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本編
182.心地よい話ではないけれど
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シャンパンを開けて、料理を楽しみ……白ワインのボトルが半分空いた頃。クラウスは細く深い息を吐いた。溜め息と呼ぶには小さくて、でも何かを決めた覚悟が感じられた。
「聞いていただけますか? 耳に心地よい話ではありません」
「もちろんよ」
聞きたいと願ったのは私、あなたは私に「話すよう命じられた」も同然だもの。命じる言葉を使わなくても、あなたは私に逆らえない。皇族に対して敬意を示し、私をどこか神聖視していた。口を開こうとして戸惑う仕草に、何も言わずグラスを空けた。
空のグラスを軽く揺らして促し、クラウスは無言で注ぐ。これが合図となった。
「私の両親は幼い頃に亡くなりました。領地へ向かう馬車での事故、とされています」
事故ではなかった? それとも行き先が違う? 無言で首を縦に揺らした。頷くほど大きくなく、でも聞いていると示す程度の所作よ。クラウスは手元のワインを飲み干し、私が手を伸ばすより早く自ら満たした。手酌はダメだと言ったのは、クラウス自身なのにね。
届かなかった手を握り、引き戻す。
「あの頃の私は力がありませんでした。おかしいと思っても、声を上げても誰も取り合わなかった。僅か八歳の子供の言葉に、価値がないのはわかりますが」
それでも誰かに救ってほしかった。どうしたのと聞いてもらいたかったのね。
「領地へ戻るなら、我が子に一言くらい話すでしょう。それが緊急事態であるなら、執事や侍女長に言い残すことも出来た。でも何もなかったのです。彼らもどうして父と母が突然領地へ向かったのか、聞いていませんでした」
確かにおかしいわ。侯爵家ともなれば、領地には家令、王都にも執事を置く。彼らは当主がいない間の代理人としての権限があり、当主の行き先は把握しているのが普通だった。何も言わずに出かけたのか、または話すことができない状態で外へ出されたのか。
「父と母の訃報が届いた翌日でした。親族が押し寄せて、誰が私の面倒を見るか……話し合いを始めたのです。侯爵家を継ぐには若すぎる。それまでの後見人だと言い張って、俺の味方をする執事や侍女長を追い出した。権力に集る連中の中、俺は孤立無援となり……」
ぐいっとグラスの中身を煽る。悪い飲み方だけれど、いっそ酔っていなければ口に出せないのでしょうね。私はボトルを手にして、そっと注ぎ足した。揺れる白ワインをまた二口、そこでクラウスはグラスを置いた。
「親族が好き放題して、領地や民が苦しむのを……俺は防げなかった。力を蓄えて叩きのめす日を夢見て、ただ拳を握って過ごしましたよ。幸い、彼らは俺を殺そうとはしなかった」
「そうでしょうね」
ここでようやく口を挟む。伯爵家以上は上位貴族と称される。継承権については法で定められ、直系が絶えればすぐに調査が入った。国の調査に賄賂は効かない。だから唯一の後継者であるクラウスに手出しができなかった。この法は、お祖父様の代に施行されていた。
さすがに国を相手に隠し通せないと考えた親族は、後継のクラウスを飼い殺そうと考えたはず。
「ええ。トリア様のお考え通り、学をつけないよう教師を与えず放置されましたよ。俺が賢くなると困るんでしょうね。独学で学び、足りない部分を読書で補いました」
一人称が「俺」になってから、口調が少し荒れている。本来の彼がこうなのかしら? 不思議と好ましく思えて、私は先を促した。
「誇っていいわ、今のあなたは皇族の夫になるほど、立派だもの」
「……汚い手を使いましたが、親族を片づけた。手を出さずに見ていただけの傍観者も含め、実行犯をすべて殺しました」
ふぅと息を吐いて、クラウスは自嘲じみた顔で唇を引き結ぶ。綻んだ時、予想した答えが零れ出た。
