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第三章
122.まだ友と呼んでくれる
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頷くでもなく、じっとイヴリースの瞳を見上げる。以前と同じ、真っ赤な色に染まった瞳がゆるりと細められた。口元が僅かに動いた気がする。
――そなたらしい選択だ。ならば我が身を預けよう。
魔王であった頃と同じ、穏やかな声だった。直接脳に響いてくる音なのに、口調や僅かな息継ぎまで聞こえるきがする。彼は出会った頃からオレを気遣っていた。同情や憐れみであっても、その優しさは本物だ。
どうしてだろうな。出会ってからのオレは、道を間違えてばかりだった。人間を裏切って魔族につけば良かったし、イヴリースを信じれば救われた。後悔と呼ぶには重すぎる感情が、オレの声を掠れさせる。
「ごめん、イヴリース」
――ありがとうと、言ってくれぬのか? 我が友よ。
まだ友と呼んでくれる彼に笑おうとして、顔がくしゃりと歪んだ。落ちる涙が頬を濡らし、眉が寄って顔はぐしゃぐしゃだろう。見苦しい顔なのに、笑おうと口を横に引いて……堪えきれず両手で覆った。
「あり、がと……ぅ。まだ……友と?」
――俺はお前を友人だと思っているぞ。
溢れる涙が止まるまで、エイシェットは手を握っていてくれた。イヴリースは身を捩り、オレの前で伏せて丸くなる。無言の優しさに包まれて、どのくらい泣いたのか。ずずっと鼻を啜ったのを合図に、オレは切り出した。
イヴリースをこの場所から解放する。リリィを排除して、新たな秩序を取り戻さなければならない、と。自らの予測を交えながら説明した声に耳を傾けた魔王は、ぐるると喉を鳴らした。
――我が友が望むなら、魔族が危険であるならば、動かぬ理由はあるまい。痛みを引き受けてもらったことで、この体も動かせる。
「そういや、どうしてドラゴンの死体に入ってるんだ?」
エイシェットも首を傾げて、大きな黒竜を見上げる。見たことのない同族の姿だった。ドラゴンは個体数が少ないため、まったく知らないドラゴンはいない。少なくとも噂を群れの中で聞くものだが、彼女は黒いドラゴンの話を知らなかった。
「私、知らない。変」
ぎこちなく伝えた後、苛立ったように喉を鳴らして会話し始めた。きちんと自分の言葉が伝わらないのが、もどかしいのだろう。
この大きさのドラゴンなら数百年単位で生きているはずで、黒色は記憶にない。その上、死体になっているのに腐らず、他者の魂が入れたのはおかしい。疑問を素直に投げ付ける若い銀竜へ、魔王イヴリースは意外なことを口にした。
――これはかつて脱ぎ捨てた器だ。
詳しい説明は後にすると言われ、後ろ髪を引かれる思いながら諦める。すごく気になる言い回しだった。聞きたいなら早く解放しろと笑うイヴリースの鱗をどつきながら、突き立てられた杭を相手に魔力を流した。傷口に流した治癒の魔力で、杭を押し出すのだ。
死体に治癒は効かないが、中に魂があり動いているなら適用されるんじゃないか? 賭けに近いオレの目算は当たり、修復される傷口は異物である杭を外へ排出した。ずるりと抜けた杭が、音を立てて転がる。
1本目が成功すると、残りは徐々にコツが掴めて早くなった。すべての杭を抜き去ったオレは、疲れて怠い体をエイシェットに支えられながら座り込む。
「これで、どうだ?」
みっともなく息の切れた状態だが、誇らしげに友人を見上げた。イヴリースはしばらく翼や手足を動かしていたが、オレの腕を咥える。乱暴に放り投げて背中に乗せると、エイシェットに合図を送った。
「わかった」
広い地下も、エイシェットが竜の姿を取ると狭く感じられる。頭上を睨んだ2匹は、大きく吸い込んだ息をブレスに変えて吐き出した。
――そなたらしい選択だ。ならば我が身を預けよう。
魔王であった頃と同じ、穏やかな声だった。直接脳に響いてくる音なのに、口調や僅かな息継ぎまで聞こえるきがする。彼は出会った頃からオレを気遣っていた。同情や憐れみであっても、その優しさは本物だ。
どうしてだろうな。出会ってからのオレは、道を間違えてばかりだった。人間を裏切って魔族につけば良かったし、イヴリースを信じれば救われた。後悔と呼ぶには重すぎる感情が、オレの声を掠れさせる。
「ごめん、イヴリース」
――ありがとうと、言ってくれぬのか? 我が友よ。
まだ友と呼んでくれる彼に笑おうとして、顔がくしゃりと歪んだ。落ちる涙が頬を濡らし、眉が寄って顔はぐしゃぐしゃだろう。見苦しい顔なのに、笑おうと口を横に引いて……堪えきれず両手で覆った。
「あり、がと……ぅ。まだ……友と?」
――俺はお前を友人だと思っているぞ。
溢れる涙が止まるまで、エイシェットは手を握っていてくれた。イヴリースは身を捩り、オレの前で伏せて丸くなる。無言の優しさに包まれて、どのくらい泣いたのか。ずずっと鼻を啜ったのを合図に、オレは切り出した。
イヴリースをこの場所から解放する。リリィを排除して、新たな秩序を取り戻さなければならない、と。自らの予測を交えながら説明した声に耳を傾けた魔王は、ぐるると喉を鳴らした。
――我が友が望むなら、魔族が危険であるならば、動かぬ理由はあるまい。痛みを引き受けてもらったことで、この体も動かせる。
「そういや、どうしてドラゴンの死体に入ってるんだ?」
エイシェットも首を傾げて、大きな黒竜を見上げる。見たことのない同族の姿だった。ドラゴンは個体数が少ないため、まったく知らないドラゴンはいない。少なくとも噂を群れの中で聞くものだが、彼女は黒いドラゴンの話を知らなかった。
「私、知らない。変」
ぎこちなく伝えた後、苛立ったように喉を鳴らして会話し始めた。きちんと自分の言葉が伝わらないのが、もどかしいのだろう。
この大きさのドラゴンなら数百年単位で生きているはずで、黒色は記憶にない。その上、死体になっているのに腐らず、他者の魂が入れたのはおかしい。疑問を素直に投げ付ける若い銀竜へ、魔王イヴリースは意外なことを口にした。
――これはかつて脱ぎ捨てた器だ。
詳しい説明は後にすると言われ、後ろ髪を引かれる思いながら諦める。すごく気になる言い回しだった。聞きたいなら早く解放しろと笑うイヴリースの鱗をどつきながら、突き立てられた杭を相手に魔力を流した。傷口に流した治癒の魔力で、杭を押し出すのだ。
死体に治癒は効かないが、中に魂があり動いているなら適用されるんじゃないか? 賭けに近いオレの目算は当たり、修復される傷口は異物である杭を外へ排出した。ずるりと抜けた杭が、音を立てて転がる。
1本目が成功すると、残りは徐々にコツが掴めて早くなった。すべての杭を抜き去ったオレは、疲れて怠い体をエイシェットに支えられながら座り込む。
「これで、どうだ?」
みっともなく息の切れた状態だが、誇らしげに友人を見上げた。イヴリースはしばらく翼や手足を動かしていたが、オレの腕を咥える。乱暴に放り投げて背中に乗せると、エイシェットに合図を送った。
「わかった」
広い地下も、エイシェットが竜の姿を取ると狭く感じられる。頭上を睨んだ2匹は、大きく吸い込んだ息をブレスに変えて吐き出した。
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