144 / 222
本編
143.抑止力が必要だから囮になるわ
ルヴィ兄様は、エック兄様を連れて顔を見せた。私もシンプルなドレスに着替えて出迎える。皇族であっても、普段着はさほど豪華ではない。物語のお姫様と違うのよ。生活するのに邪魔な装飾品やフリル、レースは排除されるわ。
裾丈も足首くらいまで。袖のレースやフリルは控えめに、襟はレースが多めかしらね。首飾りをしないから、その分だけ華やかさを足す。ドレスからの引き算で普段着は作られた。豪華すぎるドレスは、晩餐や夜会のため。お茶会のドレスも飾りすぎると嫌われるわ。
王侯貴族は一度袖を通した服を着ない。物語にそんな一節があると聞いて、笑ってしまった。だって、絹のドレス一着にいくらかかると思っているの? 私が夜会で着るドレスを新しく設えたら、子爵家の領地経営の経費、半年分を越えるわ。もちろん装飾品は別で。
それを毎日のように着替えて好き勝手していたら、国庫が破綻する。代わりに宝飾品やドレスを売る商人が豪邸を建てるでしょう。
シンプルなロングワンピースは、深紅にクリーム色のレースを合わせていた。襟のレースを付け替えるだけでも、印象が変わる。そういった使い方をするので、ドレスよりレース襟やつけ袖のほうが多いくらいよ。
「体調はどうだい? トリア」
「顔色はよさそうですが、無理をしないでください」
二人にお礼を言って向かい合わせに座る。ソファーの間に置かれたローテーブルへ、お茶が置かれた。ここでエリーゼは部屋を出る。兄二人に同行した侍従や騎士も退室した。これで私達三人だけ。
「トリアを狙う不届き者がいると報告を受けました。対処はこちらで……」
「いえ。私を囮にして確保しましょう」
柔らかな桃色に染めた爪で、唇の近くをなぞる。意味ありげな仕草に、二人は顔を見合わせた。
「だが、危険だぞ」
「安全な囮など聞いたことがありませんわ。承知の上で、提案しています」
彼らを事前に捕まえても、まだ罪を犯していない。予定していた証拠があればいいが、もし見つからなければ? 周囲の貴族の反対で釈放せざるを得なくなる。用心深くなれば、捕まえる次のチャンスは遠ざかるはず。
「私は戦えるけれど、コルネリアやマルグリットはどうかしら?」
アデリナは意図的に外した。どう見ても、襲われる側じゃないわ。万が一言葉巧みに口説いても、彼女は聞いていないでしょうし。危険なのは、断っても纏わりつく高位貴族の子弟だった。爵位を振り翳して退けられる伯爵以下は、騎士でも排除が可能だった。
「それは……」
エック兄様が考え込む。頭の中で様々な対策を浮かべては、自ら穴を見つけて否定する。繰り返せば、危険を無視できないはずよ。ルヴィ兄様は皇帝陛下という立場がある。だから安全ではないの。他国の来賓が話しかけ、僅かに目を離した隙に……ありそうなケースね。
エック兄様だって宰相だわ。自国の貴族に相談を持ち掛けられたら、コルネリアから離れる可能性があった。彼女の家族が常に隣にいればいいけれど、お花摘みの帰りを待ち伏せされたら? いくつか例を挙げて説明し、私は言い切った。
「彼女達は皇族の妻になるのよ。貴族が近づくたびに怯えていられる立場ではないわ。でも応じていれば危険が増える。だったら……見せしめで貴族の言動を縛ればいい」
にこりと笑う。誰かが失敗して、一族を巻き添えに没落したらどうかしら? きっと恐ろしさに身動きできなくなる。まとめて邪魔な家を消し去る機会と捉えましょう。
「クラウスに相談はしましたか?」
「これからよ」
だって彼は絶対に反対するもの。堂々と言い切ったら、兄二人はまた視線を合わせて溜め息を吐いた。
裾丈も足首くらいまで。袖のレースやフリルは控えめに、襟はレースが多めかしらね。首飾りをしないから、その分だけ華やかさを足す。ドレスからの引き算で普段着は作られた。豪華すぎるドレスは、晩餐や夜会のため。お茶会のドレスも飾りすぎると嫌われるわ。
王侯貴族は一度袖を通した服を着ない。物語にそんな一節があると聞いて、笑ってしまった。だって、絹のドレス一着にいくらかかると思っているの? 私が夜会で着るドレスを新しく設えたら、子爵家の領地経営の経費、半年分を越えるわ。もちろん装飾品は別で。
それを毎日のように着替えて好き勝手していたら、国庫が破綻する。代わりに宝飾品やドレスを売る商人が豪邸を建てるでしょう。
シンプルなロングワンピースは、深紅にクリーム色のレースを合わせていた。襟のレースを付け替えるだけでも、印象が変わる。そういった使い方をするので、ドレスよりレース襟やつけ袖のほうが多いくらいよ。
「体調はどうだい? トリア」
「顔色はよさそうですが、無理をしないでください」
二人にお礼を言って向かい合わせに座る。ソファーの間に置かれたローテーブルへ、お茶が置かれた。ここでエリーゼは部屋を出る。兄二人に同行した侍従や騎士も退室した。これで私達三人だけ。
