146 / 222
本編
145.義姉上には敵わない ***SIDEウルリヒ
いつものことだが、義姉上の行動は突拍子もない。祈祷の時間に俺が動けないのを知りながら訪ねてきて、兄上を蹴飛ばしたのだ。ベッドから転げ落ちた兄上は咄嗟に手をつき、立ち上がって逃げようとした。嘘をついた負い目だろう。
演技は任せろと請け合ったのは、誰だった? 呆れ半分、諦め半分。そもそも義姉上を騙そうと思ったのが間違いだった。味方に引き込んでおくべき人だ。奥の宮にいたら相談していたんだが……過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
「義姉上、神殿内は俺の領域だ」
「承知している。だが、大神官ともあろう者が嘘はいかんぞ。それも皇族への嘘は許されぬ」
「兄上もまだ皇族だが?」
器用に片方の眉尻をあげて、何を言い出したのかと叱責する構えの義姉上に、両手を挙げて降参を表明した。
「申し訳ない」
「素直でよろしい」
簡単に事情を説明していく。トリアを狙う羽虫を処理するためだったこと、エッケハルトには連絡済みであること。両方を聞いて、義姉上は溜め息をついた。
「そなたに悪意がないことも、我が子らを思っての行動であることも理解している。それでも、家族内での嘘は禁止だ。よいな?」
「……はい」
逆らえるはずがない。この人がいなければ、どこぞの貴族に抱き込まれて兄と対峙する羽目に陥っていただろう。過去の恩は、今も胸にある。
「別件だが、フォルトの嫁が見つかった」
「あの、フォルトに?」
「ふむ。連絡が途切れているようだな。トリアを狙う羽虫より先に、配下の立て直しを優先しろ」
痛い言葉だ。このところ、手が足りないと感じていた。優秀な者から他国や貴族の監視に向かわせた。手元に残っているのは、使いにくい者ばかり。察しが悪いうえ、些細なミスが多かった。配置を白紙にして、もう一度組み直す必要がある。
自覚していたが目を逸らした部分を指摘され、俺は苦笑いを浮かべた。理屈ではなく、まるで本能のように弱点を見つける。義姉上のこれは、一種の才能だろう。
フォルトの嫁と称される女性に関する話を聞き、代わりに不正を発見した貴族の情報を渡す。互いに満足のいく取り引きを終え、義姉上は思わぬ提案をしてきた。
同盟関係の国や下した国を除けば、厄介な立場にある国は二つだけ。アルホフ王国は敵対しないが、味方でもない。扱いが難しいため、神殿側から手を回したほうがいい。王家を倒したクレーベ公爵が支配するデーンズ王国は放置するように、と。
「デーンズ王国のほうが危険では?」
「エックが、何やら仕掛けをしたらしい。発動する時期はわからんが、その後に神殿の介入が望ましいようだ。詳しくはエックに聞け」
トリアも知っていると思うぞ。そう付け加えられ、考え込んだ。エッケハルトの賢さに善悪の基準はない。自分達にとって好ましい結果をもたらすか否か、そこを重要視してきた。トリアも似たところがあるが、彼女のほうが選ぶ策は苛烈だ。
「トリアが動く準備をしている。それと……マインラートの件もバレていると思ったほうがいいぞ」
「叱られる前に顔を出すとしよう」
怒らせると怖いのは、トリアも義姉上も同じだ。皇族の女性は基本的に強い。弱ければ排除されるからだ。事実、子を産む役目を果たした側妃達は、安全な離宮へ逃げることを選んだ。政に関与せず、権力も行使しない。代わりに義務から解放される。
己の強さを自覚するからこそ、トリアは無茶をする。嫌な予感がした。あの子は自分を犠牲にすることを厭わない性格だ。また無理をするかもしれないな。疲れが出たのか、熱を出して寝込んだばかりだ。体が弱っている状況で、もし襲撃されたら!
組み敷けば女は大人しく従うと考える、愚かな貴族に心当たりがあった。クラウスがいるが、忠告は無駄にならないだろう。今日中に面会を申し込もうと決め、義姉上を神殿から追い出した。準備があるからで、怖かったわけではない。
演技は任せろと請け合ったのは、誰だった? 呆れ半分、諦め半分。そもそも義姉上を騙そうと思ったのが間違いだった。味方に引き込んでおくべき人だ。奥の宮にいたら相談していたんだが……過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
「義姉上、神殿内は俺の領域だ」
「承知している。だが、大神官ともあろう者が嘘はいかんぞ。それも皇族への嘘は許されぬ」
「兄上もまだ皇族だが?」
器用に片方の眉尻をあげて、何を言い出したのかと叱責する構えの義姉上に、両手を挙げて降参を表明した。
「申し訳ない」
「素直でよろしい」
簡単に事情を説明していく。トリアを狙う羽虫を処理するためだったこと、エッケハルトには連絡済みであること。両方を聞いて、義姉上は溜め息をついた。
「そなたに悪意がないことも、我が子らを思っての行動であることも理解している。それでも、家族内での嘘は禁止だ。よいな?」
「……はい」
逆らえるはずがない。この人がいなければ、どこぞの貴族に抱き込まれて兄と対峙する羽目に陥っていただろう。過去の恩は、今も胸にある。
「別件だが、フォルトの嫁が見つかった」
「あの、フォルトに?」
「ふむ。連絡が途切れているようだな。トリアを狙う羽虫より先に、配下の立て直しを優先しろ」
痛い言葉だ。このところ、手が足りないと感じていた。優秀な者から他国や貴族の監視に向かわせた。手元に残っているのは、使いにくい者ばかり。察しが悪いうえ、些細なミスが多かった。配置を白紙にして、もう一度組み直す必要がある。
自覚していたが目を逸らした部分を指摘され、俺は苦笑いを浮かべた。理屈ではなく、まるで本能のように弱点を見つける。義姉上のこれは、一種の才能だろう。
フォルトの嫁と称される女性に関する話を聞き、代わりに不正を発見した貴族の情報を渡す。互いに満足のいく取り引きを終え、義姉上は思わぬ提案をしてきた。
同盟関係の国や下した国を除けば、厄介な立場にある国は二つだけ。アルホフ王国は敵対しないが、味方でもない。扱いが難しいため、神殿側から手を回したほうがいい。王家を倒したクレーベ公爵が支配するデーンズ王国は放置するように、と。
「デーンズ王国のほうが危険では?」
「エックが、何やら仕掛けをしたらしい。発動する時期はわからんが、その後に神殿の介入が望ましいようだ。詳しくはエックに聞け」
トリアも知っていると思うぞ。そう付け加えられ、考え込んだ。エッケハルトの賢さに善悪の基準はない。自分達にとって好ましい結果をもたらすか否か、そこを重要視してきた。トリアも似たところがあるが、彼女のほうが選ぶ策は苛烈だ。
「トリアが動く準備をしている。それと……マインラートの件もバレていると思ったほうがいいぞ」
「叱られる前に顔を出すとしよう」
怒らせると怖いのは、トリアも義姉上も同じだ。皇族の女性は基本的に強い。弱ければ排除されるからだ。事実、子を産む役目を果たした側妃達は、安全な離宮へ逃げることを選んだ。政に関与せず、権力も行使しない。代わりに義務から解放される。
己の強さを自覚するからこそ、トリアは無茶をする。嫌な予感がした。あの子は自分を犠牲にすることを厭わない性格だ。また無理をするかもしれないな。疲れが出たのか、熱を出して寝込んだばかりだ。体が弱っている状況で、もし襲撃されたら!
組み敷けば女は大人しく従うと考える、愚かな貴族に心当たりがあった。クラウスがいるが、忠告は無駄にならないだろう。今日中に面会を申し込もうと決め、義姉上を神殿から追い出した。準備があるからで、怖かったわけではない。
あなたにおすすめの小説
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。