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33章 人族の勢力バランスなんて知らん

450. シスコンは魔王と通じ合う

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 紅茶を手元に引き寄せて、温度を確認する。常にルシファーが気遣っているため、完全に猫舌のリリスは大人しく待っていた。冷ました紅茶を差し出され、両手でカップを包んで口元に運ぶ。その外側を支える魔力を使いながら、ルシファーが先を促した。

「彼らと知り合いのようだが?」

 リリスの面倒を見るルシファーを見ながら、要望したサンドウィッチを頬張るアベルが慌てて飲み込んだ。人懐こい子供姿のルキフェルに面倒を任せたせいか、妙に馴染んでいる。遠慮も無くなってきて、それはそれでよい傾向だとルシファーは微笑んだ。

 異世界から無理やり召喚されたならば、帰すまで平穏に快適に過ごしてもらいたい。魔王城でそれが叶うなら、咎め立てする理由はなかった。

「っく……ふぅ」

 喉に詰まりそうなパンを紅茶で流し込み、アベルはとんとんと胸元を叩いて詰まった食べ物を胃に落とす。一息ついてから話を始めた。

「僕と同じ世界の人たちです。僕の学校……学校ってわかります?」

「ああ、こちらにも様々な学校がある」

 貴族の礼儀作法を教えていたり、職業訓練に近い平民が多く通う学校もある。中には一族の歴史や特性を説明する塾に近いものまで、大小さまざまな学び舎が存在した。人族は誤解しがちだが、1人あたりの読書量は人族をはるかに凌ぐ。

「ならよかった。学校で僕の先輩だったのが、清野きよの勲矢いざやさんです。その妹が杏奈あんなさんで、聖女でした」

 名前が判明したところで、事情を聞いている側近少女達は顔を見合わせた。

「質問してもいいかしら」

 ルーシアがアベルに声をかける。青い髪と瞳をもつ水の妖精族の少女の問いかけに、アベルがちょっと照れた様子で頷いた。今までほとんど接触がなかったが、美少女に分類される彼女らが同席した状況に気持ちが高ぶっているらしい。

「聖女がセンパイの妹さんだと気づかなかったのですか?」

 アスタロトがいれば、彼は同じ質問をしただろう。気になる着目点が近いという意味で、ルーシアは優秀な文官になれそうだ。違う部分に着目しながら話を聞くルシファーが、ぱくりと口を開けた。リリスが差し出したお菓子は「あ~ん」の言葉と一緒に、ルシファーの口に放り込まれる。

「美味しいよ、リリス」

「陛下。お話に集中してくださいませ」

 ルーサルカに叱られ、ルシファーが「こんなところまで似なくても」と呟く。庇おうというのか、ルシファーの髪を握って首に抱き着いたリリスが、ルーサルカに説明を始めた。

「違うの、リリスがあげたの! だからパパ悪くないよ」

「わかっております。リリス様」

 シトリーが纏めたところで、ようやく口を挟める状況になったアベルが最後のサンドウィッチを飲み込みながら、再び説明の続きを始めた。

「妹がいるって、先輩が教えてくれなかったんですよ」

「当然だ。悪い虫がつく」

 むっとした口調のイザヤに、激しく同調するルシファーが「わかる」と声をあげた。妹の肩を抱いてアベルから庇うところまでセットで、同意して理解する魔王である。もしリリスに悪い虫が近づいたらと考えるだけで、存在すら隠すレベルだろう。

 可愛いからと攫われたり、危害を加える輩などバラバラにしても構わない。いっそ誰にも見せず、自分だけの空間に閉じ込めたら安心できるのに。目と目で通じ合う魔王と召喚者イザヤだが、周囲はそんなヤンデレを理解するはずはなかった。

「陛下、少しの間静かに話を聞いてください」

 ルーサルカの叱り方が養父のアスタロトそっくりだ。これで笑顔で言いくるめるようになったら要注意だった。

「リリスと同じこと言われてる」

 自分がされた注意を繰り返されたルシファーにしがみついて、はしゃいでいる。首に手を回した幼女を支えながら、ちらりと見えてしまったリリスの白い足をスカートで覆った。

「とにかく、そなたらは全員顔見知りで構わないのだな?」

「はい」

「そうです」

 勇者と聖女が頷いたことで、話が一段落する。そこでルシファーが別の話を切り出した。

「イザヤだったか。なぜ余を狙った?」

「……魔王を殺せば帰れると聞いたからだ」

 誰に聞いたと問う前に、紅茶を飲み干したアベルが「もしかして、あのデブい国王?」と眉をひそめた。どうやら心当たりがあるようだ。

「ああ」

「僕が勇者として戦いに行かされた時と同じセリフです」

 不機嫌そうに吐き捨てたアベルの前に、新しいパンが並ぶ。囚われていた兄妹には、温かいスープが運ばれた。アデーレが「どうぞ」と促すと、恐る恐るスプーンを手にした聖女が一口飲む。じわりと胸に沁みる温かさに、ぽろりと涙が出た。

「あ、やっぱり。僕も魔王城でご飯食べた時、泣けたんです」

 食べ物を与えられず、人扱いされなかった状態から脱したと安堵した瞬間、心が解れるのだろう。涙を拭いながら食事をするイザヤとアンナが落ち着くまで、ルシファーはゆっくり紅茶を傾けた。
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