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31.籠絡って何ですか

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 アルドワン王国が古代帝国の血を受け継ぐからといって、他国からの表敬訪問が多いわけではない。当然、一王女に過ぎない私が、謁見に慣れているはずはなくて。

「モンターニュ国王陛下ならびに王妃殿下、ご機嫌麗しゅう。アルドワン王国の第二王女アンジェルがお目にかかります」

 深く頭を下げて挨拶するも、何となく締まらない。その原因は、エル様にあった。

「エル様、おろしてください」

「ならん」

 この一言で却下され、左腕に座ったままの挨拶となった。飛び降りようと試みたものの、思ったより高い。それに靴の踵が尖っているので、ケガをする可能性もあった。服や髪が乱れても困る。結局、どう言い訳しても怖いものは怖いの。

 失敗したり、万が一にもエル様がケガをしたらと思えば、我慢するのが正解よね。こんな失礼な挨拶で、怒られないかしら。泣きそうな気持ちになった。

「これは丁寧な挨拶痛みいる……フェルナン、無理強いはいけないよ」

「無理強いではございません。陛下」

「昔のように兄上と呼んでほしいのだが……」

 その件はまた後日。ぴしゃんと言い切られ、国王陛下は眉尻を下げてしまった。顔を上げた私は、お二人を失礼なほど見つめてしまう。

 陛下はエル様と兄弟だけあって、本当によく似ているわ。お顔の造形はほぼ同じ、でも髪色が焦げ茶みたい。少し明るい色をしていた。瞳の色も琥珀じゃなく、森の緑だ。夏の濃さより春の柔らかい木の芽に似た優しい色だった。

 王妃様は白い肌に艶のある黒髪、瞳は柔らかな茶色だ。榛色が近いかも。お顔が穏やかな笑みを浮かべて、すごく美しい人だわ。それに肌が抜けるように白いの。高級なお塩の色みたい。

 自分が知っている色や物に喩えながら観察し、私は自分も凝視されている事実に気づいた。慌ててエル様の肩をぽんと叩く。耳に口を寄せた。

「おろしてください、エル様。私、自分で歩けます」

「ケガをしたらどうする。今日は踵の高い靴なのだ、危ないから我慢しなさい」

 命じる口調で言われると、夫に従うのが正しいのかな? と迷ってしまう。謁見の大広間には、侍女が同行できない。だから尋ねることもできなかった。

「はっはっは! これはまた、我が弟は随分あっさりと籠絡されたものだ」

 籠絡って……? 知らない単語にぱちくりと瞬いた私の様子に、王妃殿下がぱちんと扇を畳んだ。その音にびくっと身を震わせたが、予想外のことが起きた。

 閉じた扇で、王妃殿下が国王陛下を叩いたのだ。ぺちっと軽い音で、でも頭の上を。不敬じゃないかしら、とか。これって王妃殿下の方が強いってこと? とか。疑問が湧いては消えていく。

「いてっ」

「あんた、言葉を慎んでください。そんな風だから、フェルナン殿下に嫌われるのです」

 叩かれた頭を撫でながら、陛下が「すまん」と謝った。え? 王様が謝っていいの? 家族だからいいのかな。でも謁見の広間なのに。

 私が習ったのは、謁見の広間は公式の場だから、家族でも愛称で呼んではいけない。言葉も公式のもので、記録されるから注意するように、と。それがこの国では違うのかしら。やっぱり常識の違いで、国同士は誤解が起きて戦争になるんだわ。

 歴史の先生に習った通り。自分の知る世界観に当て嵌め、私は納得した。エル様が私を抱っこしたがるのも、国の慣習の違いよ。それなら仕方ないわ。
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