「父と母は、叔父によって殺されていた! あの卑怯な男は父を羨み、母に懸想し、二人を呼び出して殺したんだ。俺は親の仇を討った……」
彼の右目からすっと一筋の涙が流れた。
「聞いていただけますか? 耳に心地よい話ではありません」
「もちろんよ」
聞きたいと願ったのは私、あなたは私に「話すよう命じられた」も同然だもの。命じる言葉を使わなくても、あなたは私に逆らえない。皇族に対して敬意を示し、私をどこか神聖視していた。口を開こうとして戸惑う仕草に、何も言わずグラスを空けた。
空のグラスを軽く揺らして促し、クラウスは無言で注ぐ。これが合図となった。
「私の両親は幼い頃に亡くなりました。領地へ向かう馬車での事故、とされています」
事故ではなかった? それとも行き先が違う? 無言で首を縦に揺らした。頷くほど大きくなく、でも聞いていると示す程度の所作よ。クラウスは手元のワインを飲み干し、私が手を伸ばすより早く自ら満たした。手酌はダメだと言ったのは、クラウス自身なのにね。
届かなかった手を握り、引き戻す。
「あの頃の私は力がありませんでした。おかしいと思っても、声を上げても誰も取り合わなかった。僅か八歳の子供の言葉に、価値がないのはわかりますが」
それでも誰かに救ってほしかった。どうしたのと聞いてもらいたかったのね。
「領地へ戻るなら、我が子に一言くらい話すでしょう。それが緊急事態であるなら、執事や侍女長に言い残すことも出来た。でも何もなかったのです。彼らもどうして父と母が突然領地へ向かったのか、聞いていませんでした」
確かにおかしいわ。侯爵家ともなれば、領地には家令、王都にも執事を置く。彼らは当主がいない間の代理人としての権限があり、当主の行き先は把握しているのが普通だった。何も言わずに出かけたのか、または話すことができない状態で外へ出されたのか。
「父と母の訃報が届いた翌日でした。親族が押し寄せて、誰が私の面倒を見るか……話し合いを始めたのです。侯爵家を継ぐには若すぎる。それまでの後見人だと言い張って、俺の味方をする執事や侍女長を追い出した。権力に集る連中の中、俺は孤立無援となり……」
ぐいっとグラスの中身を煽る。悪い飲み方だけれど、いっそ酔っていなければ口に出せないのでしょうね。私はボトルを手にして、そっと注ぎ足した。揺れる白ワインをまた二口、そこでクラウスはグラスを置いた。
「親族が好き放題して、領地や民が苦しむのを……俺は防げなかった。力を蓄えて叩きのめす日を夢見て、ただ拳を握って過ごしましたよ。幸い、彼らは俺を殺そうとはしなかった」
「そうでしょうね」
ここでようやく口を挟む。伯爵家以上は上位貴族と称される。継承権については法で定められ、直系が絶えればすぐに調査が入った。国の調査に賄賂は効かない。だから唯一の後継者であるクラウスに手出しができなかった。この法は、お祖父様の代に施行されていた。
さすがに国を相手に隠し通せないと考えた親族は、後継のクラウスを飼い殺そうと考えたはず。
「ええ。トリア様のお考え通り、学をつけないよう教師を与えず放置されましたよ。俺が賢くなると困るんでしょうね。独学で学び、足りない部分を読書で補いました」
一人称が「俺」になってから、口調が少し荒れている。本来の彼がこうなのかしら? 不思議と好ましく思えて、私は先を促した。
「誇っていいわ、今のあなたは皇族の夫になるほど、立派だもの」
「……汚い手を使いましたが、親族を片づけた。手を出さずに見ていただけの傍観者も含め、実行犯をすべて殺しました」
ふぅと息を吐いて、クラウスは自嘲じみた顔で唇を引き結ぶ。綻んだ時、予想した答えが零れ出た。
「父と母は、叔父によって殺されていた! あの卑怯な男は父を羨み、母に懸想し、二人を呼び出して殺したんだ。俺は親の仇を討った……」
彼の右目からすっと一筋の涙が流れた。
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