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36.あと20年若ければ譲らなかった
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ようやく大切な人の隣にいる権利を得た。美しく気高い彼女は傷つけられ、今は家族と傷を癒している。そんな彼女を守りたかった。
王家はもちろん、害をなす者を排除する。そのために隣に立つ権利が欲しかった。名を覚えて呼んでもらえる距離を、どれだけ求めたか。
母の実家に養子に入ると望んだ時、父はしばらく無言だった。母は「仕方のない子ね。途中で諦めてはだめよ」と口にする。頷いたカストを見詰める父が、ひとつ大きな溜め息を吐いた。視線を逸らさない息子へ、苦笑を向ける。
「お前の覚悟はわかった。ピザーヌ伯爵家の家督を取り上げるから、好きに生きろ。ロレンツィ侯爵に拒まれても、帰る場所はないぞ」
厳しい言葉と裏腹に、目尻を下げて穏やかな口調だった。従兄弟の中から伯爵家の後継は選ばれるだろう。戻る道を断ち、ロレンツィ侯爵である叔父を頼った。覚悟を確認した叔父は「見事だ」と一言、短く褒めた。嘘偽りのない本音が嬉しい。
カストは己の全てを捧げる覚悟を示した。ここまでしても、受け入れるかどうかはジェラルディーナの心ひとつ。拒まれたら、覚悟も決断も何もかも無に帰す。それでも後悔しないと言い切れた。だからこその行動……彼の心と実力を認めたからメーダ伯爵は協力するのだ。
姫が騎士を拒んだら、メーダ伯爵家の家督を譲ってもいい。そんな思惑もあった。
「良かったな」
ぽんと肩を叩かれ、お茶会が終わった庭で膝から崩れ落ちる。安堵したら力が抜けた。そう笑うカストを、アロルドは高く評価している。
「ありがとうございます、安心しました」
屈託なく笑う若さに苦笑し、ぼそっと呟く。
「あと20年若ければ、譲らなかったが……仕方ない」
弟リベルトと一回り近く年が離れていた。姪であるジェラルディーナと年齢差は、祖父と孫でも通る。伯父という血の近さだけなら、その後数代に渡り遠い血筋との婚姻を繋ぐことで解消が可能だった。そんな事情をさらっと匂わせ、アロルドは残念そうに肩を落とす。
「……アロルド様が今のお歳で、本当に助かりました。そうでなければ、私は近づく前に排除されたでしょう」
「ふむ、世辞にしては上等だ。ところで、姫が気に入っておられた菓子だが、あれは侯爵家の料理人が作ったものか?」
「いえ、違います」
「ならば有名な菓子店か。店の名前を教えてくれ」
姫のためにまた買ってこよう。そう言われ、カストは困ったと眉尻を下げる。その様子に怪訝そうな顔をしたアロルドは、次の言葉に固まった。
「あれは私が作りました」
「…………は?」
「ですから、私の作った菓子です」
アロルドが思い浮かべたのは、カップケーキの繊細な飾り付けだった。ピンクのクリームが丁寧に塗られ、その上へ絞り出された模様は均等で美しかった。さらに薔薇のジャムが品よく飾られ、砂糖で象ったミニ薔薇が並ぶ。あの芸術品のようなケーキを、この騎士が?
膝から崩れていた男は立ち上がり、服の埃を叩いている。上から下までしっかり眺め、もう一度頭の天辺まで眺めた。
「意外でしょうが、母上がお好きなのです」
作るのが? それとも食べるのが? 尋ねてはいけない気がして、アロルドはぎこちなく「そうか」とだけ答えた。
王家はもちろん、害をなす者を排除する。そのために隣に立つ権利が欲しかった。名を覚えて呼んでもらえる距離を、どれだけ求めたか。
母の実家に養子に入ると望んだ時、父はしばらく無言だった。母は「仕方のない子ね。途中で諦めてはだめよ」と口にする。頷いたカストを見詰める父が、ひとつ大きな溜め息を吐いた。視線を逸らさない息子へ、苦笑を向ける。
「お前の覚悟はわかった。ピザーヌ伯爵家の家督を取り上げるから、好きに生きろ。ロレンツィ侯爵に拒まれても、帰る場所はないぞ」
厳しい言葉と裏腹に、目尻を下げて穏やかな口調だった。従兄弟の中から伯爵家の後継は選ばれるだろう。戻る道を断ち、ロレンツィ侯爵である叔父を頼った。覚悟を確認した叔父は「見事だ」と一言、短く褒めた。嘘偽りのない本音が嬉しい。
カストは己の全てを捧げる覚悟を示した。ここまでしても、受け入れるかどうかはジェラルディーナの心ひとつ。拒まれたら、覚悟も決断も何もかも無に帰す。それでも後悔しないと言い切れた。だからこその行動……彼の心と実力を認めたからメーダ伯爵は協力するのだ。
姫が騎士を拒んだら、メーダ伯爵家の家督を譲ってもいい。そんな思惑もあった。
「良かったな」
ぽんと肩を叩かれ、お茶会が終わった庭で膝から崩れ落ちる。安堵したら力が抜けた。そう笑うカストを、アロルドは高く評価している。
「ありがとうございます、安心しました」
屈託なく笑う若さに苦笑し、ぼそっと呟く。
「あと20年若ければ、譲らなかったが……仕方ない」
弟リベルトと一回り近く年が離れていた。姪であるジェラルディーナと年齢差は、祖父と孫でも通る。伯父という血の近さだけなら、その後数代に渡り遠い血筋との婚姻を繋ぐことで解消が可能だった。そんな事情をさらっと匂わせ、アロルドは残念そうに肩を落とす。
「……アロルド様が今のお歳で、本当に助かりました。そうでなければ、私は近づく前に排除されたでしょう」
「ふむ、世辞にしては上等だ。ところで、姫が気に入っておられた菓子だが、あれは侯爵家の料理人が作ったものか?」
「いえ、違います」
「ならば有名な菓子店か。店の名前を教えてくれ」
姫のためにまた買ってこよう。そう言われ、カストは困ったと眉尻を下げる。その様子に怪訝そうな顔をしたアロルドは、次の言葉に固まった。
「あれは私が作りました」
「…………は?」
「ですから、私の作った菓子です」
アロルドが思い浮かべたのは、カップケーキの繊細な飾り付けだった。ピンクのクリームが丁寧に塗られ、その上へ絞り出された模様は均等で美しかった。さらに薔薇のジャムが品よく飾られ、砂糖で象ったミニ薔薇が並ぶ。あの芸術品のようなケーキを、この騎士が?
膝から崩れていた男は立ち上がり、服の埃を叩いている。上から下までしっかり眺め、もう一度頭の天辺まで眺めた。
「意外でしょうが、母上がお好きなのです」
作るのが? それとも食べるのが? 尋ねてはいけない気がして、アロルドはぎこちなく「そうか」とだけ答えた。
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