8 / 80
08.不幸になったら許しません
しおりを挟む
早朝から叔母様と乗馬を楽しみ、朝食を庭の見えるテラスで頂く。セレーヌ叔母様はずっと機嫌がよくて、微笑みを絶やさなかった。王妃としてお会いするときは、作った笑顔だったわ。今は自然と零れる笑顔が眩しいくらい。
侍女が荷解きする部屋から、僅かな物音が聞こえる。叔母様の部屋のベッドに並んで腰かけた。幼い頃、こうやってお父様やお母様の寝室にお邪魔したわ。今考えると、本当に邪魔だったわね。その所為か、私には弟妹がいないんだもの。
近くで見たら、本当に肌がお綺麗だわ。年齢相応どころか、下手したら私より張りがあるかも? 透き通るような肌に見惚れた。この秘密はぜひ共有していただきたい。お母様にも後でお知らせしなくちゃ!
「お肌のお手入れ、何か特別なことをなさっています?」
「私は薔薇のオイルを使っているわ」
物音が漏れる隣室へ足を運び、小瓶を手に戻ってきた。叔母様は色付きの茶色い小瓶を差し出す。許可を得て蓋を開ければ、ふわりと薔薇の香りがした。精油とは違うのかしら。キツイ感じではなく、柔らかな感じ……。
「手を出して」
言われるまま手のひらを上にして待つ。ぽたぽたと数えるほどのオイルが広がった。叔母様も同様にすると、手のひらの上でオイルを温める。真似をしながら、香りを吸い込んだ。すごくいい香りだわ。
「温めて良く伸ばしながら肌に載せるの。擦らず、叩くように沁み込ませるのよ」
言葉の通りに眦や唇の近くにとんとんと叩き込む。温かくなったオイルの香りが、肌の上でまた変化した。気持ちも安らぐし、とても素敵。
「お昼頃まで日に当たらないようにね、眠る前ならいいけれど」
日に当たると刺激が強くてピリピリするの。叔母様はくすくすと笑って、秘密を打ち明ける少女のように教えてくれた。お礼を伝えて、オイルの入手方法を尋ねる。
「取り寄せたダニーが知っているわ」
「お父様が?」
なんてこと! 知っていたなら、お母様や私に教えてくれてもいいのに。後で問い詰めなくちゃ。血の繋がった妹とはいえ、お父様を「ダニー」なんて呼べるのは叔母様くらいね。他の人が呼んだら、即座に粛清されると思う。
「ところで……レオポルドと婚約し直すのよね」
「ええ」
微笑んで肯定すると、周囲を警戒するように見回した後でこそっと耳に囁かれた。
「本当に、レオでいいの?」
「はい、私の意思です」
命じられたのでもなければ、強要もされていない。きっぱりと言い切った私の頭を抱き寄せ、豊かな胸に押し当てられる。
「叔母様? お化粧がついてしまいます」
「幸せになるのよ、不幸になったら許しませんからね」
「はい」
王族としての義務を果たすため、己の幸せを諦めたセレーヌ叔母様の言葉が胸を刺す。どんなに鋭い刃より、温かな抱擁より、私の心を動かした。叔母様も……そう言いたいのに、喉に張り付いた声は形にならなかった。
侍女が荷解きする部屋から、僅かな物音が聞こえる。叔母様の部屋のベッドに並んで腰かけた。幼い頃、こうやってお父様やお母様の寝室にお邪魔したわ。今考えると、本当に邪魔だったわね。その所為か、私には弟妹がいないんだもの。
近くで見たら、本当に肌がお綺麗だわ。年齢相応どころか、下手したら私より張りがあるかも? 透き通るような肌に見惚れた。この秘密はぜひ共有していただきたい。お母様にも後でお知らせしなくちゃ!
「お肌のお手入れ、何か特別なことをなさっています?」
「私は薔薇のオイルを使っているわ」
物音が漏れる隣室へ足を運び、小瓶を手に戻ってきた。叔母様は色付きの茶色い小瓶を差し出す。許可を得て蓋を開ければ、ふわりと薔薇の香りがした。精油とは違うのかしら。キツイ感じではなく、柔らかな感じ……。
「手を出して」
言われるまま手のひらを上にして待つ。ぽたぽたと数えるほどのオイルが広がった。叔母様も同様にすると、手のひらの上でオイルを温める。真似をしながら、香りを吸い込んだ。すごくいい香りだわ。
「温めて良く伸ばしながら肌に載せるの。擦らず、叩くように沁み込ませるのよ」
言葉の通りに眦や唇の近くにとんとんと叩き込む。温かくなったオイルの香りが、肌の上でまた変化した。気持ちも安らぐし、とても素敵。
「お昼頃まで日に当たらないようにね、眠る前ならいいけれど」
日に当たると刺激が強くてピリピリするの。叔母様はくすくすと笑って、秘密を打ち明ける少女のように教えてくれた。お礼を伝えて、オイルの入手方法を尋ねる。
「取り寄せたダニーが知っているわ」
「お父様が?」
なんてこと! 知っていたなら、お母様や私に教えてくれてもいいのに。後で問い詰めなくちゃ。血の繋がった妹とはいえ、お父様を「ダニー」なんて呼べるのは叔母様くらいね。他の人が呼んだら、即座に粛清されると思う。
「ところで……レオポルドと婚約し直すのよね」
「ええ」
微笑んで肯定すると、周囲を警戒するように見回した後でこそっと耳に囁かれた。
「本当に、レオでいいの?」
「はい、私の意思です」
命じられたのでもなければ、強要もされていない。きっぱりと言い切った私の頭を抱き寄せ、豊かな胸に押し当てられる。
「叔母様? お化粧がついてしまいます」
「幸せになるのよ、不幸になったら許しませんからね」
「はい」
王族としての義務を果たすため、己の幸せを諦めたセレーヌ叔母様の言葉が胸を刺す。どんなに鋭い刃より、温かな抱擁より、私の心を動かした。叔母様も……そう言いたいのに、喉に張り付いた声は形にならなかった。
1,358
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
君の小さな手ー初恋相手に暴言を吐かれた件ー
須木 水夏
恋愛
初めて恋をした相手に、ブス!と罵られてプチッと切れたお話。
短編集に上げていたものを手直しして個別の短編として上げ直しました。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
性格が嫌いだと言われ婚約破棄をしました
クロユキ
恋愛
エリック・フィゼリ子息子爵とキャロル・ラシリア令嬢子爵は親同士で決めた婚約で、エリックは不満があった。
十五歳になって突然婚約者を決められエリックは不満だった。婚約者のキャロルは大人しい性格で目立たない彼女がイヤだった。十六歳になったエリックには付き合っている彼女が出来た。
我慢の限界に来たエリックはキャロルと婚約破棄をする事に決めた。
誤字脱字があります不定期ですがよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる