218 / 222
番外編
10.謀略は神々の遊戯だ ***ウルリヒ
兄上と義姉上が引退したとき、正直迷った。後継に座を譲るべきか、その決断を留めたのはジルヴィアの存在だ。トリアにそっくりな皇女は、当然のように俺に命じた。いや、本人にそこまでの覚悟はなかったのか?
「大叔父様、私の味方をしてくださらない?」
トリアにそっくりな顔と声で、無邪気に強請る。大神官九人の頂点に立つ、事実上の支配者に……軽い口調で要請した。その言葉や振る舞いがトリアにそっくりだ。
「いいでしょう、お付き合いします」
穏やかな顔で答える。あの日、彼女ならば私を上手に使いこなすのかもしれないと思った。表に立つ大神官としての『私』と、元皇弟であった『俺』は矛盾だらけだ。刃物に例えるなら、柄や鞘がない。使えば己の指を落としかねない危険な抜き身を、ジルヴィアは選んだ。
女帝の素質はあるだろう。実母がヴィクトーリアで、育てたのがマルグリットだ。あのマルグリットも、一侯爵令嬢とは思えない才媛だった。
祈りのために跪いていた姿勢で、ゆっくりと顔を上げる。見上げる先には守護神の像、正義と断罪を司る神にもう一度深く頭を下げてから立ち上がった。祈りの間には、様々な信者の声が集う。奥にある儀式のための広間より、表にある祭壇の間で祈ることを心掛けてきた。
人の目に見える場所で、人々の祈りを背に受ける。皇族である立場を捨て、神職を選んだことを忘れないように。己が神々の一部であり、手足であることを驕らぬように。娘の病の快癒を祈る母親、老いた父の平安を祈る息子、恋人との仲を保ちたいと願う娘。様々な祈りが捧げられていた。
「ウルリヒ大神官様、他の大神官様がお待ちです」
「いま、参ります」
ジルヴィアはトリアを映す鏡だ。女帝にならない道を選択したトリアの代わりに、リヒター帝国の頂点に立つ。ジルヴィアの能力も覚悟も十分すぎるほど足りていた。後押しが少しばかり必要なだけ。弟妹達は皇位に興味がないように振る舞いながら、姉を助けようとしていた。
我が一族は結局、血が薄まっても変わらないらしい。親族への愛情は強く、その執着は時に危険なほどだ。それでも行動に移さず、愛した存在を高めようとする。自己犠牲も厭わないほどに。俺がトリアに抱いた愛情にそっくりではないか。
男児であり、皇帝の長男として生まれたレオンハルトはさっさと絵描きを選んだ。得意なものに没頭する形で、姉の邪魔にならないよう退場する。妹ゲアリンデは姉の補佐に回るつもりらしい。二人とも姉ジルヴィアが女帝になったら、牙を剥く敵から守る盾になるはずだ。
大神官達が待つ部屋で、ゆったりと裾を捌いて上位席に腰掛ける。見回す八人の顔ぶれは、ここ十年程でかなり入れ替わった。年齢を理由に、リヒター帝国までの旅が耐えられないと隠居した者もいる。己の親族に大神官の座を譲り、神々の元へ召された者もいた。
あと十年もすれば、『私』も表舞台を下りる。その時までに足固めをしてやろう。『俺』に出来る最高の演出で、即位式を盛り立てる。そこで終わりだ。隠居したら何をしようか。兄上や義姉上の邪魔をするのも気が引ける。
静かな別邸の一つを選んで、そこで余生を過ごす。年に一度か二度、皆と顔を合わせる機会があればいい。読まずにため込んだ本を消化して、棚一面に並べてみようか。ああ、悪くない。近い未来の話を想像しながら、準備を進めるとしよう。
各大神官が近状を報告していく。その中で、一つだけ大きな報告があった。
「プロイス王国が降伏を決めました。あと少しですな」
プロイス王国の大神官となったバルナバスだ。彼は代替わりしたばかりでまだ若い。野心家であり、敬虔な信者でもある。大神官の中では一番若いが、それでも四十代だった。彼を後継にして、その下に再び皇族の血を入れるか。
何にしろ、プロイス王国の降伏宣言のために骨を折ってくれたようだ。ねぎらいは必要だな。
「ご苦労でした。バルナバス殿には話があります」
この一言で報告を終えた大神官七人が一礼して出ていく。残ったバルナバスの目に、期待の光が宿っていた。さあ、どのように切り出し……いかようにして操ろうか。久しぶりに駆け引きを楽しめそうだ。九柱の神々よ、我が謀略の遊戯をご照覧あれ。
「大叔父様、私の味方をしてくださらない?」
トリアにそっくりな顔と声で、無邪気に強請る。大神官九人の頂点に立つ、事実上の支配者に……軽い口調で要請した。その言葉や振る舞いがトリアにそっくりだ。
「いいでしょう、お付き合いします」
穏やかな顔で答える。あの日、彼女ならば私を上手に使いこなすのかもしれないと思った。表に立つ大神官としての『私』と、元皇弟であった『俺』は矛盾だらけだ。刃物に例えるなら、柄や鞘がない。使えば己の指を落としかねない危険な抜き身を、ジルヴィアは選んだ。
女帝の素質はあるだろう。実母がヴィクトーリアで、育てたのがマルグリットだ。あのマルグリットも、一侯爵令嬢とは思えない才媛だった。
祈りのために跪いていた姿勢で、ゆっくりと顔を上げる。見上げる先には守護神の像、正義と断罪を司る神にもう一度深く頭を下げてから立ち上がった。祈りの間には、様々な信者の声が集う。奥にある儀式のための広間より、表にある祭壇の間で祈ることを心掛けてきた。
人の目に見える場所で、人々の祈りを背に受ける。皇族である立場を捨て、神職を選んだことを忘れないように。己が神々の一部であり、手足であることを驕らぬように。娘の病の快癒を祈る母親、老いた父の平安を祈る息子、恋人との仲を保ちたいと願う娘。様々な祈りが捧げられていた。
「ウルリヒ大神官様、他の大神官様がお待ちです」
「いま、参ります」
ジルヴィアはトリアを映す鏡だ。女帝にならない道を選択したトリアの代わりに、リヒター帝国の頂点に立つ。ジルヴィアの能力も覚悟も十分すぎるほど足りていた。後押しが少しばかり必要なだけ。弟妹達は皇位に興味がないように振る舞いながら、姉を助けようとしていた。
我が一族は結局、血が薄まっても変わらないらしい。親族への愛情は強く、その執着は時に危険なほどだ。それでも行動に移さず、愛した存在を高めようとする。自己犠牲も厭わないほどに。俺がトリアに抱いた愛情にそっくりではないか。
男児であり、皇帝の長男として生まれたレオンハルトはさっさと絵描きを選んだ。得意なものに没頭する形で、姉の邪魔にならないよう退場する。妹ゲアリンデは姉の補佐に回るつもりらしい。二人とも姉ジルヴィアが女帝になったら、牙を剥く敵から守る盾になるはずだ。
大神官達が待つ部屋で、ゆったりと裾を捌いて上位席に腰掛ける。見回す八人の顔ぶれは、ここ十年程でかなり入れ替わった。年齢を理由に、リヒター帝国までの旅が耐えられないと隠居した者もいる。己の親族に大神官の座を譲り、神々の元へ召された者もいた。
あと十年もすれば、『私』も表舞台を下りる。その時までに足固めをしてやろう。『俺』に出来る最高の演出で、即位式を盛り立てる。そこで終わりだ。隠居したら何をしようか。兄上や義姉上の邪魔をするのも気が引ける。
静かな別邸の一つを選んで、そこで余生を過ごす。年に一度か二度、皆と顔を合わせる機会があればいい。読まずにため込んだ本を消化して、棚一面に並べてみようか。ああ、悪くない。近い未来の話を想像しながら、準備を進めるとしよう。
各大神官が近状を報告していく。その中で、一つだけ大きな報告があった。
「プロイス王国が降伏を決めました。あと少しですな」
プロイス王国の大神官となったバルナバスだ。彼は代替わりしたばかりでまだ若い。野心家であり、敬虔な信者でもある。大神官の中では一番若いが、それでも四十代だった。彼を後継にして、その下に再び皇族の血を入れるか。
何にしろ、プロイス王国の降伏宣言のために骨を折ってくれたようだ。ねぎらいは必要だな。
「ご苦労でした。バルナバス殿には話があります」
この一言で報告を終えた大神官七人が一礼して出ていく。残ったバルナバスの目に、期待の光が宿っていた。さあ、どのように切り出し……いかようにして操ろうか。久しぶりに駆け引きを楽しめそうだ。九柱の神々よ、我が謀略の遊戯をご照覧あれ。
あなたにおすすめの小説
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。