205 / 222
本編
204.濡れた話は深く知りたくなるのよね
しおりを挟む
宰相の仕事に便利だから、エック兄様は中の宮に住んでいた。兄妹で四方向を分けて使っていたの。だから遅刻してくるのはおかしいのだけれど。奥の宮のお父様やガブリエラ様も同じ条件だった。
一番遠くから来たのは、公爵邸に移り住んだ私だもの。
「エック兄様とコルネリアは……」
口に出した途端、ノックと同時に扉が開く。控え室にいた全員で振り返ってしまった。
「すみません、遅れました」
「ごめんなさい。ちょっと……その、寝過ごしちゃって」
気づいた私は立ち上がり、コルネリアの首元に手を伸ばした。ハーフアップにした髪を少しずらして直す。そのまま顔を寄せて囁いた。
「首筋の虫刺されが目立つから、スカーフを用意したらいいわ」
「っ、ありがとうございます」
さすがは元ライフアイゼン公爵令嬢、きちっと返してきた。やや耳が赤いけれど、笑顔でカバーするつもりね。隣のエック兄様は平然としているけれど、口角が動いたわよ?
「……遅れたか? いや、間に合ったな」
「全然間に合っておらぬ」
エック兄様の開いた扉から駆け込んだお父様に、ルヴィ兄様が噴き出す。足を折った年寄り設定ではなかったの? もう治ったにしても、元気すぎるでしょうに。ガブリエラ様は辛辣に切り捨てながらも、襟をすすっと直している。
「なぜ、あたしより先に出……むぐぅ」
余計な発言をしたアデリナが、ガブリエラ様の手で口を塞がれる。かつかつと靴音をさせて足早に寄ってきたときは、少し怖かったわ。すごく真剣な顔だったんだもの。黙れと耳元で囁かれ、アデリナは素直に頷いた。
ようやく解放されたアデリナの隣で、フォルト兄様が「やはり義母上は強いな」と感心している。妻を助けなさいよ、と思うけれど……助けても、アデリナに叱られそうね。個性の強い五組の夫婦は、互いに同じことを考えたみたい。誤魔化すように笑顔を浮かべた。
「入場の準備が整いました」
まったく気にしないエリーゼは、皇族の近くで仕事をするうちに慣れたのね。入り込めずにおろおろする侍従を押しのけ、すっと一礼した。声掛けされたことを幸いと、逃げ道にしたガブリエラ様が動く。
「ならば、我らから」
「こういう時は皇帝陛下からなのでは?」
ちょっとした意地悪で口にしたら、エック兄様が空気を読んで応援に入った。
「皇帝陛下が最上位ですので……」
「あら。こういう場面では最後に入るのではないの?」
マルグリットはガブリエラ様に恩を売る作戦らしい。にこにこと笑顔で割って入った。ちょっとした家族の騒ぎはいったん終了。皇妃殿下が「皇帝夫妻は最後」と言ってしまったら、誰も逆らえないわ。ルヴィ兄様は肩を竦めて、賛否を避けた。
「クラウスは加わらないのね」
「美しいトリアを見ているだけで、手一杯でした」
惚気たクラウスの言葉に、はっとした顔で皆が振り返った。何か気になることがあったかしら?
「トリアと、呼び捨てに?」
「いつからでしょうか」
「俺は知らん」
兄三人が三様に口にするのを無視した。
「夫婦仲がよくて安心したぞ」
にこやかにガブリエラ様が加わったので、何気なく「そちらこそ」と返したら首が赤くなる。笑顔が引きつって固まった。もしかして、遅れた理由が二組とも同じ、とか……え? そんなことある?
「さ、急ぐぞ」
誤魔化したガブリエラ様は、すぐにすまし顔。お父様が照れて顔を逸らした。確定ね。
エリーゼが促す笑みを深くしたので、これ以上待たせたら叱られるわ。クラウスが差し出す腕に絡め、微笑みを作る。さあ、社交の始まりよ。
お披露目の場へ足を踏み入れ、拍手で迎えられる。元帥で大公のフォルト兄様とアデリナ、宰相職に就くエック兄様も大公ね。コルネリアと仲良く入場した。先ほどと打って変わった威厳を湛えたお父様が、ガブリエラ様と親しげに続く。
階段三段分だけ高い皇族席で待つ私達に向かい、マルグリットをエスコートするルヴィ兄様が入った。ここで全員揃って会釈する。深く頭を下げた貴族がゆっくりと五秒数えて、頭を上げた。その中に驚くべき人がいて……私は思わず呟いていた。
「……側妃様?」
一番遠くから来たのは、公爵邸に移り住んだ私だもの。
「エック兄様とコルネリアは……」
口に出した途端、ノックと同時に扉が開く。控え室にいた全員で振り返ってしまった。
「すみません、遅れました」
「ごめんなさい。ちょっと……その、寝過ごしちゃって」
気づいた私は立ち上がり、コルネリアの首元に手を伸ばした。ハーフアップにした髪を少しずらして直す。そのまま顔を寄せて囁いた。
「首筋の虫刺されが目立つから、スカーフを用意したらいいわ」
「っ、ありがとうございます」
さすがは元ライフアイゼン公爵令嬢、きちっと返してきた。やや耳が赤いけれど、笑顔でカバーするつもりね。隣のエック兄様は平然としているけれど、口角が動いたわよ?
「……遅れたか? いや、間に合ったな」
「全然間に合っておらぬ」
エック兄様の開いた扉から駆け込んだお父様に、ルヴィ兄様が噴き出す。足を折った年寄り設定ではなかったの? もう治ったにしても、元気すぎるでしょうに。ガブリエラ様は辛辣に切り捨てながらも、襟をすすっと直している。
「なぜ、あたしより先に出……むぐぅ」
余計な発言をしたアデリナが、ガブリエラ様の手で口を塞がれる。かつかつと靴音をさせて足早に寄ってきたときは、少し怖かったわ。すごく真剣な顔だったんだもの。黙れと耳元で囁かれ、アデリナは素直に頷いた。
ようやく解放されたアデリナの隣で、フォルト兄様が「やはり義母上は強いな」と感心している。妻を助けなさいよ、と思うけれど……助けても、アデリナに叱られそうね。個性の強い五組の夫婦は、互いに同じことを考えたみたい。誤魔化すように笑顔を浮かべた。
「入場の準備が整いました」
まったく気にしないエリーゼは、皇族の近くで仕事をするうちに慣れたのね。入り込めずにおろおろする侍従を押しのけ、すっと一礼した。声掛けされたことを幸いと、逃げ道にしたガブリエラ様が動く。
「ならば、我らから」
「こういう時は皇帝陛下からなのでは?」
ちょっとした意地悪で口にしたら、エック兄様が空気を読んで応援に入った。
「皇帝陛下が最上位ですので……」
「あら。こういう場面では最後に入るのではないの?」
マルグリットはガブリエラ様に恩を売る作戦らしい。にこにこと笑顔で割って入った。ちょっとした家族の騒ぎはいったん終了。皇妃殿下が「皇帝夫妻は最後」と言ってしまったら、誰も逆らえないわ。ルヴィ兄様は肩を竦めて、賛否を避けた。
「クラウスは加わらないのね」
「美しいトリアを見ているだけで、手一杯でした」
惚気たクラウスの言葉に、はっとした顔で皆が振り返った。何か気になることがあったかしら?
「トリアと、呼び捨てに?」
「いつからでしょうか」
「俺は知らん」
兄三人が三様に口にするのを無視した。
「夫婦仲がよくて安心したぞ」
にこやかにガブリエラ様が加わったので、何気なく「そちらこそ」と返したら首が赤くなる。笑顔が引きつって固まった。もしかして、遅れた理由が二組とも同じ、とか……え? そんなことある?
「さ、急ぐぞ」
誤魔化したガブリエラ様は、すぐにすまし顔。お父様が照れて顔を逸らした。確定ね。
エリーゼが促す笑みを深くしたので、これ以上待たせたら叱られるわ。クラウスが差し出す腕に絡め、微笑みを作る。さあ、社交の始まりよ。
お披露目の場へ足を踏み入れ、拍手で迎えられる。元帥で大公のフォルト兄様とアデリナ、宰相職に就くエック兄様も大公ね。コルネリアと仲良く入場した。先ほどと打って変わった威厳を湛えたお父様が、ガブリエラ様と親しげに続く。
階段三段分だけ高い皇族席で待つ私達に向かい、マルグリットをエスコートするルヴィ兄様が入った。ここで全員揃って会釈する。深く頭を下げた貴族がゆっくりと五秒数えて、頭を上げた。その中に驚くべき人がいて……私は思わず呟いていた。
「……側妃様?」
488
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
王子様への置き手紙
あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので
ふわふわ
恋愛
「婚約破棄?
……そうですか。では、私の役目は終わりですね」
王太子ロイド・ヴァルシュタインの婚約者として、
国と王宮を“滞りなく回す存在”であり続けてきた令嬢
マルグリット・フォン・ルーヴェン。
感情を表に出さず、
功績を誇らず、
ただ淡々と、最善だけを積み重ねてきた彼女に突きつけられたのは――
偽りの奇跡を振りかざす“聖女”による、突然の婚約破棄だった。
だが、マルグリットは嘆かない。
怒りもしない。
復讐すら、望まない。
彼女が選んだのは、
すべてを「仕組み」と「基準」に引き渡し、静かに前線から降りること。
彼女がいなくなっても、領地は回る。
判断は滞らず、人々は困らない。
それこそが、彼女が築いた“完成形”だった。
一方で、
彼女を切り捨てた王太子と偽聖女は、
「彼女がいない世界」で初めて、自分たちの無力さと向き合うことになる。
――必要とされない価値。
――前に出ない強さ。
――名前を呼ばれない完成。
これは、
騒がず、縋らず、静かに去った令嬢が、
最後にすべてを置き去りにして手に入れる“自由”の物語。
ざまぁは静かに、
恋は後半に、
そして物語は、凛と終わる。
アルファポリス女子読者向け
「大人の婚約破棄ざまぁ恋愛」、ここに完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる