191 / 222
本編
190.皇妃という地位と立場が彼女を変える
マルグリット皇妃を母として、皇帝ルートヴィッヒ陛下の下で育てる。
覚悟を決めるなら、もっと早くするべきだった。今なら私の記憶も残らないでしょう。ようやく這い這いが上手になったジルヴィアを抱きしめる。
「あなたを愛しているわ。だから一緒には住めないの」
女帝になるより、実母と暮らすほうが幸せだ。もし成長した彼女がそう口にしたら、私は聞き入れて引き取るだろう。今の段階で、私が母として彼女に接するのは害にしかならない。そっくりな銀髪と帝国の青の瞳を持つから、ある程度の年齢になったら気づくでしょう。
自分で判断できる年齢になるまで、女帝になる道を歩いてほしかった。あとから歩ませることは出来ないから。取り返しがつくほうを後回しにするだけ。
頬をすり寄せ、赤子特有の甘い香りを吸い込んだ。愛しているわ、恨まれてもいい。あなたが私を要らないと考えるなら、それも受け入れる。母親って損ね。でもきっと……私も実母に同じ決断をさせたかもしれない。今日ほど、亡き母に話を聞きたいと思ったことはないわ。
あなたは……後悔した? どれだけ泣いたの? ルヴィ兄様がいるのに、ヴィクトーリアと名付けた娘を残して死ぬことを、どれほど恐れたでしょう。結婚式を済ませたら、お墓参りに行こうと決めた。報告と愚痴と、少しばかりのお土産を持って。
ノックの音でエリーゼが動く。マルグリットが来たと聞いて、入室を許可した。中の宮は方角によって兄妹で管理が分かれている。たとえお兄様達が来ても、私の許可なしに入室できないのよ。
ジルヴィアを抱いた私が座るのは、扉の正面に位置するソファーだった。三人掛けのソファーのみを、この場所に置いている。ジルヴィアの世話をするアンナの仮眠場所として用意したの。私やガブリエラ様が来た時も、このソファーでジルヴィアを膝に乗せた。
「ヴィクトーリア様、事情は伺いました。ジルヴィア皇女殿下を私の子として育てる、と」
「ええ、そうよ。マルグリット……いえ、皇妃殿下。あなた様にお預けしますわ」
侯爵令嬢だったマルグリットも、あと数日で皇妃となる。呼び捨てにするのは不敬だわ。肩書きで呼んだら、「マルグリットでお願いします」と丁寧に断られた。
「では、マルグリット様と呼びましょう。呼び捨ては無理だもの」
頷いたマルグリット様が近づき、ソファーの空いたスペースに腰掛けた。隣から手を伸ばし、ジルヴィアの銀髪を撫でる。その手つきは優しく、慈愛を感じた。
「ご提案があります」
「私に敬語は不要になります。皇妃殿下になられたら、マルグリット様のほうが地位も立場も上になりますから……」
「では、はっきりと言います。私の補佐官をお願いしたいと思っています」
口調も声もがらりと印象を変えたマルグリット様は、皇妃らしい雰囲気を纏う。ガブリエラ様が仰った意味がわかったわ。立場が人を変え、地位がその人を作る。与えられた役割に相応しい者は、きちんとした振る舞いを自然と身に着けるのね。
「補佐官、ですか」
疑問形にはならない。ルヴィ兄様やエック兄様にも補佐官がいて、フォルト兄様は副官を連れている。どちらも同じで、仕事の手配や予定の管理、来客の対応まで任される重要な仕事だった。
「コルネリア様にもお願いしているの。ヴィクトーリア様の能力が欲しいのです。アデリナ様も、女性騎士として護衛についてくれる約束をしました」
驚いてマルグリット様の顔を凝視する。いつの間に、そんな手を回したの? 確かに多才で有能だと思ったから選んだけれど、ここまでの逸材とは思わなかった。
「受けてください」
「トリアと呼び、命じるのが皇妃殿下のお立場ですわ」
「……義妹になるトリア様に、命じたくはありません」
しばし睨み合って、先に折れたのは私のほう。だって私のためでしょう? ジルヴィアと触れ合う時間の名目を作ってくれた。
「畏まりまして」
ジルヴィアを抱いているから無理だけれど、最高の敬意を示して首を垂れた。
覚悟を決めるなら、もっと早くするべきだった。今なら私の記憶も残らないでしょう。ようやく這い這いが上手になったジルヴィアを抱きしめる。
「あなたを愛しているわ。だから一緒には住めないの」
女帝になるより、実母と暮らすほうが幸せだ。もし成長した彼女がそう口にしたら、私は聞き入れて引き取るだろう。今の段階で、私が母として彼女に接するのは害にしかならない。そっくりな銀髪と帝国の青の瞳を持つから、ある程度の年齢になったら気づくでしょう。
自分で判断できる年齢になるまで、女帝になる道を歩いてほしかった。あとから歩ませることは出来ないから。取り返しがつくほうを後回しにするだけ。
頬をすり寄せ、赤子特有の甘い香りを吸い込んだ。愛しているわ、恨まれてもいい。あなたが私を要らないと考えるなら、それも受け入れる。母親って損ね。でもきっと……私も実母に同じ決断をさせたかもしれない。今日ほど、亡き母に話を聞きたいと思ったことはないわ。
あなたは……後悔した? どれだけ泣いたの? ルヴィ兄様がいるのに、ヴィクトーリアと名付けた娘を残して死ぬことを、どれほど恐れたでしょう。結婚式を済ませたら、お墓参りに行こうと決めた。報告と愚痴と、少しばかりのお土産を持って。
ノックの音でエリーゼが動く。マルグリットが来たと聞いて、入室を許可した。中の宮は方角によって兄妹で管理が分かれている。たとえお兄様達が来ても、私の許可なしに入室できないのよ。
ジルヴィアを抱いた私が座るのは、扉の正面に位置するソファーだった。三人掛けのソファーのみを、この場所に置いている。ジルヴィアの世話をするアンナの仮眠場所として用意したの。私やガブリエラ様が来た時も、このソファーでジルヴィアを膝に乗せた。
「ヴィクトーリア様、事情は伺いました。ジルヴィア皇女殿下を私の子として育てる、と」
「ええ、そうよ。マルグリット……いえ、皇妃殿下。あなた様にお預けしますわ」
侯爵令嬢だったマルグリットも、あと数日で皇妃となる。呼び捨てにするのは不敬だわ。肩書きで呼んだら、「マルグリットでお願いします」と丁寧に断られた。
「では、マルグリット様と呼びましょう。呼び捨ては無理だもの」
頷いたマルグリット様が近づき、ソファーの空いたスペースに腰掛けた。隣から手を伸ばし、ジルヴィアの銀髪を撫でる。その手つきは優しく、慈愛を感じた。
「ご提案があります」
「私に敬語は不要になります。皇妃殿下になられたら、マルグリット様のほうが地位も立場も上になりますから……」
「では、はっきりと言います。私の補佐官をお願いしたいと思っています」
口調も声もがらりと印象を変えたマルグリット様は、皇妃らしい雰囲気を纏う。ガブリエラ様が仰った意味がわかったわ。立場が人を変え、地位がその人を作る。与えられた役割に相応しい者は、きちんとした振る舞いを自然と身に着けるのね。
「補佐官、ですか」
疑問形にはならない。ルヴィ兄様やエック兄様にも補佐官がいて、フォルト兄様は副官を連れている。どちらも同じで、仕事の手配や予定の管理、来客の対応まで任される重要な仕事だった。
「コルネリア様にもお願いしているの。ヴィクトーリア様の能力が欲しいのです。アデリナ様も、女性騎士として護衛についてくれる約束をしました」
驚いてマルグリット様の顔を凝視する。いつの間に、そんな手を回したの? 確かに多才で有能だと思ったから選んだけれど、ここまでの逸材とは思わなかった。
「受けてください」
「トリアと呼び、命じるのが皇妃殿下のお立場ですわ」
「……義妹になるトリア様に、命じたくはありません」
しばし睨み合って、先に折れたのは私のほう。だって私のためでしょう? ジルヴィアと触れ合う時間の名目を作ってくれた。
「畏まりまして」
ジルヴィアを抱いているから無理だけれど、最高の敬意を示して首を垂れた。
あなたにおすすめの小説
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。