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本編
100.隠れていた悪意の痕跡
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ここ数ヵ月で、妹コンスタンティナの表情が明るくなった。それに伴い、体調不良の原因となっていた貧血も改善される。タイミングはすべて、王宮に行かなくなってからだ。あの王宮で何が起きていたのか。
父クロードも同様の疑問を持ったらしい。クリスチャンを通して調査を行った。その結果がこれだ。手元の報告書に目を通し青褪めた。このような行動が実際に行われていたのか?
「……あの女狐、もっと苦しめて殺すべきだった」
吐き捨てる父の声が震えた。隠そうとしない父の殺気に、ジョゼフも唇を噛む。お茶を注ぐクリスチャンの手も震えていた。怒りに震えるのは、俺も同じだ。そして気づけなかった自分にも怒りが湧いた。
前回、妹コンスタンティナが変わったのはいつからか。母ディアナが病死し、王妃の元へ通うようになった頃ではなかったか? 徐々に食欲が落ち、貧血を起こして倒れるようになった。ほぼ同時期に人形姫の噂が広まり、打ち消そうとしても新たな噂が広まる。
すべてが王妃の仕業だった。心の拠り所だった母を亡くした妹の不安に付け込み、まんまと母親代わりとして居座る。かつて王宮に勤めた執事が持ち出した資料を元に、侍女長や料理人への聞き込みによって、この報告書は纏められた。
複数の証言に矛盾がないことから、実際に行われたことなのだろう。毎日王宮へ通うティナが、公爵家で食事を摂るのは朝食のみ。貧血が酷くなれば、朝食は飲み物や果物程度に制限される。実際、あの頃のティナは青白い肌をしていた。
昼食も夕食も王宮で食べる。その食事のバランスが偏っていたら? 通常は料理人や侍女が気を付けるが、王妃の命令に逆らえる者はいない。偏った食事はティナの体を壊し、心を弱らせた。その理由が……己の思い通りになる白い肌の人形が欲しかったから? ふざけるな!
「坊ちゃま、手が傷になります」
普段は呼ばない懐かしい響きでクリスチャンが注意する。深呼吸して、握りしめた拳を開いた。食い込んだ爪の痕が充血している。
「今のお嬢様は健康でいらっしゃいます。この頃は少し日に焼けましたね。大丈夫ですよ」
穏やかな口調で慰めるように続ける執事の言葉に、無言で頷いた。声を出すと震えそうだ。怒りと悲しみと、気づけなかった己の愚かさを恥じて。俺は何を見ていたのか。母を亡くした悲しみは誰も同じだ。父も妹も、俺自身も。家族だけでなく、仕える執事や侍女にも優しい人だった。
報告書はさらに続く。ティナが王宮で冷遇されていた事実だ。呼びつけておきながら客間に放置し、孤独を煽った。服のボタンを緩めて恥をかかせたり、階段の途中で突き落とされたこともあったという。当時の我々には何も報告されなかった。
傷ついた妹に優しく接することで、ティナが王妃に依存するよう仕向けたのだ。頼る者がいないコンスタンティナは懐柔されてしまった。何も知らずに、王宮で愚鈍な王太子の側近として勤めた時間が悔やまれる。
「お嬢様の過去を嘆くのはおやめください。坊ちゃま、コンスタンティナお嬢様に失礼ですよ」
か弱い女性の身で、そんな苦境に耐えて顔を上げたコンスタンティナを誇らしく思う。二度と同じ目に遭わせないし、彼女を苦しめる者は俺が排除する。握り締めてしまった報告書は、執事クリスチャンが受け取って、苦笑いしながら平らに伸ばした。
バルリング帝国の皇太子カールハインツ殿下、ランジェサン王国第二王子アルフレッド殿下。どちらも劣らぬ肩書と血筋、文武両道で有名な方々だ。貴族令嬢がこぞって嫁ぎたがる二人を虜にした妹ティナ。前回苦労した分、今回は幸せだけを与えたかった。
父クロードも同様の疑問を持ったらしい。クリスチャンを通して調査を行った。その結果がこれだ。手元の報告書に目を通し青褪めた。このような行動が実際に行われていたのか?
「……あの女狐、もっと苦しめて殺すべきだった」
吐き捨てる父の声が震えた。隠そうとしない父の殺気に、ジョゼフも唇を噛む。お茶を注ぐクリスチャンの手も震えていた。怒りに震えるのは、俺も同じだ。そして気づけなかった自分にも怒りが湧いた。
前回、妹コンスタンティナが変わったのはいつからか。母ディアナが病死し、王妃の元へ通うようになった頃ではなかったか? 徐々に食欲が落ち、貧血を起こして倒れるようになった。ほぼ同時期に人形姫の噂が広まり、打ち消そうとしても新たな噂が広まる。
すべてが王妃の仕業だった。心の拠り所だった母を亡くした妹の不安に付け込み、まんまと母親代わりとして居座る。かつて王宮に勤めた執事が持ち出した資料を元に、侍女長や料理人への聞き込みによって、この報告書は纏められた。
複数の証言に矛盾がないことから、実際に行われたことなのだろう。毎日王宮へ通うティナが、公爵家で食事を摂るのは朝食のみ。貧血が酷くなれば、朝食は飲み物や果物程度に制限される。実際、あの頃のティナは青白い肌をしていた。
昼食も夕食も王宮で食べる。その食事のバランスが偏っていたら? 通常は料理人や侍女が気を付けるが、王妃の命令に逆らえる者はいない。偏った食事はティナの体を壊し、心を弱らせた。その理由が……己の思い通りになる白い肌の人形が欲しかったから? ふざけるな!
「坊ちゃま、手が傷になります」
普段は呼ばない懐かしい響きでクリスチャンが注意する。深呼吸して、握りしめた拳を開いた。食い込んだ爪の痕が充血している。
「今のお嬢様は健康でいらっしゃいます。この頃は少し日に焼けましたね。大丈夫ですよ」
穏やかな口調で慰めるように続ける執事の言葉に、無言で頷いた。声を出すと震えそうだ。怒りと悲しみと、気づけなかった己の愚かさを恥じて。俺は何を見ていたのか。母を亡くした悲しみは誰も同じだ。父も妹も、俺自身も。家族だけでなく、仕える執事や侍女にも優しい人だった。
報告書はさらに続く。ティナが王宮で冷遇されていた事実だ。呼びつけておきながら客間に放置し、孤独を煽った。服のボタンを緩めて恥をかかせたり、階段の途中で突き落とされたこともあったという。当時の我々には何も報告されなかった。
傷ついた妹に優しく接することで、ティナが王妃に依存するよう仕向けたのだ。頼る者がいないコンスタンティナは懐柔されてしまった。何も知らずに、王宮で愚鈍な王太子の側近として勤めた時間が悔やまれる。
「お嬢様の過去を嘆くのはおやめください。坊ちゃま、コンスタンティナお嬢様に失礼ですよ」
か弱い女性の身で、そんな苦境に耐えて顔を上げたコンスタンティナを誇らしく思う。二度と同じ目に遭わせないし、彼女を苦しめる者は俺が排除する。握り締めてしまった報告書は、執事クリスチャンが受け取って、苦笑いしながら平らに伸ばした。
バルリング帝国の皇太子カールハインツ殿下、ランジェサン王国第二王子アルフレッド殿下。どちらも劣らぬ肩書と血筋、文武両道で有名な方々だ。貴族令嬢がこぞって嫁ぎたがる二人を虜にした妹ティナ。前回苦労した分、今回は幸せだけを与えたかった。
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