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67章 襲撃の残り火

909. 断罪の場での失言

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「使者の入場を許可します」

 アスタロトの声は冷たかった。何度目だろうか、この声を冷え冷えとした気分で聞くのは……。エドモンドは吐きかけた溜め息を飲み込み、頭を上げた。ルキフェルがわずかに目を細め、ベルゼビュートは興味深そうに腰に手を当てて待っている。

 随行させた2人に合図して、エドモンドは敷かれた絨毯の上を歩いた。巨大な種族も入れるよう、天井を高く抜いて作られた広間は物音が良く響く。靴や蹄が甲高い音で響かぬよう、玉座の前は赤い絨毯が入口まで長く続いていた。

 印があるわけではない。だが、ぴたりと足を止めたエドモンドはその場で片膝をついた。立てた膝の上に腕を乗せ、逆の手は絨毯に拳として触れる。空の玉座に魔王ルシファーの純白の姿が見えているような、完璧な立ち振る舞いだった。

「ドラゴニア家当主、エドモンド。並びにエル・ドラゴニア家の代表にございます。この度はドラゴニアの名を冠する者から新たな罪人を出しましたこと、深くお詫び申し上げます」

 カイム少年を罪人と言い切ったエドモンドの表情に、迷いや阿る色はなかった。親族が起こした騒動を詫びに来ただけなのだ。ひとつ頷いたベールがぱちんと指を鳴らす。門番に連行されたカイムは、魔力を封じる首輪付きだった。

 魔力の流れ自体を阻害するため、竜化も出来ない。無力になった少年は両親と伯父の姿に目を潤ませた。助けが来たと勘違いしたのは明らかで、大公達はそれを正そうとしない。その態度に透けて見える判断をエドモンドは支持した。

「……我がドラゴニア家は、ラインに続きカイムまでが魔王陛下に弓引きました。双方ともに不名誉な手段を用い、ドラゴン種の名誉を地に堕としたこと、深く深くお詫びいたします。瑠璃竜王であられる大公ルキフェル様のご恩を仇で返す行為にございます」

 一族の当主であり、竜族という強者を束ねる伯父の平身低頭の謝罪に、カイムは身を震わせた。何を言っているのか、嫡男ラインを殺されたのに頭を下げるのか。純白が最強だと証明せず守られる魔王や、その妻となる黒髪の少女にどれほどの価値があるという?

「伯父上! ドラゴンの長がそのように頭を下げるなど!」

「黙れ、その口をねじ切られたいか」

 低く唸るエドモンドの声に、びくりと肩を揺らした。立てていた片膝を折り、正座して平伏する。大公ではなく、空の玉座へ向けて。

「なっ! なぜ……うぐぐぅ」

 騒がしい子供の口を、ベールが一睨みで封じる。震わせる喉を拘束する魔力は、魔法と呼ぶほど洗練されていなかった。ただ力に任せて押さえつける。養い子ルキフェルを軽んじた子供に、魔王軍を率いる男は容赦しなかった。

 さきほど、カイムは「ドラゴンの長」とエドモンドを評した。ある意味、正しいのかもしれない。ルキフェルはすべての竜族の頂点に立つ「瑠璃色の神竜王」だが、普段は大公としてドラゴンの政務に関与しなかった。そのため子供が勘違いした……と許せるものではない。

 ルキフェルの配下にライン、その部下にカイムが続くのだ。彼の思い上がりは、今後の竜族の行く末にかかわる危険な考え方だった。ドラゴニア家は貴族だが、それは支配者という意味ではない。あくまでも魔王の代理として、人々の生活を支援する立場なのだ。

 執政者は民の陳情を聞き、公平な判断を下し、徴収した税を魔王城へ納める。その税を平等に民の利益に還元するのは、魔王や大公の職務だった。貴族はまとめ役であり、魔王城へ民の陳情を伝える使者であり、緊急時には民の盾となり守る存在だ。

 尊敬されることはあっても、貴族に支配される人族のような構図はありえなかった。魔王の下に民が従うのは、力ゆえの恐怖だけではないのだから。当事者より怒りを露わにするベールが眉をひそめた。歯向かえば滅ぼすだけの話だ。しかし……彼はさらに酷な決断を口にした。
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