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本編
43.求婚しないことも愛だ
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皇帝である父の説得に成功したカールハインツは、足場固めに必死だった。留学予定を取りやめ、代わりに隣国ジュベール王国からの難民受け入れを準備する。フォンテーヌ公爵領は王都を挟んだ向かいに位置するため、直接会いに行く選択肢は捨てた。
幼い頃の淡い恋心や、真っ赤に染まった夜会での姿は脳裏に焼き付いている。やり直しが可能になった今、もし自分だけに記憶が戻っていたら……すぐにでも彼女を攫っただろう。帝国の宮廷の奥深くにしまい、誰にも会わせず慈しんだと思う。あの恐ろしい未来を回避し、自分しか頼る者がいない彼女が微笑んでくれるまで愛する。
だが、これは己の中に秘めた夢や欲望で終わらせるべきだ。どんなに焦がれても手を触れない。愛を告げたくとも呑み込む。これが自分に与えられた罰だと考えた。もし彼女が望まぬ結婚を強いられるなら、バルリング帝国の皇太子の地位を利用して、押し潰して助けるが。
「皇太子殿下、お手紙が届いております」
「ご苦労」
渡された手紙の裏にある封蝋を確かめながら、処理の順番を入れ替えていく。届いた順番通りに並べる作法に従い、分厚く束ねられた手紙の下から……望んだ紋章が現れた。緊張に喉がごくりと揺れる。用意させた冷たいお茶を半分ほど飲み、机に無造作に置いた。
ジュベール王国筆頭公爵フォンテーヌ家の紋章だ。茨に囲まれた中央には、珠を守る獅子が牙を剥く。まるで美しい姫を守る騎士のようだった。他の手紙を机の上に置き、開封用のナイフを手に取る。開いた封筒の中には、美しい透かしが入った上品な紙が2枚だけ。それも外側の1枚は白紙だった。
気持ちを落ち着かせて開き、簡素な文面に目を通す。皇族に対する長い挨拶や美辞麗句が省かれた、用件だけの文章だった。ゆえに、公爵家の望みがまっすぐに胸に刺さる。
――コンスタンティナを政略結婚の駒に使う気はなく、彼女は領内で自由に育てる。王宮へ渡すことはない。
誰かに奪われた時のことを考えたのか、王家に対する感情や国内の動静に関する言葉はなかった。だが王宮へ渡さないと断言している。これは公爵家当主クロードの覚悟だろう。政略結婚の駒に使わないと冒頭で謳ったのは、バルリング皇家であろうと渡さない決意の表れか。
見ようによっては失礼な文面だが、カールハインツはほっとした。一週間前に届いた密偵の報告では、すでに王家に崩壊の兆しが見える。焦った彼らが余計な手出しをしなければいいと思い、忠告を兼ねて手助けを申し出た。問題ないなら、難民の受け入れに尽力しよう。
フォンテーヌ公爵が動くにあたり、バルリング帝国の動向は懸案事項のはずだ。皇太子である俺が、義伯父のクロードと交流を持つのはおかしなことではない。ましてや父上に前回の記憶はなかった。俺と夜会に参加した側近は記憶があったことから、あの場に立ち会った者がやり直しの対象だろう。
俺自身が情報源となり、フォンテーヌ公爵家を手助けする。もし王国を捨てる決断をしたなら、戦を起こしてでも公爵家を守る覚悟だった。それまでに優秀な皇太子として即位を確定させることが、まだ若い俺に出来る最大の手助けだ。
手から滑った白紙の1枚がひらりと落ちる。結露で濡れたコップから流れた水が染みていく。慌てて拾い上げた紙に文字が浮かぶ。紙を机の上に広げて置き、残っていたお茶をゆっくり染みこませた。浮かんだ文字を素早く読み、濡れた紙をくしゃりと丸める。
皇太子カールハインツの口元が満足げに歪んだ。
「義伯父上の仰せのままに」
幼い頃の淡い恋心や、真っ赤に染まった夜会での姿は脳裏に焼き付いている。やり直しが可能になった今、もし自分だけに記憶が戻っていたら……すぐにでも彼女を攫っただろう。帝国の宮廷の奥深くにしまい、誰にも会わせず慈しんだと思う。あの恐ろしい未来を回避し、自分しか頼る者がいない彼女が微笑んでくれるまで愛する。
だが、これは己の中に秘めた夢や欲望で終わらせるべきだ。どんなに焦がれても手を触れない。愛を告げたくとも呑み込む。これが自分に与えられた罰だと考えた。もし彼女が望まぬ結婚を強いられるなら、バルリング帝国の皇太子の地位を利用して、押し潰して助けるが。
「皇太子殿下、お手紙が届いております」
「ご苦労」
渡された手紙の裏にある封蝋を確かめながら、処理の順番を入れ替えていく。届いた順番通りに並べる作法に従い、分厚く束ねられた手紙の下から……望んだ紋章が現れた。緊張に喉がごくりと揺れる。用意させた冷たいお茶を半分ほど飲み、机に無造作に置いた。
ジュベール王国筆頭公爵フォンテーヌ家の紋章だ。茨に囲まれた中央には、珠を守る獅子が牙を剥く。まるで美しい姫を守る騎士のようだった。他の手紙を机の上に置き、開封用のナイフを手に取る。開いた封筒の中には、美しい透かしが入った上品な紙が2枚だけ。それも外側の1枚は白紙だった。
気持ちを落ち着かせて開き、簡素な文面に目を通す。皇族に対する長い挨拶や美辞麗句が省かれた、用件だけの文章だった。ゆえに、公爵家の望みがまっすぐに胸に刺さる。
――コンスタンティナを政略結婚の駒に使う気はなく、彼女は領内で自由に育てる。王宮へ渡すことはない。
誰かに奪われた時のことを考えたのか、王家に対する感情や国内の動静に関する言葉はなかった。だが王宮へ渡さないと断言している。これは公爵家当主クロードの覚悟だろう。政略結婚の駒に使わないと冒頭で謳ったのは、バルリング皇家であろうと渡さない決意の表れか。
見ようによっては失礼な文面だが、カールハインツはほっとした。一週間前に届いた密偵の報告では、すでに王家に崩壊の兆しが見える。焦った彼らが余計な手出しをしなければいいと思い、忠告を兼ねて手助けを申し出た。問題ないなら、難民の受け入れに尽力しよう。
フォンテーヌ公爵が動くにあたり、バルリング帝国の動向は懸案事項のはずだ。皇太子である俺が、義伯父のクロードと交流を持つのはおかしなことではない。ましてや父上に前回の記憶はなかった。俺と夜会に参加した側近は記憶があったことから、あの場に立ち会った者がやり直しの対象だろう。
俺自身が情報源となり、フォンテーヌ公爵家を手助けする。もし王国を捨てる決断をしたなら、戦を起こしてでも公爵家を守る覚悟だった。それまでに優秀な皇太子として即位を確定させることが、まだ若い俺に出来る最大の手助けだ。
手から滑った白紙の1枚がひらりと落ちる。結露で濡れたコップから流れた水が染みていく。慌てて拾い上げた紙に文字が浮かぶ。紙を机の上に広げて置き、残っていたお茶をゆっくり染みこませた。浮かんだ文字を素早く読み、濡れた紙をくしゃりと丸める。
皇太子カールハインツの口元が満足げに歪んだ。
「義伯父上の仰せのままに」
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