126 / 222
本編
125.今更ながらに婚約を意識した
宿で一泊する。何度も経験したし、アディソン王国へ嫁ぐ際も利用した宿よ。エリーゼを連れて宛がわれた部屋で寛ぐ。ノックの音に入室許可を出した。最上階となる三階のフロアは、完全な貸し切りだった。そこへ入れる人間で、護衛がノックを許した人物。
「トリア様、お食事はどうなさいますか?」
「そうね、あなたと一緒に食べるわ」
深く考えた言葉ではなかった。王族やそれに準ずる貴族が同行していれば、旅の宿で一緒に食事をすることがある。だから口から出た、ごく当たり前の言葉なのに。クラウスが真っ赤な顔になるから……釣られて私の顔も赤くなった。耳や首筋を手で覆う。
「っ、承知しました」
「……こ、言葉遣いが硬いと思うの。普段の話し方でいいのよ?」
「いいえ。これはケジメですので」
落ち着きを取り戻したのか、普段と変わらぬ所作と口調で彼は部屋を出る。でもやっぱり顔は赤いままだった。食事を一緒に取る……何か特殊な意味があったかしら? 首を傾げたけれど、思い当たらない。
「ローヴァイン侯爵閣下は、姫様に心から惚れておられるのですね。あの男とは違っていて、安心いたしました」
エリーゼが笑顔で私のドレスを用意し始める。宿で婚約者と食事をする、出先だしドレスでなくてもいいのよ。わかっているのに、彼女は肩の出るドレスを選んだ。気合いが入りすぎに見えないかしら?
「レースの上着を用意しておりますので、問題ございません」
逆にそこまで着飾ると、意識しすぎと取られそう。懸念を口にするたび、エリーゼは笑顔で次の案を提示してくる。根負けして、任せることにした。場に合わない服装は滑稽になるけれど、公務での旅だから……侍女に任せれば大丈夫なはず。
肩の出るドレスは、かろうじて細いリボンが肩に乗っている。胸元はさほど際どくないし、足元のスリットも控えめだった。色は紺色、金の装飾品を纏うけれど宝石はなし。正式な晩餐ではないけれど、家族の食事会より少し豪華な感じね。
「お綺麗です」
「ありがとう、エリーゼ」
「婚約式が楽しみです」
どきりとした。そうだったわ。この騒動が一段落すれば、すぐにでも婚約式に取り掛かる。そのためにもフォルト兄様のお相手を見つけないと。ガブリエラ様のところに滞在していると助かるわ。砦から入った情報では、ガブリエラ様が大暴れの一報が記されていた。
嫁姑戦争と呼ぶには早すぎる。義息子の嫁になれる器か、確認したといった状況かしら?
「姫様、侯爵閣下がお見えです」
慌てて考えから抜け出す。軍服に似てかっちりした紺を着こなすクラウスに、絶句する。まるでお揃いみたいだわ。振り返ってエリーゼを睨むが、彼女は笑顔でゆっくり一礼した。顔を上げて「お似合いです」と声に出さず伝えてくる。
これはやられたわ。どうやら侍従と打ち合わせて、衣装の色や雰囲気を合わせてきたのね。気恥ずかしさはあるけれど、嫌ではない。息を吐いて、すっと右手を差し伸べた。
「エスコートしてくださる?」
「光栄です。輝かしきヴィクトーリア姫のお手に触れる栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」
大仰な言い回しに、くすっと笑う。緊張が解けたわ。クラウスのこういうところ、好きよ。恋心を自覚してから、彼の好きなところをいくつも見つけてきた。これもその中に加えましょう。
隣の部屋に用意されたテーブルまで、ゆっくり移動する。踵の高い靴で踏み出せば、柔らかく上質な絨毯が音を呑み込んだ。椅子を引く執事に頷き、すっと腰掛ける。クラウスも着席すると、前菜が運ばれてきた。今日はお酒はやめておきましょう。食前酒はグラスを伏せて断り、煮込み料理を堪能した。
「トリア様、お食事はどうなさいますか?」
「そうね、あなたと一緒に食べるわ」
深く考えた言葉ではなかった。王族やそれに準ずる貴族が同行していれば、旅の宿で一緒に食事をすることがある。だから口から出た、ごく当たり前の言葉なのに。クラウスが真っ赤な顔になるから……釣られて私の顔も赤くなった。耳や首筋を手で覆う。
「っ、承知しました」
「……こ、言葉遣いが硬いと思うの。普段の話し方でいいのよ?」
「いいえ。これはケジメですので」
落ち着きを取り戻したのか、普段と変わらぬ所作と口調で彼は部屋を出る。でもやっぱり顔は赤いままだった。食事を一緒に取る……何か特殊な意味があったかしら? 首を傾げたけれど、思い当たらない。
「ローヴァイン侯爵閣下は、姫様に心から惚れておられるのですね。あの男とは違っていて、安心いたしました」
エリーゼが笑顔で私のドレスを用意し始める。宿で婚約者と食事をする、出先だしドレスでなくてもいいのよ。わかっているのに、彼女は肩の出るドレスを選んだ。気合いが入りすぎに見えないかしら?
「レースの上着を用意しておりますので、問題ございません」
逆にそこまで着飾ると、意識しすぎと取られそう。懸念を口にするたび、エリーゼは笑顔で次の案を提示してくる。根負けして、任せることにした。場に合わない服装は滑稽になるけれど、公務での旅だから……侍女に任せれば大丈夫なはず。
肩の出るドレスは、かろうじて細いリボンが肩に乗っている。胸元はさほど際どくないし、足元のスリットも控えめだった。色は紺色、金の装飾品を纏うけれど宝石はなし。正式な晩餐ではないけれど、家族の食事会より少し豪華な感じね。
「お綺麗です」
「ありがとう、エリーゼ」
「婚約式が楽しみです」
どきりとした。そうだったわ。この騒動が一段落すれば、すぐにでも婚約式に取り掛かる。そのためにもフォルト兄様のお相手を見つけないと。ガブリエラ様のところに滞在していると助かるわ。砦から入った情報では、ガブリエラ様が大暴れの一報が記されていた。
嫁姑戦争と呼ぶには早すぎる。義息子の嫁になれる器か、確認したといった状況かしら?
「姫様、侯爵閣下がお見えです」
慌てて考えから抜け出す。軍服に似てかっちりした紺を着こなすクラウスに、絶句する。まるでお揃いみたいだわ。振り返ってエリーゼを睨むが、彼女は笑顔でゆっくり一礼した。顔を上げて「お似合いです」と声に出さず伝えてくる。
これはやられたわ。どうやら侍従と打ち合わせて、衣装の色や雰囲気を合わせてきたのね。気恥ずかしさはあるけれど、嫌ではない。息を吐いて、すっと右手を差し伸べた。
「エスコートしてくださる?」
「光栄です。輝かしきヴィクトーリア姫のお手に触れる栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」
大仰な言い回しに、くすっと笑う。緊張が解けたわ。クラウスのこういうところ、好きよ。恋心を自覚してから、彼の好きなところをいくつも見つけてきた。これもその中に加えましょう。
隣の部屋に用意されたテーブルまで、ゆっくり移動する。踵の高い靴で踏み出せば、柔らかく上質な絨毯が音を呑み込んだ。椅子を引く執事に頷き、すっと腰掛ける。クラウスも着席すると、前菜が運ばれてきた。今日はお酒はやめておきましょう。食前酒はグラスを伏せて断り、煮込み料理を堪能した。
あなたにおすすめの小説
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。