47 / 100
47.愚かな王と愚鈍な臣下、無知な民
しおりを挟む
ケイトウ国の正式名称は、ケイトウ=ヒユ聖王国である。聖の文字が入っているのは、数代続けて聖女を輩出した過去の実績だった。誇るべきはそこだけ、特筆する名産品もなければ有能な人材も生んでいない。過去の栄光に縋るだけの国だった。
聖女召喚に踏み切ったのは、現国王の不人気が原因だ。民の間に不満が蓄積し、爆発しそうな怒りを逸らすための手だった。外交でも失敗が続き、現時点で貿易都市バーベナを経由しない取引は行われていない。北の山脈から吹き下ろす冷たい風で、農作物の不作が続いた。
西をバーベナと接するケイトウにとって、東から南へかけて広がる平地は喉から手が出るほど欲しい土地だ。国の士気が高ければ、接する小国に対して戦を仕掛けただろう。しかしそれほどの才覚も覇気もない。誰かが何とかしてくれるはず、そんな他力本願な国王が縋ったのは……王国の過去の栄光だった。
召喚術に関し、先祖は豊かな知識と経験を残した。手順を記した書物であり、塔の魔法陣であり、贄の基準だ。城に仕える召喚師に大切な秘術書を渡し、塔の魔法陣を使わせ、贄をケチった。
魔力を大量に使用する記載があるが、一人二人で補える量ではない。他国から魔力の豊富な者を呼び寄せるなら、まだ成功率は高かったはず。だがその費用を捻出せず、他国の者に頭を下げて頼むことを嫌がった。聖女を輩出し続けた王国のプライドは、悪い方へ循環していく。
愚かな国王を戴いた民は運が悪い。きつい言い方をすれば、彼らにも責任があった。あまりに杜撰な都市計画や国の運営状況を監査せず、放置した貴族。甘い汁を吸うだけの貴族は、足元の疲弊を無視した。増えていく税の負担にあえぐ民も、蜂起せず諦めた。
すべてが悪い方向へ回り続ける歯車がかみ合い、異世界の罪なき女性が犠牲になる。それが許される世の中であってはならない。
「人がいないね」
忍び込んだエルは、軍服に似た服の襟を緩めながらぼやく。紛れ込むためにケイトウの貴族服を着用したのに、誰もいないのなら熊姿でもよかったじゃないか。そんな本音がちらり。首を締め付けるホックをすべて外してしまった。学ランを着崩す不良少年のようだ。
「さっさと回収しましょう。その先を右に曲がって、2つ目を左、15歩で右の壁を叩くと隠し扉です」
「面倒くさっ」
文句は口をつくが、言われた通り歩いて壁を叩いた。しかし隠し扉が現れない。ムッとした顔で振り返った。
「情報が間違ってる!」
「いいえ、申し訳ないことをしましたね。大人の歩幅で、と付け加えるのを忘れました」
遠回しに足が短いと言われ、隣をすっと歩くアランが3歩半ほど先で立ち止まった。右の壁を叩くと、ゆらりと開く。
「情報ってのは、誰が使っても分かるように距離を正確に示すもんだけど」
先ほどの仕返しに、距離を単位で示すべきだとやり返した。仲が悪いのかと言えば、そのようなことはない。足元が滑りますと注意するアランは、エルが滑ったら手を貸せるように準備していた。暗闇に下りていく。夜目が利く聖獣達は、聞こえた呻き声と獣の気配に眉を寄せた。
「気を付けて、何かいます」
聖女召喚に踏み切ったのは、現国王の不人気が原因だ。民の間に不満が蓄積し、爆発しそうな怒りを逸らすための手だった。外交でも失敗が続き、現時点で貿易都市バーベナを経由しない取引は行われていない。北の山脈から吹き下ろす冷たい風で、農作物の不作が続いた。
西をバーベナと接するケイトウにとって、東から南へかけて広がる平地は喉から手が出るほど欲しい土地だ。国の士気が高ければ、接する小国に対して戦を仕掛けただろう。しかしそれほどの才覚も覇気もない。誰かが何とかしてくれるはず、そんな他力本願な国王が縋ったのは……王国の過去の栄光だった。
召喚術に関し、先祖は豊かな知識と経験を残した。手順を記した書物であり、塔の魔法陣であり、贄の基準だ。城に仕える召喚師に大切な秘術書を渡し、塔の魔法陣を使わせ、贄をケチった。
魔力を大量に使用する記載があるが、一人二人で補える量ではない。他国から魔力の豊富な者を呼び寄せるなら、まだ成功率は高かったはず。だがその費用を捻出せず、他国の者に頭を下げて頼むことを嫌がった。聖女を輩出し続けた王国のプライドは、悪い方へ循環していく。
愚かな国王を戴いた民は運が悪い。きつい言い方をすれば、彼らにも責任があった。あまりに杜撰な都市計画や国の運営状況を監査せず、放置した貴族。甘い汁を吸うだけの貴族は、足元の疲弊を無視した。増えていく税の負担にあえぐ民も、蜂起せず諦めた。
すべてが悪い方向へ回り続ける歯車がかみ合い、異世界の罪なき女性が犠牲になる。それが許される世の中であってはならない。
「人がいないね」
忍び込んだエルは、軍服に似た服の襟を緩めながらぼやく。紛れ込むためにケイトウの貴族服を着用したのに、誰もいないのなら熊姿でもよかったじゃないか。そんな本音がちらり。首を締め付けるホックをすべて外してしまった。学ランを着崩す不良少年のようだ。
「さっさと回収しましょう。その先を右に曲がって、2つ目を左、15歩で右の壁を叩くと隠し扉です」
「面倒くさっ」
文句は口をつくが、言われた通り歩いて壁を叩いた。しかし隠し扉が現れない。ムッとした顔で振り返った。
「情報が間違ってる!」
