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28.オレは何も見なかった
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やっとベッドから解放されたと思ったら、今度はカタログ作りの時期。雑誌によるとオレは『命を狙われた婚約者を身体を張って守った』ことになってるらしい。お陰で、銃弾の痕がまだ残ってるのにモデルの仕事が来た。
実際のところ、別の理由もある。痛む右腕を原因に休もうとしたら、リューアに笑顔で迫られたので、逃げ出してきた。暇さえあれば盛る絶倫男に付き合わされるのは、腰が痛くて無理だ。いや腰だけじゃなく、人に言えない場所も痛い。
ブランドのイメージモデルとして、明るいライトの下でポーズをとる。ライトの海を泳ぐように、動き回った。右腕のケガは世界中に知られているので、痛みが出る姿勢は避けて撮影は続いた。
ブランド『シェーラ』のデザイナーであるラルクが、お茶を持って近づいてきた。
「すこし休憩してよ」
普段は穏やかな好青年だが、作る服のことになると気違いじみた言動が増える。ちょっとキレかけた危ない奴だった。
「サンキュ」
素直に受け取って、撮影用の小道具であるベンチに座った。隣にラルクが腰を下ろす。
ラルクはオレに似合う服をデザインすることで、有名になった。逆に言うなら、オレの為のブランドプロジェクトだった。
イメージモデルという表現は、そのせいだ。オレを連れ帰ったリューアが、自分が所属していたモデル事務所を使って集めたデザイナーの中から厳選した奴だった。だから仕事を休みたいと言えば、休めたのだが……これ以上ベッドに縛りつけられる生活は勘弁してほしい。
「あと何枚?」
「表紙含めて、3枚かな」
かなり撮影したと思ったが、まだ足りないらしい。今シーズンのカタログの服を、少なくとも半分はオレが着る必要があった。ステージに上がるショーとは違い、休憩が挟めるので思ったほど疲れていない。負担は少ないが、怠くて重い身体が鈍った証拠のような気がする。
「もう少し休む? 顔色が青いけど」
気遣うラルクに首を振り、メイク担当のお嬢さんを手招きした。
「悪いけど、直して」
顔色が悪いと言われれば、そのまま撮影するわけにいかない。一応表稼業としてプロを名乗る以上、中途半端な結果を他人の目に晒す気はない。手慣れた様子でメイクを直していく彼女が、「休めないの?」とラルクに尋ねた。
よほど顔色が悪いんだろうか。
「直せないほど酷ければ休むけどさ。オレにとって仕事だからね」
他人用の突き放した笑顔に、頬を染めたメイクさんは今回でクビになるだろう。オレのお目付役で付いてきた護衛が、何やら連絡しているから。リューアに報告が届けば、確実に彼女はオレに近づけない仕事に回される。
今後の展開がわかっていても、助けの手を出すと勘違いさせてしまうので無視。以前それで失敗して、ストーカーを生み出したことがあった。仕事で知り得た情報を最大限活用してオレを追いかけ回し、現在は行方不明者リストに載っている。
オレが手を下す前に、リューアが捕まえたと聞いた。さぞや酷い目にあっただろう。まあ、自業自得としか思わないけど。
「ルーイ、こっちに来て」
メイク直しを終えたオレに、ラルクの秘書である妹が手招きする。ラルクと顔を見合わせ、2人で向かった。困惑した顔の妹アリスが溜め息をついた。
「どうした?」
「あなたへのプレゼントだけど、処分に困ってるの」
大抵の物は受け取らないから、スタッフが気に入ったものは分けている。オレが持ち帰っても、リューアに捨てられるのがオチだ。しかしそんな彼女達が処分に困る物とは……何だろう。
よほど高価なものか、厄介なものか。
「で、それどこにあるの?」
無言で窓の外を指差され、仕方なく窓から下へ身を乗り出した。まず悲鳴を手で押さえ、引きつった表情で窓をぴしゃんと閉める。言葉にならない悲鳴をあげそうな喉がごくりと動いた。
要らないと必死で首を横に振る。大袈裟なくらい振った頭は、熱のせいもありクラクラした。このまま記憶も吹き飛んで欲しい。
オレは何も見なかった。知らなかった。そういうことにしたい。誰か夢だと言ってくれ。
「ーー同情するよ」
しみじみ呟くラルクに、オレは肺の中にあった空気をすべて吐き出したんじゃないかと思うくらい、大きな溜め息を吐いた。
実際のところ、別の理由もある。痛む右腕を原因に休もうとしたら、リューアに笑顔で迫られたので、逃げ出してきた。暇さえあれば盛る絶倫男に付き合わされるのは、腰が痛くて無理だ。いや腰だけじゃなく、人に言えない場所も痛い。
ブランドのイメージモデルとして、明るいライトの下でポーズをとる。ライトの海を泳ぐように、動き回った。右腕のケガは世界中に知られているので、痛みが出る姿勢は避けて撮影は続いた。
ブランド『シェーラ』のデザイナーであるラルクが、お茶を持って近づいてきた。
「すこし休憩してよ」
普段は穏やかな好青年だが、作る服のことになると気違いじみた言動が増える。ちょっとキレかけた危ない奴だった。
「サンキュ」
素直に受け取って、撮影用の小道具であるベンチに座った。隣にラルクが腰を下ろす。
ラルクはオレに似合う服をデザインすることで、有名になった。逆に言うなら、オレの為のブランドプロジェクトだった。
イメージモデルという表現は、そのせいだ。オレを連れ帰ったリューアが、自分が所属していたモデル事務所を使って集めたデザイナーの中から厳選した奴だった。だから仕事を休みたいと言えば、休めたのだが……これ以上ベッドに縛りつけられる生活は勘弁してほしい。
「あと何枚?」
「表紙含めて、3枚かな」
かなり撮影したと思ったが、まだ足りないらしい。今シーズンのカタログの服を、少なくとも半分はオレが着る必要があった。ステージに上がるショーとは違い、休憩が挟めるので思ったほど疲れていない。負担は少ないが、怠くて重い身体が鈍った証拠のような気がする。
「もう少し休む? 顔色が青いけど」
気遣うラルクに首を振り、メイク担当のお嬢さんを手招きした。
「悪いけど、直して」
顔色が悪いと言われれば、そのまま撮影するわけにいかない。一応表稼業としてプロを名乗る以上、中途半端な結果を他人の目に晒す気はない。手慣れた様子でメイクを直していく彼女が、「休めないの?」とラルクに尋ねた。
よほど顔色が悪いんだろうか。
「直せないほど酷ければ休むけどさ。オレにとって仕事だからね」
他人用の突き放した笑顔に、頬を染めたメイクさんは今回でクビになるだろう。オレのお目付役で付いてきた護衛が、何やら連絡しているから。リューアに報告が届けば、確実に彼女はオレに近づけない仕事に回される。
今後の展開がわかっていても、助けの手を出すと勘違いさせてしまうので無視。以前それで失敗して、ストーカーを生み出したことがあった。仕事で知り得た情報を最大限活用してオレを追いかけ回し、現在は行方不明者リストに載っている。
オレが手を下す前に、リューアが捕まえたと聞いた。さぞや酷い目にあっただろう。まあ、自業自得としか思わないけど。
「ルーイ、こっちに来て」
メイク直しを終えたオレに、ラルクの秘書である妹が手招きする。ラルクと顔を見合わせ、2人で向かった。困惑した顔の妹アリスが溜め息をついた。
「どうした?」
「あなたへのプレゼントだけど、処分に困ってるの」
大抵の物は受け取らないから、スタッフが気に入ったものは分けている。オレが持ち帰っても、リューアに捨てられるのがオチだ。しかしそんな彼女達が処分に困る物とは……何だろう。
よほど高価なものか、厄介なものか。
「で、それどこにあるの?」
無言で窓の外を指差され、仕方なく窓から下へ身を乗り出した。まず悲鳴を手で押さえ、引きつった表情で窓をぴしゃんと閉める。言葉にならない悲鳴をあげそうな喉がごくりと動いた。
要らないと必死で首を横に振る。大袈裟なくらい振った頭は、熱のせいもありクラクラした。このまま記憶も吹き飛んで欲しい。
オレは何も見なかった。知らなかった。そういうことにしたい。誰か夢だと言ってくれ。
「ーー同情するよ」
しみじみ呟くラルクに、オレは肺の中にあった空気をすべて吐き出したんじゃないかと思うくらい、大きな溜め息を吐いた。
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