「トリアを狙う不届き者がいると報告を受けました。対処はこちらで……」
「いえ。私を囮にして確保しましょう」
柔らかな桃色に染めた爪で、唇の近くをなぞる。意味ありげな仕草に、二人は顔を見合わせた。
「だが、危険だぞ」
「安全な囮など聞いたことがありませんわ。承知の上で、提案しています」
彼らを事前に捕まえても、まだ罪を犯していない。予定していた証拠があればいいが、もし見つからなければ? 周囲の貴族の反対で釈放せざるを得なくなる。用心深くなれば、捕まえる次のチャンスは遠ざかるはず。
「私は戦えるけれど、コルネリアやマルグリットはどうかしら?」
アデリナは意図的に外した。どう見ても、襲われる側じゃないわ。万が一言葉巧みに口説いても、彼女は聞いていないでしょうし。危険なのは、断っても纏わりつく高位貴族の子弟だった。爵位を振り翳して退けられる伯爵以下は、騎士でも排除が可能だった。
「それは……」
エック兄様が考え込む。頭の中で様々な対策を浮かべては、自ら穴を見つけて否定する。繰り返せば、危険を無視できないはずよ。ルヴィ兄様は皇帝陛下という立場がある。だから安全ではないの。他国の来賓が話しかけ、僅かに目を離した隙に……ありそうなケースね。
エック兄様だって宰相だわ。自国の貴族に相談を持ち掛けられたら、コルネリアから離れる可能性があった。彼女の家族が常に隣にいればいいけれど、お花摘みの帰りを待ち伏せされたら? いくつか例を挙げて説明し、私は言い切った。
「彼女達は皇族の妻になるのよ。貴族が近づくたびに怯えていられる立場ではないわ。でも応じていれば危険が増える。だったら……見せしめで貴族の言動を縛ればいい」
にこりと笑う。誰かが失敗して、一族を巻き添えに没落したらどうかしら? きっと恐ろしさに身動きできなくなる。まとめて邪魔な家を消し去る機会と捉えましょう。
「クラウスに相談はしましたか?」
「これからよ」
だって彼は絶対に反対するもの。堂々と言い切ったら、兄二人はまた視線を合わせて溜め息を吐いた。
あなたにおすすめの小説
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
【完結】遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【残り数話を持ちまして3月29日完結!!】
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした
佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。
その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。
長女ソフィア。
美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。
そして──もう一人。
妹、レーネ・アルヴィス。
社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。
姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。
だが彼女は知っている。
貴族社会では、
誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。
王立学園に入学したレーネは、
礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。
やがて──
軽んじていた者たちは気づく。
「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。
これは、
静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください
まさき
恋愛
「別れてください」
笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。
三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。
嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。
離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。
――遅すぎる。三年分、遅すぎる。
幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。