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本編
22.頑張ったんだもの
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宰相職に就く前から、アルベール侯爵はよく遊びに来た。幼い私を抱き上げて髪を撫で、穏やかに笑う人だ。仕事が忙しくなったのは、お母様が亡くなる少し前だった。その頃から城でしかお会いしていない。
いつも大量の書類を持って、気難しそうな顔で声を荒らげる姿ばかりだった。ジョゼフおじ様、そう呼びかけることを躊躇うほど怖い。だけど、今日のおじ様は怖くなかった。突然泣き出した姿に、私は驚くと同時に嬉しくなる。昔のおじ様だわ。
前回の最期は、暗殺だったと聞いている。王家と国家を存続させようと働くジョゼフを邪魔に思う者は多かっただろう。堕落した王家から甘い汁を吸おうとする王家派はもちろん、帝国にとっても目の上の瘤だった。私が死んだ後の出来事だから、推測でしかないけど。
「ジョゼフおじ様は頑張ったんだもの」
ぽつりと言葉が漏れた。謝罪と後悔の言葉で自分を切り刻むジョゼフをこれ以上見ていたくない。そう感じた私の声に、彼は目を見開いた。大きな銀の瞳がこぼれ落ちそう。
「いいのか?」
「許す気がなければ、お父様は私をここへ呼ばなかったでしょう?」
ジョゼフが来るから、膝の上にいなさい。そんな言葉を聞いた時から分かっている。公爵家の当主ではなく、かつての友人として許すつもりだった。すべての罪をなかったことには出来ない。だが、償う機会を奪う気もない。
父はやり直すチャンスを与えた。二度目の裏切りがあれば、今度こそ自分の手で始末をつけるだろう。高位貴族の当主という生き物は、そんな判断ばかり下すのだ。未来の王妃になるはずだった私が受けた教育も、同じ。誰かを犠牲にしなくては得られない物もある。切り捨てるときは躊躇うな、と。
「……ティナには勝てないな」
シルヴェストルが苦笑いし、そのタイミングを図った執事クリスチャンがお茶を運び入れる。侍女の仕事だが、今回は彼が給仕した。さっと用意を終えると一礼して退室する。流れるような所作に、私は感心していた。
「いい加減に立て。ティナが気にする」
自分が気になると言わない父を見上げてから頷く。ようやく立ち上がったジョゼフは、シルヴェストルが勧める椅子に腰掛けた。父と兄、ジョゼフが三角形のように並ぶ中、父の膝に乗る私は居心地が悪い。幼児のような扱いは少し恥ずかしかった。
「お父様、降ります」
「それは許可できない」
許可されるようなものだった? 首を傾げるように動かすと、嬉しそうに金髪を撫でる。父の子である証の金髪は、私の自慢だった。優秀な兄とも同じ色で、緑の瞳は母譲りだ。
「王家との婚約解消は、大至急手を回しましょう」
賛成する貴族も多いはず。あの惨事を目の当たりにして前回と同じ轍を踏む馬鹿はいない。言い切ったジョゼフに、父クロードはにやりと笑った。
「王家は不要だ」
「当然です」
クロードに追従するシルヴェストルが、鋭い眼差しを向かいのジョゼフに向ける。彼の反応次第で襲い掛かりそうな顔だった。整った顔はどんな表情でも美しい、的外れな感想が広がり、おかしくなる。こんな気持ち、いつ振りかしら。
「ティナが笑ったか?」
「父上が余計なことを言うから、笑みが消えてしまったじゃないですか!」
昨日から繰り返されるやり取りに、私は不甲斐ない顔を両手で覆った。笑い方を覚えるには、誰に習うのが正解でしょうか。どうして忘れてしまったのか。父も兄も望んでくれているのに、笑う事さえ難しい。俯く私に兄が菓子を差し出し、真似て父も別の菓子を食べさせようとする。迷って両方とも口に入れた。
その間に相談事は進んでいく。王家の交代、それに伴う婚約の解消と前回の責任を問う審議会の準備だ。
「切り崩すなら王太子からでしょう。私が陣頭指揮を執ります」
