【完結】妻ではなく他人ですわ【書籍化決定】

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
121 / 222
本編

120.最強の武人との闘いを希う ***SIDEアデリナ

しおりを挟む
「イエンチュ、第三の部族タラバンテのアデリナと申す」

 通された部屋で待つこと少し、すぐにガブリエラ様が現れた。第二の部族オルティスの長の姉君で、イエンチュ王国最強の女性と名高い人だ。すらりとした手足は長く、鍛えた体幹は揺るがない。歩く所作の一つにさえ、強さが感じ取れた。隙がない。

 丁寧に挨拶をして、にやりと笑った。女性らしくない野蛮な所作と言われるが、これがだ。どんなに飾ったって、所詮は蛮族タラバンテの血を受け継ぐ女なのだから。卑下する必要も意味もなかった。蛮族だからこそ強さにひれ伏す。

「ふむ、遠路ご苦労であった。イエンチュ第二の部族オルティス、族長の姉ガブリエラじゃ。リヒター帝国の皇妃も退いたばかり……さて、何用でここまで参られた?」

「夫を求め、この地に参った。圧倒的な力と繊細な技を持つ強い男だ。この地にいると聞いた」

 言い切りで話すのは、互いの誤解を減らすためだ。多くの部族が集まったイエンチュ王国では、誤解や勘違いから争いが絶えない。短く話して、意図をくみ取れるようにするのは護身術の一つだった。まあ、勘違いが生じれば、戦って解決すればよい。強さこそすべてだ。

「……おっと?」

 不思議そうな聞き返しが行われ、互いに目を見て動きが止まる。先に動いたのはガブリエラ様だった。男でも女でも強い者は、それだけで尊敬の対象となる。彼女はすべての部族を支配下に置いた、最強の女傑なのだ。敬意をもって接するのは、若年者として当然だろう。

「もしや、義息子のフォルトか? あやつならば、戦いに出向いた。そなたが向かうなら……いや、呼びつけたほうが早いか」

 ガブリエラ様は「アデリナ」と名を呼ばない。まだ私を認めていないという意味だった。ならば、フォルトという夫候補と戦う前に、認められておきたい。

「なにとぞ、お手合わせをお願いできませぬか」

 部族の長老に習った作法に従い、利き足を一歩引いて右手のひらで心臓を庇う。この姿勢は上位者に敬意を示しながらも、挑戦する権利を願うと教わった。王位継承を争う権利を持つ者は、長老や親から作法を学ぶのだ。

「ほぅ。古き作法をよく学んでおる。よかろう、戦えば互いによく理解する。フォルトを呼ぶのは、満足してからでも遅くはあるまい」

 自分でも顔が緩むのが分かった。表情に出しすぎだと父によく叱られたが、あの女傑があたしに戦う権利をくれた。いま喜ばずして、いつ喜ぶというのか!

「感謝申し上げる!」

「ふふっ、久しぶりに本気が出せそうだ」

 にやりと笑うガブリエラ様は、恐ろしくも美しく。背筋がぞくぞくした。歴代最強の女王になるはずだった方が、あたしに本気を出す? なんたる栄誉! この戦いで命果てても後悔しない。全力を出し切ろうと決めた。

 ガブリエラ様に案内されたのは、砦の奥にある訓練場だった。見物人が多いが、これはどこでも同じだ。イエンチュ王国内でも、強者の手合わせや決闘があれば人が集まる。

「得意な得物で構わん」

 ガブリエラ様は強者ゆえの余裕で、あたしに三叉槍の使用を許した。攻撃距離が遠く、また戦いづらい武器だ。近づけなければ勝てるし、目の前に飛び出されたら蹴りも自信がある。あたしは勝利を確信して槍を握った。やや短めに握るのは、いつもの癖だ。

「そなた、その握りは……ベンハミンの指導を受けたか?」

 師匠の名を言い当てられ、どきりとする。ベンハミンは槍の名手だが、三叉槍は使わない。バレないと思った己の油断を引き締めた。

「師匠です。では、参る!」

「いつでも構わぬ」

 湾曲した刃を持つ二本の剣を手に、ガブリエラ様が構える。右手を下に、左手を上に。まるで円を描くような構えだった。中央ががら空きに見えるが、どこから攻撃されても受け流せる自信の表れだろう。双刀はイエンチュでも使い手が少なく、滅多に戦えない相手だった。

 最高の戦いをお見せしよう。せめて失望されないように! 握った腕の力を緩め、深呼吸する。完全に吐き切ったタイミングで、一気に距離を詰めた。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。 「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。 だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。 冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。 そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。 「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ
恋愛
「婚約破棄? ……そうですか。では、私の役目は終わりですね」 王太子ロイド・ヴァルシュタインの婚約者として、 国と王宮を“滞りなく回す存在”であり続けてきた令嬢 マルグリット・フォン・ルーヴェン。 感情を表に出さず、 功績を誇らず、 ただ淡々と、最善だけを積み重ねてきた彼女に突きつけられたのは―― 偽りの奇跡を振りかざす“聖女”による、突然の婚約破棄だった。 だが、マルグリットは嘆かない。 怒りもしない。 復讐すら、望まない。 彼女が選んだのは、 すべてを「仕組み」と「基準」に引き渡し、静かに前線から降りること。 彼女がいなくなっても、領地は回る。 判断は滞らず、人々は困らない。 それこそが、彼女が築いた“完成形”だった。 一方で、 彼女を切り捨てた王太子と偽聖女は、 「彼女がいない世界」で初めて、自分たちの無力さと向き合うことになる。 ――必要とされない価値。 ――前に出ない強さ。 ――名前を呼ばれない完成。 これは、 騒がず、縋らず、静かに去った令嬢が、 最後にすべてを置き去りにして手に入れる“自由”の物語。 ざまぁは静かに、 恋は後半に、 そして物語は、凛と終わる。 アルファポリス女子読者向け 「大人の婚約破棄ざまぁ恋愛」、ここに完結。

[完結中編]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@女性向け
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

処理中です...