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54章 世界の終わりにも似て
743. 子供の保護は最優先
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この子も魔の森の影響を受けたのかと不安になる。しかしカルンは「へいき」と言い切った。先ほど走り回っていた様子からも異常はなさそうだ。ほっとする反面、肌の色が変わるという異常事態に、隣のルキフェルを振り向いた。
「失礼ですが、肌の色が変わる事例ってよくあるんですか?」
研究職のルキフェルは一度読んだ本の内容を暗記すると聞いた。それが特技であり、彼の欠点でもあると……義父は少し悲しそうに教えてくれたのだ。彼ならば知っている事例かもしれない。じっと観察しながら、ルキフェルは手を伸ばし「触れるから」と前置いて肌をなぞる。
「僕が知る事例は、ドライアドが干からびた時に肌が黒くなった話だけど……乾燥してないみたいだね」
不思議そうに呟く姿に、ルキフェルは知らないのだと落胆した。だが、ルキフェルの話はまだ途中だ。
「見た目が潤っていても、水辺の民なら乾燥の危険性があるよ。カルンは海の種族だし」
海から来たという磯の香りがする種族が、ずっと地上にあれば乾燥する。それが幼子なら自分の不調に疎いのも当たり前だった。そう考えて忠告したルキフェルが肩を竦める。
「ありがとうございます」
慌てて礼を口にしたルーサルカへ、難しそうに付け加えた。
「今は海水がないから……困ったね」
海辺の地区は、人族の反乱があったと報告が上がっている。数ヶ所で魔の森があった場所へ侵入されたため、魔王軍が動いた。カルンにとって必要でも、いま彼を海へ送り届けるのは危険が伴う。
「海水だけなら、なんとかなるぞ」
軽い口調で話に混じったのは、魔王ルシファーだった。片腕で抱き上げたリリスは首に手を回し、ずっと歌を歌っている。幼さを通り越し、彼女の様子は赤子同然だ。このまま連れ歩くことはマイナス効果と判断し、一度魔王城内へ戻るところだった。
「リリスの世話を頼みたいので、ルーサルカと誰か一緒に来てくれ。カルンが必要とする海水は、風呂ぐらいの大きさで足りそうか?」
「おそらく」
ルキフェルが答える。水辺の種族特有の乾燥が原因なら、お風呂程度の海水に浸れば肌は自然と潤うはずだ。大きく頷いたルキフェルが、小さな声で確認した。
「……リリス、僕がわかる?」
曲を口遊むリリスの声が途切れ、リリスは赤い瞳で、食い入るようにルキフェルを眺める。ふだんより瞳が大きく見えるのは、幼女の頃を思い出させた。
「ロキちゃん」
にっこり笑ったリリスの呟きに、誰もが安堵の息をついた。一番安心したのは、ルシファーだろう。目に見えて口元が柔らかくなった。頬擦りしたルシファーを指差し、「パパ」と呼ぶ。
「賢いな。リリスはいい子だ」
言葉を話し始めた頃に戻ったように、リリスは単語での会話だった。それが哀れに思う反面、愛らしく無垢な幼女の仕草に懐かしさを覚える。褒めるルシファーの声に、にこにことご機嫌のリリスはまた歌を歌い始めた。
「僕は城に残る予定だから、預かろうか?」
「できるだけ人目が少ない場所で、落ち着かせたい」
この状態が元に戻った時、リリスの評判を落とさない方法を選ぶルシファーは、肩を竦めた。連れ歩くつもりだったが、あまりに人目を引きすぎる。
ルーサルカは子供の手を引いて、レライエと合流した。説明する彼女が振る狐尻尾にしがみつくカルンは、見た目は元気そうだ。しかしリリスの例もあるため、子供の体調管理は難しかった。
元気そうに見えて、突然眠ったり、発熱したりする。カルンも同様の症状が出ないと言える状況ではなかった。突然苦しみだす可能性がある以上、彼もリリス同様に監視下に置く必要がある。
「わかった。僕が預かる」
リリスの周りに残るルーサルカ、レライエを残すなら、他の子供も集めて一ヶ所で管理した方がいい。ルキフェルの提案に、少し考えてルシファーも同意した。
己の身を守る術のない子供は、最優先で保護されるべき存在なのだから。
「失礼ですが、肌の色が変わる事例ってよくあるんですか?」
研究職のルキフェルは一度読んだ本の内容を暗記すると聞いた。それが特技であり、彼の欠点でもあると……義父は少し悲しそうに教えてくれたのだ。彼ならば知っている事例かもしれない。じっと観察しながら、ルキフェルは手を伸ばし「触れるから」と前置いて肌をなぞる。
「僕が知る事例は、ドライアドが干からびた時に肌が黒くなった話だけど……乾燥してないみたいだね」
不思議そうに呟く姿に、ルキフェルは知らないのだと落胆した。だが、ルキフェルの話はまだ途中だ。
「見た目が潤っていても、水辺の民なら乾燥の危険性があるよ。カルンは海の種族だし」
海から来たという磯の香りがする種族が、ずっと地上にあれば乾燥する。それが幼子なら自分の不調に疎いのも当たり前だった。そう考えて忠告したルキフェルが肩を竦める。
「ありがとうございます」
慌てて礼を口にしたルーサルカへ、難しそうに付け加えた。
「今は海水がないから……困ったね」
海辺の地区は、人族の反乱があったと報告が上がっている。数ヶ所で魔の森があった場所へ侵入されたため、魔王軍が動いた。カルンにとって必要でも、いま彼を海へ送り届けるのは危険が伴う。
「海水だけなら、なんとかなるぞ」
軽い口調で話に混じったのは、魔王ルシファーだった。片腕で抱き上げたリリスは首に手を回し、ずっと歌を歌っている。幼さを通り越し、彼女の様子は赤子同然だ。このまま連れ歩くことはマイナス効果と判断し、一度魔王城内へ戻るところだった。
「リリスの世話を頼みたいので、ルーサルカと誰か一緒に来てくれ。カルンが必要とする海水は、風呂ぐらいの大きさで足りそうか?」
「おそらく」
ルキフェルが答える。水辺の種族特有の乾燥が原因なら、お風呂程度の海水に浸れば肌は自然と潤うはずだ。大きく頷いたルキフェルが、小さな声で確認した。
「……リリス、僕がわかる?」
曲を口遊むリリスの声が途切れ、リリスは赤い瞳で、食い入るようにルキフェルを眺める。ふだんより瞳が大きく見えるのは、幼女の頃を思い出させた。
「ロキちゃん」
にっこり笑ったリリスの呟きに、誰もが安堵の息をついた。一番安心したのは、ルシファーだろう。目に見えて口元が柔らかくなった。頬擦りしたルシファーを指差し、「パパ」と呼ぶ。
「賢いな。リリスはいい子だ」
言葉を話し始めた頃に戻ったように、リリスは単語での会話だった。それが哀れに思う反面、愛らしく無垢な幼女の仕草に懐かしさを覚える。褒めるルシファーの声に、にこにことご機嫌のリリスはまた歌を歌い始めた。
「僕は城に残る予定だから、預かろうか?」
「できるだけ人目が少ない場所で、落ち着かせたい」
この状態が元に戻った時、リリスの評判を落とさない方法を選ぶルシファーは、肩を竦めた。連れ歩くつもりだったが、あまりに人目を引きすぎる。
ルーサルカは子供の手を引いて、レライエと合流した。説明する彼女が振る狐尻尾にしがみつくカルンは、見た目は元気そうだ。しかしリリスの例もあるため、子供の体調管理は難しかった。
元気そうに見えて、突然眠ったり、発熱したりする。カルンも同様の症状が出ないと言える状況ではなかった。突然苦しみだす可能性がある以上、彼もリリス同様に監視下に置く必要がある。
「わかった。僕が預かる」
リリスの周りに残るルーサルカ、レライエを残すなら、他の子供も集めて一ヶ所で管理した方がいい。ルキフェルの提案に、少し考えてルシファーも同意した。
己の身を守る術のない子供は、最優先で保護されるべき存在なのだから。
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