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61.種を蒔くべき場所と時期
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カスト様には既に相談済みです。夫になる人に隠す内容ではありませんし、夫婦間で秘密を持つのは良くありませんから。お父様とお母様も秘密は作らない、と仰っていました。それが夫婦円満の秘訣なのでしょう。
カスト様も今頃はお父様に提案なさっているかも知れません。ですが、これは娘である私から相談すべきです。用意された紅茶を前に口元が緩みました。この茶器はお母様愛用のお品ですね。柔らかな曲線のカップの縁が花びらの形になっていて、黄色いお花のよう。中はお茶の水色がわかるように、ほぼ白です。底に小さな小鳥が描かれているのが、愛らしい。
王宮で使われていた食器ではなかったことに、安堵の息を吐きました。あの頃はお茶のマナーひとつでも叱られて、美味しいと思う余裕はありませんでしたから。
「何か悩みがあるのかしら」
薔薇の形をした砂糖をひとつ、沈めたお母様のスプーンがくるりと回ります。私は近くにあった薔薇のジャムを入れました。花びらが開くように舞う紅茶を一口。気持ちを落ち着けてから、口を開きました。
「お母様、私とカスト様が結婚したら……旧シモーニ公爵領をくださいませんか?」
「あら」
驚いて目を見開いたのに、お母様はあらかじめ知っていたみたいに微笑みます。
「国王の補佐では不服?」
「いいえ」
「ダヴィードが国王になるまで、期間が長いから待ちきれない?」
「いいえ。違いますわ」
わざとそのような尋ね方をなさるのですね。これは王子妃教育で習いました。駆け引きのひとつでしょう? 私から何を引き出したいのかしら。
「私とカスト様が王家に残ることは、要らぬ種を蒔く行為だからですわ。芽吹いて育ってしまえば、引き抜くことも出来なくなります。ならば、種を別の場所に蒔くべきです」
お父様やお母様が健在なうちは、誰も手を出さないでしょう。アロルド伯父様も牽制してくださいます。ただ、ダヴィードが国王を継いでしまったら? 素敵な令嬢と結婚して、彼女が王妃になったら。その時に「未来の王妃」と呼ばれた私が、ダヴィードの傍らに立つことは、悪影響ばかりです。
私やカスト様を担いで、国王の地位を簒奪しようとする者が現れるかも知れません。それなら対抗のしようもありますが、一番の懸念は……次世代です。私の子と弟ダヴィードの子が争うような未来は、絶対に嫌でした。
「私が子を諦めれば、或いは……叶うのでしょうか」
弟と仲良く生きていきたい。必要としない権力や財を巡って、争う未来など欲しくありません。すべての想いと願いを込めて呟いた私は、お母様に抱き締められていました。立ち上がったお母様の腹部に顔を埋め、温もりと甘い香りに目を閉じます。恐る恐る回した腕でお母様の背を抱きました。
「あなたに決断できると思わなくて、驚いた以上に嬉しいのよ。他人に定められた、未来の王妃の地位を捨てた。ルナ、覚えておいて。私達はあなたを愛しているわ。ずっと微笑みが絶えない、幸せの中で生きて欲しいの」
「私もお母様やお父様、ダヴィードが幸せであることを祈っています」
自分の口で、私が考えた言葉で告げることが出来た。それは自信になりました。これから公爵夫人として夫を支え、国王となる弟を支える。人形のように微笑んでいるだけの私にも、出来ることがわかったから。
「お許し、いただけますか?」
「ええ。リベルトもきっと喜ぶわ。ただ……」
心配そうにお母様が眉を寄せます。下から見上げる私は不安に駆られました。問題があるのでしょうか。
「アロルドお義兄様とダヴィードは、騒ぐかも知れないわね。説得は任せるわ」
「っ、はい!」
お母様に任せていただけたこと、しっかり結果を出しますね。
カスト様も今頃はお父様に提案なさっているかも知れません。ですが、これは娘である私から相談すべきです。用意された紅茶を前に口元が緩みました。この茶器はお母様愛用のお品ですね。柔らかな曲線のカップの縁が花びらの形になっていて、黄色いお花のよう。中はお茶の水色がわかるように、ほぼ白です。底に小さな小鳥が描かれているのが、愛らしい。
王宮で使われていた食器ではなかったことに、安堵の息を吐きました。あの頃はお茶のマナーひとつでも叱られて、美味しいと思う余裕はありませんでしたから。
「何か悩みがあるのかしら」
薔薇の形をした砂糖をひとつ、沈めたお母様のスプーンがくるりと回ります。私は近くにあった薔薇のジャムを入れました。花びらが開くように舞う紅茶を一口。気持ちを落ち着けてから、口を開きました。
「お母様、私とカスト様が結婚したら……旧シモーニ公爵領をくださいませんか?」
「あら」
驚いて目を見開いたのに、お母様はあらかじめ知っていたみたいに微笑みます。
「国王の補佐では不服?」
「いいえ」
「ダヴィードが国王になるまで、期間が長いから待ちきれない?」
「いいえ。違いますわ」
わざとそのような尋ね方をなさるのですね。これは王子妃教育で習いました。駆け引きのひとつでしょう? 私から何を引き出したいのかしら。
「私とカスト様が王家に残ることは、要らぬ種を蒔く行為だからですわ。芽吹いて育ってしまえば、引き抜くことも出来なくなります。ならば、種を別の場所に蒔くべきです」
お父様やお母様が健在なうちは、誰も手を出さないでしょう。アロルド伯父様も牽制してくださいます。ただ、ダヴィードが国王を継いでしまったら? 素敵な令嬢と結婚して、彼女が王妃になったら。その時に「未来の王妃」と呼ばれた私が、ダヴィードの傍らに立つことは、悪影響ばかりです。
私やカスト様を担いで、国王の地位を簒奪しようとする者が現れるかも知れません。それなら対抗のしようもありますが、一番の懸念は……次世代です。私の子と弟ダヴィードの子が争うような未来は、絶対に嫌でした。
「私が子を諦めれば、或いは……叶うのでしょうか」
弟と仲良く生きていきたい。必要としない権力や財を巡って、争う未来など欲しくありません。すべての想いと願いを込めて呟いた私は、お母様に抱き締められていました。立ち上がったお母様の腹部に顔を埋め、温もりと甘い香りに目を閉じます。恐る恐る回した腕でお母様の背を抱きました。
「あなたに決断できると思わなくて、驚いた以上に嬉しいのよ。他人に定められた、未来の王妃の地位を捨てた。ルナ、覚えておいて。私達はあなたを愛しているわ。ずっと微笑みが絶えない、幸せの中で生きて欲しいの」
「私もお母様やお父様、ダヴィードが幸せであることを祈っています」
自分の口で、私が考えた言葉で告げることが出来た。それは自信になりました。これから公爵夫人として夫を支え、国王となる弟を支える。人形のように微笑んでいるだけの私にも、出来ることがわかったから。
「お許し、いただけますか?」
「ええ。リベルトもきっと喜ぶわ。ただ……」
心配そうにお母様が眉を寄せます。下から見上げる私は不安に駆られました。問題があるのでしょうか。
「アロルドお義兄様とダヴィードは、騒ぐかも知れないわね。説得は任せるわ」
「っ、はい!」
お母様に任せていただけたこと、しっかり結果を出しますね。
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