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13.見事な蜘蛛の巣

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 コンコン、軽いノックの音が響き、オレは欠伸を飲み込みながら身を起こした。不服そうなリューアは、他人にみられても気にしない奴だからいいが、オレはこれ以上噂を増長するのは御免蒙りたい。

 何しても無駄だろうが、努力の欠片くらい示しておかないとーーなし崩しに婚姻届を出されそうだ。

 今時ノックなんかしなくても、端末で連絡するとか手段はいろいろあるだろうに……。

 ん? そういや、前にうたた寝してたところにコール音が鳴って、低血圧なこともあって機嫌が地を這ってたオレが端末撃ち抜いたな。あれからノックに切り替えたんだっけ。

 リューアの甘やかし方が本当におかしい。だって端末壊すより、ドア越しにオレに撃たれる方が被害が大きくないか?

 確かに次の日にノックして顔を見せた奴相手に、オレは銃を向けなかった。単に寝起きじゃなかっただけなんだが、勘違いされたらしい。

 おかげで最新鋭の設備を誇る建物で、未だに前世紀の遺物みたいなノックが通用している。

 半分ほど眠りに落ちかけていた身体はどうにも重い。大きく伸びをして、ソファの上に身を起こした。

 いつの間に膝枕なんてしたんだ? 書類代わりの端末片手に髪を撫でていたリューアは、飲み物を引き寄せる。

 起きたついでに見回す室内は、1ヶ月前とほぼ変わらない。違うのは観葉植物の種類だろうか。全体に落ち着いたベージュで整えられた家具や絨毯が、間接照明で柔らかく目に飛び込んできた。

 連れ戻されてすぐ爆弾が放り込まれ、命が助かったと思ったら貞操を奪われ……ってほど清らかな身体じゃないが、しっかり食べられた。

 この部屋の家具は、確かオレが選んだ。いきなりカタログ渡されて、好きな家具を選んだら、次の日には納品されてたんだよな。

 リューアのことだ。気に入ったんじゃなく、オレが選んだから使ってるんだろう。

 どこまでも自己中心なくせに、オレに関する言動が乙女チックなのは何故だろう。素直に惚れられてると自惚れる気になれない。

 あくまでペットなんだと思う。文字通り愛玩動物なのだ。だから噛んだり引っかいてもムキにならないんだろう。

 入ってきた秘書が、なにやら端末を示して状況を説明していた。頷いて指示するリューアの話が終わるのを待って、顔見知りに声をかける。

「久しぶり、エシェル」

 栗毛の美女は溜め息をついて肩を落とした。一般的には十分すぎるほど美人なのだが、残念ながらこの部屋はもっと美人がいる。一流モデルと一緒にされちゃ、彼女は迷惑だろうが。

「お帰りなさい、ルーイ。でも名前を間違えてるわ」

 あれ? そこそこ自信があったんだけどな。

「えっと、じゃあ……エリル?」

「あのね。違うのは愛称じゃなくて」

 くすくすとリューアが笑いだし、栗毛の彼女は困ったような顔で首を傾げる。

「ご苦労だった、エリシェル」

「――間違ってないじゃん」

 リューアの呼び方を聞いて考えるが、やっぱり合っている。だって愛称だろ?

 エリルもエシェルも一般的だろ。

「今度はきちんと呼んでね。ルーイ」

 にっこりとお姉さんの余裕の笑顔を向けられ、小首を傾げた。

「エリシェルっての、呼びにくいぞ」

 愛称とどう違うんだ。愛称で呼ぶ方が距離間も近いし、オレの愛称なんて女性読みだぞ。

「あら、ルィーヴリンセンより呼びやすいと思うわ」

「……苛めるなよ」

 拗ねた弟を構う姉を演じる彼女に、オレは降参のポーズで両手を上げた。

「私を愛称で呼ぶと、機嫌が悪くなるわよ。つまり大変なのは、貴方なの」

 言い聞かされて、ぎこちない仕草で振り返る。端末に承認のサインを行う狭量な飼い主は、整った顔で澄ましていた。

 つまり、エリシェルが愛称で呼ばれるのを拒否する理由が……この男なのだ。

 リューアが顔を上げる気配に、あわてて視線を逸らした。端末が頭上で受け渡しされ、そのままリューアの手が髪に触れる。

「今日はコレも連れていく。手配してくれ」

「かしこまりました」

 コレって、オレのこと? 物扱いなのは、気のせいじゃないよな。

 丁寧に頭を下げて、エリシェルが部屋を出ていく。心なし表情がほっとしてるが、たぶん、オレの気のせいじゃない。

 見送って、文句を言うために口を開いた。

 どこへ連れていく気か知らないが、パーティーだったら断固拒否だ。

「リューアっ、パーティーは……痛い、離せ」

 嫌だと言う前に、金髪を引っ張られた。抗議して身を引こうとするが、乱れた毛先を摘んでじっと見つめている。

 嫌な予感がする……。髪を短くしていいのは歓迎だが、他人に弄られるは御免だ。

「少し髪を整えろ、美容師を呼んでやる」

「え、ヤダ」

 精一杯の拒否は無視され、リューアは端末で連絡を取っている。指示を終えると、オレの手を引いてドアの方へ歩きだした。

 ピシッ!

「ん、今の音……」

 振り返った大きな窓に、見事な蜘蛛の巣が広がっていた。星状のきれいなひび割れが出来ている。

「こりゃ見事だ」

「――またか」

 特殊コーティング済みの防弾ガラスに出来たヒビを目の端に捉えたリューアは、呆れ半分に呟いただけ。

「でもアレ、少なくとも大口径のライフルだし、火薬もかなり増やしてあるだろ。1ヶ月前と同じガラスなら、以前より金かけて……」

 冷静に状況判断しながら窓ガラスに近寄ろうとしたが、あっさり首ねっこを掴まれて戻される。情けない姿だが、そのまま引きずられた。

「逃げる気だろうが、そうはいかない。髪を整えろ」

 なんとか逃げようとした作戦はお見通しだったようで……本気で逃げれば出来るが、そこまでした後が怖い。

「エリシェル、ガラスの交換と美容師の手配だ」

 コンピュータを呼び出しての通信は、最近端末を利用しなくなった。空中に話しかけるスタイルなのだが、ちゃんとスイッチは存在する。

 リューアの右手の指輪だ。部屋の音声感知をそのまま利用すると、独り言まで反応して通信を繋いでしまうため、苦肉の策らしい。

 了承の声を受けてリューアは何もなかったように歩きだした。毎日片手に余るほど狙われれば、危機感も麻痺するだろう。

 右手首を拘束したまま、オレは行き先も告げられぬまま連れていかれる。エリシェルがひらひら手を振って見送ってくれるので、左手を振り返しておいた。
 
 諦め気分を隠さないオレを、近くの部屋に放り込む。手を繋ぐんじゃなく、手首を掴むところに「逃がさない」気迫を感じた。前に繋いだ手を解いて逃げた前歴があるから、リューアも考えたんだろうな。

 入った部屋には、見覚えのある美容師がすでにスタンバイしていた。
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