「ジョゼフも今回は手を組む仲間だ。お前を守る騎士が増えたぞ、ティナ」
父の声に顔をあげ、頬に詰め込んだ菓子を飲み込んでからジョゼフに声をかけた。
「ジョゼフおじ様は有能ですから、お任せします」
いつも大量の書類を持って、気難しそうな顔で声を荒らげる姿ばかりだった。ジョゼフおじ様、そう呼びかけることを躊躇うほど怖い。だけど、今日のおじ様は怖くなかった。突然泣き出した姿に、私は驚くと同時に嬉しくなる。昔のおじ様だわ。
前回の最期は、暗殺だったと聞いている。王家と国家を存続させようと働くジョゼフを邪魔に思う者は多かっただろう。堕落した王家から甘い汁を吸おうとする王家派はもちろん、帝国にとっても目の上の瘤だった。私が死んだ後の出来事だから、推測でしかないけど。
「ジョゼフおじ様は頑張ったんだもの」
ぽつりと言葉が漏れた。謝罪と後悔の言葉で自分を切り刻むジョゼフをこれ以上見ていたくない。そう感じた私の声に、彼は目を見開いた。大きな銀の瞳がこぼれ落ちそう。
「いいのか?」
「許す気がなければ、お父様は私をここへ呼ばなかったでしょう?」
ジョゼフが来るから、膝の上にいなさい。そんな言葉を聞いた時から分かっている。公爵家の当主ではなく、かつての友人として許すつもりだった。すべての罪をなかったことには出来ない。だが、償う機会を奪う気もない。
父はやり直すチャンスを与えた。二度目の裏切りがあれば、今度こそ自分の手で始末をつけるだろう。高位貴族の当主という生き物は、そんな判断ばかり下すのだ。未来の王妃になるはずだった私が受けた教育も、同じ。誰かを犠牲にしなくては得られない物もある。切り捨てるときは躊躇うな、と。
「……ティナには勝てないな」
シルヴェストルが苦笑いし、そのタイミングを図った執事クリスチャンがお茶を運び入れる。侍女の仕事だが、今回は彼が給仕した。さっと用意を終えると一礼して退室する。流れるような所作に、私は感心していた。
「いい加減に立て。ティナが気にする」
自分が気になると言わない父を見上げてから頷く。ようやく立ち上がったジョゼフは、シルヴェストルが勧める椅子に腰掛けた。父と兄、ジョゼフが三角形のように並ぶ中、父の膝に乗る私は居心地が悪い。幼児のような扱いは少し恥ずかしかった。
「お父様、降ります」
「それは許可できない」
許可されるようなものだった? 首を傾げるように動かすと、嬉しそうに金髪を撫でる。父の子である証の金髪は、私の自慢だった。優秀な兄とも同じ色で、緑の瞳は母譲りだ。
「王家との婚約解消は、大至急手を回しましょう」
賛成する貴族も多いはず。あの惨事を目の当たりにして前回と同じ轍を踏む馬鹿はいない。言い切ったジョゼフに、父クロードはにやりと笑った。
「王家は不要だ」
「当然です」
クロードに追従するシルヴェストルが、鋭い眼差しを向かいのジョゼフに向ける。彼の反応次第で襲い掛かりそうな顔だった。整った顔はどんな表情でも美しい、的外れな感想が広がり、おかしくなる。こんな気持ち、いつ振りかしら。
「ティナが笑ったか?」
「父上が余計なことを言うから、笑みが消えてしまったじゃないですか!」
昨日から繰り返されるやり取りに、私は不甲斐ない顔を両手で覆った。笑い方を覚えるには、誰に習うのが正解でしょうか。どうして忘れてしまったのか。父も兄も望んでくれているのに、笑う事さえ難しい。俯く私に兄が菓子を差し出し、真似て父も別の菓子を食べさせようとする。迷って両方とも口に入れた。
その間に相談事は進んでいく。王家の交代、それに伴う婚約の解消と前回の責任を問う審議会の準備だ。
「切り崩すなら王太子からでしょう。私が陣頭指揮を執ります」
「ジョゼフも今回は手を組む仲間だ。お前を守る騎士が増えたぞ、ティナ」
父の声に顔をあげ、頬に詰め込んだ菓子を飲み込んでからジョゼフに声をかけた。
「ジョゼフおじ様は有能ですから、お任せします」
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