913 / 1,397
67章 襲撃の残り火
908. 事態の共有は推測を交えて
しおりを挟む
城の主が不在であろうと、重要な決定の申し渡しは謁見の間を使用する。決定内容を魔王が承認している、と内外に示す意味があった。
カイムを牢に残したまま、城の廊下を歩くベールとアスタロトは無言で視線を交わす。長年こういった事例の対応を行った彼らに会話は不要で、足早に謁見の間に入った。すでに定位置で待つルキフェルが、手元の資料を読んでいる。
「お疲れさん、ねえ……よく無事に確保したわね」
リリスのいる場所で攻撃を仕掛けるなんて、ルシファーに殺されるわよ。そう問うベルゼビュートは、ピンクの巻き毛を指先で弄りながら小首をかしげる。まだ関係者がいない広間は、無機質な冷たさで彼女の声を響かせた。
「どっちかというと、保護だけど。それに、危なかったのはそっちじゃない」
ルキフェルが資料から目を離さず、淡々と指摘した。ベルゼビュートは魔王を怒らせる心配をしたが、実際に感情のまま動いたのはアスタロトである。アベルの誘拐も含め、ここまでアスタロトが子煩悩になると誰も想像しなかった。アデーレが養女にした時は、興味を示さなかったのに。
あの場でルーサルカがケガでも負っていたら、犯人は鱗どころか皮ごと引ん剥かれたかも知れない。恐ろしい想像は絵空事ではなく、現実になりかねない危機的状況だった。意味深な言い回しに、ベルゼビュートの視線がアスタロトの上を流れる。凝視するのは危険と本能が訴え、目を逸らした。
「そうね」
曖昧な返答をして誤魔化しながら、ベルゼビュートも手元の資料を慌ててめくり始めた。署名や内容の検討は苦手だが、内容の把握能力はそれなりだ。そうでなければ、過去に魔王城の一時預かりがあった事件で、城の業務は破綻しただろう。
噂話も好きなので、様々な事情に通じている彼女は目を通した資料を頭の中で整理し始めた。カイムがラインの従兄弟で補佐役だとして、なぜ今頃になって動き出したのか。準備に時間がかかった? それにしても時期がおかしい。
「今頃、なのよねぇ~」
違和感に眉を寄せるベルゼビュートの脇に立ったアスタロトは、手にしたファイルをぱたんと畳んだ。魔王の入場がないため、いつもと違いルシファーの後ろから入る必要がない。定位置でアスタロトは隣の美女に指摘した。
「今だからこそ、でしょう」
今更になって行動を起こしたのではなく、今だから動いたのだ。そう言われてベルゼビュートは考えこんだ。向かいでベールに何か尋ねたルキフェルは納得した顔で頷く。
ラインはリリスに惚れていた。振り向かせることが出来ないなら、魔王と共に死ねばいいと憎むほどに……だとすれば、補佐役のカイムはその話を繰り返し聞かされただろう。洗脳するように染み込んだ意識は、ラインに近い共感を呼び起こす。
ラインが死んで消沈していた気持ちが回復し始めたところに、リリスの婚約成立の話が舞い込んだ。即位記念祭でお披露目されたリリスの黒いドレス姿は、男女問わず魔族の間に噂を振りまく。嫌でも耳に入る状況で、カイムはラインの気持ちに寄り添ってしまった。
よく言えば情が深く、悪く言えば思慮が足りない。もう少し付け加えるなら、単に自分達の悲劇に酔った状態だった。死んだラインが可哀想、自分達は悪くないのに、リリスとルシファーが幸せになるのはおかしい。
一度濁った感情は、泥が沈殿してもまた濁る。己の暗い感情を制御出来ない子供は、濁った泥に噎せて痛みを思い出した。短絡的に行動を起こした理由に思い至り、ベルゼビュートは肩を竦める。こんな事例は過去に何度も見て、対処してきた。
「当事者が死体にならなくてよかったわ」
断罪する前に消えてしまったら、死体に口なし――悪口や嫌味のひとつも言いづらくなるもの。相手に反論の機会がないのに罵るほどクズじゃないわ。そう言い放った精霊女王の冷淡さに、アスタロトとベールは顔を見合わせ、ルキフェルは入口に目を向けた。
「失礼いたします」
すでに到着したドラゴニア家の使者達は、丁寧に頭を下げて声掛かりを待った。
カイムを牢に残したまま、城の廊下を歩くベールとアスタロトは無言で視線を交わす。長年こういった事例の対応を行った彼らに会話は不要で、足早に謁見の間に入った。すでに定位置で待つルキフェルが、手元の資料を読んでいる。
「お疲れさん、ねえ……よく無事に確保したわね」
リリスのいる場所で攻撃を仕掛けるなんて、ルシファーに殺されるわよ。そう問うベルゼビュートは、ピンクの巻き毛を指先で弄りながら小首をかしげる。まだ関係者がいない広間は、無機質な冷たさで彼女の声を響かせた。
「どっちかというと、保護だけど。それに、危なかったのはそっちじゃない」
ルキフェルが資料から目を離さず、淡々と指摘した。ベルゼビュートは魔王を怒らせる心配をしたが、実際に感情のまま動いたのはアスタロトである。アベルの誘拐も含め、ここまでアスタロトが子煩悩になると誰も想像しなかった。アデーレが養女にした時は、興味を示さなかったのに。
あの場でルーサルカがケガでも負っていたら、犯人は鱗どころか皮ごと引ん剥かれたかも知れない。恐ろしい想像は絵空事ではなく、現実になりかねない危機的状況だった。意味深な言い回しに、ベルゼビュートの視線がアスタロトの上を流れる。凝視するのは危険と本能が訴え、目を逸らした。
「そうね」
曖昧な返答をして誤魔化しながら、ベルゼビュートも手元の資料を慌ててめくり始めた。署名や内容の検討は苦手だが、内容の把握能力はそれなりだ。そうでなければ、過去に魔王城の一時預かりがあった事件で、城の業務は破綻しただろう。
噂話も好きなので、様々な事情に通じている彼女は目を通した資料を頭の中で整理し始めた。カイムがラインの従兄弟で補佐役だとして、なぜ今頃になって動き出したのか。準備に時間がかかった? それにしても時期がおかしい。
「今頃、なのよねぇ~」
違和感に眉を寄せるベルゼビュートの脇に立ったアスタロトは、手にしたファイルをぱたんと畳んだ。魔王の入場がないため、いつもと違いルシファーの後ろから入る必要がない。定位置でアスタロトは隣の美女に指摘した。
「今だからこそ、でしょう」
今更になって行動を起こしたのではなく、今だから動いたのだ。そう言われてベルゼビュートは考えこんだ。向かいでベールに何か尋ねたルキフェルは納得した顔で頷く。
ラインはリリスに惚れていた。振り向かせることが出来ないなら、魔王と共に死ねばいいと憎むほどに……だとすれば、補佐役のカイムはその話を繰り返し聞かされただろう。洗脳するように染み込んだ意識は、ラインに近い共感を呼び起こす。
ラインが死んで消沈していた気持ちが回復し始めたところに、リリスの婚約成立の話が舞い込んだ。即位記念祭でお披露目されたリリスの黒いドレス姿は、男女問わず魔族の間に噂を振りまく。嫌でも耳に入る状況で、カイムはラインの気持ちに寄り添ってしまった。
よく言えば情が深く、悪く言えば思慮が足りない。もう少し付け加えるなら、単に自分達の悲劇に酔った状態だった。死んだラインが可哀想、自分達は悪くないのに、リリスとルシファーが幸せになるのはおかしい。
一度濁った感情は、泥が沈殿してもまた濁る。己の暗い感情を制御出来ない子供は、濁った泥に噎せて痛みを思い出した。短絡的に行動を起こした理由に思い至り、ベルゼビュートは肩を竦める。こんな事例は過去に何度も見て、対処してきた。
「当事者が死体にならなくてよかったわ」
断罪する前に消えてしまったら、死体に口なし――悪口や嫌味のひとつも言いづらくなるもの。相手に反論の機会がないのに罵るほどクズじゃないわ。そう言い放った精霊女王の冷淡さに、アスタロトとベールは顔を見合わせ、ルキフェルは入口に目を向けた。
「失礼いたします」
すでに到着したドラゴニア家の使者達は、丁寧に頭を下げて声掛かりを待った。
51
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる