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12.構いません、やっておしまい
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乗馬服のため、足首まであるキュロットのような服装のお母様は、乗馬鞭を振り上げました。まさかお父様を叩くのでは?! 慌てて止めに入りますが、振り下ろした先は壁でした。ぴしっと痛そうな音がします。あれが当たると、間違いなく痣になりますね。
「あなた、どういうおつもり? 私を閉じ込めるなど何様のつもりでしょうね。鞍を隠した程度で怯む私ではありませんわよ」
執事が苦笑いしているので、どうやら裸馬で駆け込んできたようです。公爵夫人としては品のない振る舞いに分類されますが、私が贈る言葉はひとつでした。
「お母様、凛々しくて素敵ですわ」
「ありがとう、セラ」
憧れてしまいますね。さっそうと裸馬に跨って屋敷の門をくぐるお母様の雄姿を見逃したのは、返す返すも残念でした。
「奥様、旦那様! お客様です」
通常の公爵家ならお父様を先に呼ぶのですが、この家の使用人達は心得ています。この家の最高権力者が誰なのか。そして逆らう愚を冒さないのが賢い使用人なのです。慌ただしく飛び込んだ侍従が、お母様にぴしっと敬礼しました。いつから我が家は軍隊式になったのでしょう。
「魔王陛下かしら」
「いえ……王家の第二王子殿下でいらっしゃいます」
「「なんで?」」
お兄様とハモってしまいました。お母様は口元に笑みを浮かべ、侍女に着替えの手配を申し付けています。殺る気ですね。お父様は完全に無表情になりました。どうやら怒りが突き抜けた様子、どちらも危険ですわ。
……にしても、魔王陛下は遅いですね。夜明け前から待っていたので何とも言えませんが、ひとまず応対するのが礼儀でしょうか。足早に廊下を抜けるお父様の後ろを、私は靴音を響かせながらお兄様のエスコートで戻ります。万歩計が欲しいくらい、歩く日ですわね。靴を変えた方がよさそうです。
「これはこれは、愚鈍な……第二王子殿下ではございませんか。今日は何のご用ですかな?」
お父様、本音が隠せておりません。引きつった顔をしたものの、アーサー様は咎め立てしませんでした。正解です。ここでうっかり無礼を咎めたら、王家の存続が危うかったと思いますもの。物理的に首が飛ぶ可能性もございますし、大人しくしてくださいね。
我が家の使用人は忠誠の方向性がおかしい者が多く、この場で第二王子殿下が殺されても「本日はお見えになっておりません」と笑顔で王宮の使者に対応します。私が王子殿下の婚約者に決まった時も、庭師が「お嬢がお嫌なら王子を1人減らしてきましょうか?」と物騒なことを口にしていました。
おそらく王太子殿下が無事なら国は安泰なので、予備の第二王子殿下は殺っちゃいましょう。という意味だったと思います。前世の記憶がなければ、うっかり頷いたかもしれません。今も庭の草木を手入れする鋏片手に覗いてますし。
「そ、早朝からすまない。実は婚約解消を撤回、した……いぃ……ぐえぇええ」
思わぬ発言に、お父様の手が無言で伸びました。凍り付いた無表情のまま、第二王子の首に手が回り絞めあげます。背が高いお父様が腕を上げたため、アーサー様の足が浮いてますけど!
「死んじゃいますわ」
「構いません、やっておしまい」
着替え終えたお母様の言葉が「殺っておしまい」に聞こえます。ああ、なんということでしょう。
「やめてください!! これから我が家は陛下と呼称される方々を、複数お迎えするのですよ? 汚したら客間が足りなくなります!!」
「あなた、どういうおつもり? 私を閉じ込めるなど何様のつもりでしょうね。鞍を隠した程度で怯む私ではありませんわよ」
執事が苦笑いしているので、どうやら裸馬で駆け込んできたようです。公爵夫人としては品のない振る舞いに分類されますが、私が贈る言葉はひとつでした。
「お母様、凛々しくて素敵ですわ」
「ありがとう、セラ」
憧れてしまいますね。さっそうと裸馬に跨って屋敷の門をくぐるお母様の雄姿を見逃したのは、返す返すも残念でした。
「奥様、旦那様! お客様です」
通常の公爵家ならお父様を先に呼ぶのですが、この家の使用人達は心得ています。この家の最高権力者が誰なのか。そして逆らう愚を冒さないのが賢い使用人なのです。慌ただしく飛び込んだ侍従が、お母様にぴしっと敬礼しました。いつから我が家は軍隊式になったのでしょう。
「魔王陛下かしら」
「いえ……王家の第二王子殿下でいらっしゃいます」
「「なんで?」」
お兄様とハモってしまいました。お母様は口元に笑みを浮かべ、侍女に着替えの手配を申し付けています。殺る気ですね。お父様は完全に無表情になりました。どうやら怒りが突き抜けた様子、どちらも危険ですわ。
……にしても、魔王陛下は遅いですね。夜明け前から待っていたので何とも言えませんが、ひとまず応対するのが礼儀でしょうか。足早に廊下を抜けるお父様の後ろを、私は靴音を響かせながらお兄様のエスコートで戻ります。万歩計が欲しいくらい、歩く日ですわね。靴を変えた方がよさそうです。
「これはこれは、愚鈍な……第二王子殿下ではございませんか。今日は何のご用ですかな?」
お父様、本音が隠せておりません。引きつった顔をしたものの、アーサー様は咎め立てしませんでした。正解です。ここでうっかり無礼を咎めたら、王家の存続が危うかったと思いますもの。物理的に首が飛ぶ可能性もございますし、大人しくしてくださいね。
我が家の使用人は忠誠の方向性がおかしい者が多く、この場で第二王子殿下が殺されても「本日はお見えになっておりません」と笑顔で王宮の使者に対応します。私が王子殿下の婚約者に決まった時も、庭師が「お嬢がお嫌なら王子を1人減らしてきましょうか?」と物騒なことを口にしていました。
おそらく王太子殿下が無事なら国は安泰なので、予備の第二王子殿下は殺っちゃいましょう。という意味だったと思います。前世の記憶がなければ、うっかり頷いたかもしれません。今も庭の草木を手入れする鋏片手に覗いてますし。
「そ、早朝からすまない。実は婚約解消を撤回、した……いぃ……ぐえぇええ」
思わぬ発言に、お父様の手が無言で伸びました。凍り付いた無表情のまま、第二王子の首に手が回り絞めあげます。背が高いお父様が腕を上げたため、アーサー様の足が浮いてますけど!
「死んじゃいますわ」
「構いません、やっておしまい」
着替え終えたお母様の言葉が「殺っておしまい」に聞こえます。ああ、なんということでしょう。
「やめてください!! これから我が家は陛下と呼称される方々を、複数お迎えするのですよ? 汚したら客間が足りなくなります!!」
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