「いいえ、申し訳ないことをしましたね。大人の歩幅で、と付け加えるのを忘れました」
遠回しに足が短いと言われ、隣をすっと歩くアランが3歩半ほど先で立ち止まった。右の壁を叩くと、ゆらりと開く。
「情報ってのは、誰が使っても分かるように距離を正確に示すもんだけど」
先ほどの仕返しに、距離を単位で示すべきだとやり返した。仲が悪いのかと言えば、そのようなことはない。足元が滑りますと注意するアランは、エルが滑ったら手を貸せるように準備していた。暗闇に下りていく。夜目が利く聖獣達は、聞こえた呻き声と獣の気配に眉を寄せた。
「気を付けて、何かいます」
221
あなたにおすすめの小説
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(りょうが)今年は7冊!
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
巻き込まれ召喚された賢者は追放メンツでパーティー組んで旅をする。
彩世幻夜
ファンタジー
2019年ファンタジー小説大賞 190位!
読者の皆様、ありがとうございました!
婚約破棄され家から追放された悪役令嬢が実は優秀な槍斧使いだったり。
実力不足と勇者パーティーを追放された魔物使いだったり。
鑑定で無職判定され村を追放された村人の少年が優秀な剣士だったり。
巻き込まれ召喚され捨てられたヒカルはそんな追放メンツとひょんな事からパーティー組み、チート街道まっしぐら。まずはお約束通りざまあを目指しましょう!
※4/30(火) 本編完結。
※6/7(金) 外伝完結。
※9/1(日)番外編 完結
小説大賞参加中
【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様
岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです
【あらすじ】
カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。
聖女の名前はアメリア・フィンドラル。
国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。
「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」
そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。
婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。
ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。
そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。
これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。
やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。
〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。
一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。
普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。
だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。
カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。
些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。
お言葉ですが今さらです
MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。
次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。
しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。
アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。
失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。
そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。
お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。
内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。
他社サイト様投稿済み。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる