆さんの顔は、それでも機嫌が悪そうで……叩いたら「何するんだい!」と怒鳴りながら起き上がりそうだった。
「ヴラゴ、は?」
「形がもう」
蝙蝠達が集まって、涙をこぼす先に砂が積もっていた。近づいたオレに、彼らは場所を譲ってくれる。這うようにして距離を詰めたオレの手が触れたのは、砂ではなく灰だった。燃え尽きた白くさらさらとした灰が、手のひらに汗でべとりと付く。
「ヴラゴなの、か」
死体の形を留めていない。前回は仮死状態だったから、体の形は崩れなかった。しかし今回は完全に死んでいた。灰に魔力を流しても、治癒を施しても、反応はない。当然だ、治癒は体が持つ回復力を魔力で補うものだった。活動停止した肉体を呼び戻す力はない。そんな都合のいい魔法があれば、魔王は死ななかっただろう。
オレが倒されたのが先か、彼と彼女が殺されるのが早かったか。そんなことはどうでもいい。わかっていることは、手を下したのがリリィという現実――オレの保護者だった、魔王城を現在支配する主だ。
すでに治癒が終わった腹が、ずきんと痛む気がした。魔力を浴びて治った痛みが、全身を駆け巡るようだ。怒りや憎しみが突き抜けると、こんなに熱いのか。ふふっ、おかしくなって笑った。驚いた顔をする蝙蝠や双子を前に、肩を震わせて笑う。だが見開いた両目は涙を溢れさせた。
バルト国の人間を殺したら、終わるはずだった。召喚した魔術師達、裏切った賢者、王女、国王、仲間だった騎士や兵士……手のひらを返した国民も含め、彼らを殺したら終わる復讐だと思っていたのに。
実際はどうだ? バルト国が召喚に使って日本を消滅させた事実は変わらずとも、その裏で手を引く女神の存在があった。友として受け入れてくれた魔王を殺し、新たな仲間を殺され、オレはまた弱者に逆戻りだ。鎖を引き摺って、ガラス片の上を歩いてた頃と何も変わってない。
魔法が使えるからなんだ? 魔力量が人間で一番多いからどうした? オレが持つ魔力のすべては、日本人の生命力だ。この世界に還元するしかなくて消費する、オレはただの道具だった。それでも立ち上がろうとしたのに、世界はどこまでオレを――苦しめたら気が済む?
「サクヤ、起きて」
揺らすエイシェットの声にようやく瞼を押し上げた。それだけの作業にも痛みが走る。動きづらい手を当てた腹部の傷は塞がっていた。それでも痛む全身は、巡らせた魔力が足りないのか。治癒に使った分を補充しながら、ぎしぎしと痛む体を起こした。
「やられたぞ」
ぼそっと呟くカインの声に、オレは言葉を失う。魔力感知に引っ掛かるはずの魔力がない。復活したばかりのヴラゴも、エルフの婆さんも……オレが間違うはずはなかった。彼らの反応がない。
「ヴラゴは? 婆さんは?」
「っ……落ち着いてくれ、サクヤ」
アベルが唸り声を上げて制する。それからオレは現実を知った。横たわるエルフの婆さんに駆け寄り、青白い肌に触れる。血の気がない肌は、どこまでも冷たかった。硬くて弾力がない婆さんの顔は、それでも機嫌が悪そうで……叩いたら「何するんだい!」と怒鳴りながら起き上がりそうだった。
「ヴラゴ、は?」
「形がもう」
蝙蝠達が集まって、涙をこぼす先に砂が積もっていた。近づいたオレに、彼らは場所を譲ってくれる。這うようにして距離を詰めたオレの手が触れたのは、砂ではなく灰だった。燃え尽きた白くさらさらとした灰が、手のひらに汗でべとりと付く。
「ヴラゴなの、か」
死体の形を留めていない。前回は仮死状態だったから、体の形は崩れなかった。しかし今回は完全に死んでいた。灰に魔力を流しても、治癒を施しても、反応はない。当然だ、治癒は体が持つ回復力を魔力で補うものだった。活動停止した肉体を呼び戻す力はない。そんな都合のいい魔法があれば、魔王は死ななかっただろう。
オレが倒されたのが先か、彼と彼女が殺されるのが早かったか。そんなことはどうでもいい。わかっていることは、手を下したのがリリィという現実――オレの保護者だった、魔王城を現在支配する主だ。
すでに治癒が終わった腹が、ずきんと痛む気がした。魔力を浴びて治った痛みが、全身を駆け巡るようだ。怒りや憎しみが突き抜けると、こんなに熱いのか。ふふっ、おかしくなって笑った。驚いた顔をする蝙蝠や双子を前に、肩を震わせて笑う。だが見開いた両目は涙を溢れさせた。
バルト国の人間を殺したら、終わるはずだった。召喚した魔術師達、裏切った賢者、王女、国王、仲間だった騎士や兵士……手のひらを返した国民も含め、彼らを殺したら終わる復讐だと思っていたのに。
実際はどうだ? バルト国が召喚に使って日本を消滅させた事実は変わらずとも、その裏で手を引く女神の存在があった。友として受け入れてくれた魔王を殺し、新たな仲間を殺され、オレはまた弱者に逆戻りだ。鎖を引き摺って、ガラス片の上を歩いてた頃と何も変わってない。
魔法が使えるからなんだ? 魔力量が人間で一番多いからどうした? オレが持つ魔力のすべては、日本人の生命力だ。この世界に還元するしかなくて消費する、オレはただの道具だった。それでも立ち上がろうとしたのに、世界はどこまでオレを――苦しめたら気が済む?
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