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261.もう一人の黒いセティ

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 トムは僕の膝の上でお昼寝している。僕は冷たくないお水に足を浸して座った。入り口部分が階段になってる場所があって、座ると気持ちいいんだ。ガイアは相性がいいって言ってたけど、気持ちがいいのとは別みたい。

 足を少し動かして、ぱしゃりと音を立てる。その後にしゃらんと軽い音がした。これが好きで何度も繰り返している。膝の上のトムは大人しくて、前より大きくなった分だけ重かった。金色の毛は艶があって、毎朝ガイアがブラシをかけているんだって。

 耳をときどき動かすだけで、あとは丸くなって眠り続けるトム。もう少ししたら神様になる準備をするんだよ。僕と一緒だね。セティがガイアとその件でケンカを始めて、僕はここで待ってるの。ケンカは兄弟にはよくあることだから、心配しないでいいんだよ。フェリクスお兄さんとボリスがケンカした時もそう聞いた。

 あふっと欠伸をして手で口を押える。ここは光が柔らかくて、きらきらしてて気持ちいい。水の中に浮かべておいた桃が足に近づいてきた。座った時は膝の上にあったんだけど、トムが乗るから下ろしたの。そうしたら転がるから慌てて水の中に浮かべたんだ。どこか行っちゃうかと思ったけど、ずっと僕の側にいる。

 指先で桃に触れながら、僕はひとつを手に取った。柔らかい皮を剥こうとして、ふと気づいた。ここで齧ったらトムが汚れちゃうね。上手に食べられないから、いつも汁が手や膝に零れちゃうんだ。折角ガイアが綺麗にしてる毛皮なのに、トムもベタベタになったら嫌だよね。

「トム、桃食べるから降りる?」

 汚れちゃうよ、そう言ったのにトムはちらっと目を開けた後また寝た。困ったな。横向いて食べたら平気かも! 身を捩って桃を齧る僕は足元への注意が足りなかった。つるっと滑った後、体が水に飲み込まれる。慌ててトムを抱えて階段に置いた。

 みゃーっ!! 必死に鳴くトムの声を聞きながら水へ沈んでいく。大丈夫だよ、この水は苦しくないんだ。ちゃんとセティが僕を見つけてくれるから……トムはガイアのところへ戻って。手を振った僕はごぽっと息を吐き出して、掴んだ桃と一緒に水底へ沈んでいった。

「イシスっ!」

 呼ぶ声が聞こえる。でもセティじゃない、ガイアでもない。トムも違うね。必死になる誰かの声に引き寄せられて、水は流れ始めた。浮かんだ先は、こないだセティと訪れた森の中――やっぱり山の向こう側へ突き抜けてるんだと思う。

「誰が呼んだんだろ」

「俺だ」

 知らない神様がいた。たぶん、神様だと思うけど? セティに似てる。でも肌がうんと黒くて、髪の毛も真っ黒。でも瞳の色が赤いんだ。ここはセティと全然違う。でも顔はそっくりだった。両手を差し出して僕を掴み、水から出してくれた。

「ありがとう」

「いや。突然すまなかったな」

 謝られた意味が分からず、首を傾げる。そんな僕に「確かに俺の好みだな」と呟く彼は、僕が握っている桃に気づいて笑った。あ、笑い方もセティにそっくりだ。きっとガイア以外にも兄弟がいるんだね。ほっとしながら、僕は彼の隣に座った。
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