105 / 131
第4章 陰陽師の弟子取り騒動
12.***覚悟***
しおりを挟む
数日の物忌みによる潔斎を行うと通知し、真桜は屋敷に閉じこもった。天照の時間ではなく、月詠の支配下において乱れが生じている。ならば昼間の出仕を控えて、その時間に身体を休める必要があった。夜になれば動かなくてはならない。
「夜動くなら黒葉か、天若を頼りたいんだけど……どっちも式神と相性が悪いんだよなぁ」
ぼやきながら欠伸をする。今夜は糺尾と藍人を連れていく予定なので、どちらも藤姫が寝かしつけていた。寝なくていいアカリは膝枕した真桜を、扇であおぎながら赤茶の髪を手櫛で整える。
「我なら黒葉を選ぶ」
「なんで?」
「酒を飲むなら天若でよいが、子供の面倒を見るのは黒葉の方が向いておろう?」
向き不向きの問題だと微笑んだ神様に、真桜は目を閉じながら「ふーん」と生返事をする。そのまま眠りそうな真桜が「時間になったら……」と呟いた。
「月の衣が降りる頃には起こす」
空が群青に染まる時間まで休め。真桜の目元を冷たい手で覆いながら、アカリは穏やかな顔で再び扇を動かした。
「……寝過ごした」
起こしても起きなかった真桜だが、ようやく目を覚ました時には全員の準備が整っていた。頭を抱えた真桜に握り飯を差し出す華炎はさほど気にしていない。華守流は己の武器の手入れを行ってから庭で鍛錬をしていた。
子供達は華炎の出した食事を終えると、食器の片付けを手伝っていたので、意外と退屈はしていない。師匠である真桜が寝過ごしたことは深く考えていなかった。昼間に出仕し、帰宅後に神降ろしをしたのだ。疲れていて当たり前だと思っていたらしい。
「早くせよ、真桜。これ以上遅れると間に合わぬ」
「藤姫は留守を頼むな。黒葉……来い」
名を呼んで召喚する。ふわりと闇が集ったあと、赤銅色の髪をした眷属がゆったり膝をついた。この国では見ない緑の瞳は、初夏の新緑に似た爽やかさを感じさせる。
「お呼びですか、真桜さま」
「藍人の災いを幸いに変える。手伝え」
頷いた黒葉は2人の子供を交互に見つめ、視線を合わせてから頷いた。
「こちらの白髪のお子ですね」
「ああ」
災いは闇に通じる。そのため未来予測ができなくとも、闇の眷属は今後の災いが降りかかる対象を区別できるのだ。災いの内容はわからなくとも、どちらがより災いに近いかを判断できれば用が足りた。
「あなたは、ヒトではないのですね」
陰陽道を少し嗜む藍人の言葉は、響きをたがえて言霊を逃がす。教えを実践する子供の頭を撫でながら、真桜が横から説明した。
「この場にひとは、誰もいない」
純粋な人は誰もいないのだ。闇の神族と人の子である真桜、天照の眷属であるアカリ、式神の華守流と華炎、護り手である藤姫と黒葉。そして妖狐と人の間に生まれた糺尾も、異端の子と表現される藍人に至るまで……全員が純粋に人と表現できる存在ではなかった。
「まあ、帝の血筋で色違いが発現する者は、人に分類できないんだけどな」
山吹の明るい茶髪や水色の瞳は、この国では鬼の証と言われる禁忌だ。帝の血筋は天照大神の子孫であるが故に、どうしても霊力に応じた色違いが生まれる。陰陽師の上位者と並ぶほどの高い霊力を持つ彼や彼女らは、その血を脈々と受け継ぐことでこの国の鎮守神としての役目を果たしてきた。
真桜が握り飯を食べ終えるのと、説明が終わるのはほぼ同時刻だった。見上げた空には優しい月が半分ほど顔を覗かせている。
「行くぞ」
暗い夜道をぞろぞろ歩く気はない真桜が、懐から1枚の札をひらりと捨てた。大地に触れた途端、札があった場所に黒い道が生まれる。躊躇いなく踏みしめて進む真桜の姿が飲み込まれ、続いたアカリも同様に。
「……こわい」
糺尾は怯えたように藍人にしがみ付いた。咄嗟に糺尾を抱き締めた藍人は、ごくりと喉を鳴らす。
何も言わずに見守る黒葉は、静かに彼らの素質を見極めていた。これは一つの試練なのだ。陰陽師は人の世界のために術を使うが、人の理から外れた存在だった。常識という枠を越えられなければ、術を扱う霊力があっても心が負けてしまう。
華炎と華守流が先に入り、残された子供達は不安げに後ろを振り返った。藤姫はただ微笑みを浮かべて見守るだけで、何も教えてくれない。最初の一歩を踏み出すのは、自らの覚悟でなければならない。他者に押されて踏み出した結果を、誰も負いきれないのだから。
「行く」
震える声で宣言した糺尾が先に駆け出した。手を離された藍人も覚悟を決め、自らの足で踏みだす。子供達に続いて黒葉も闇に潜ると、藤姫はゆったりと頭を下げた。
「ご無事でお戻りになりますように」
「夜動くなら黒葉か、天若を頼りたいんだけど……どっちも式神と相性が悪いんだよなぁ」
ぼやきながら欠伸をする。今夜は糺尾と藍人を連れていく予定なので、どちらも藤姫が寝かしつけていた。寝なくていいアカリは膝枕した真桜を、扇であおぎながら赤茶の髪を手櫛で整える。
「我なら黒葉を選ぶ」
「なんで?」
「酒を飲むなら天若でよいが、子供の面倒を見るのは黒葉の方が向いておろう?」
向き不向きの問題だと微笑んだ神様に、真桜は目を閉じながら「ふーん」と生返事をする。そのまま眠りそうな真桜が「時間になったら……」と呟いた。
「月の衣が降りる頃には起こす」
空が群青に染まる時間まで休め。真桜の目元を冷たい手で覆いながら、アカリは穏やかな顔で再び扇を動かした。
「……寝過ごした」
起こしても起きなかった真桜だが、ようやく目を覚ました時には全員の準備が整っていた。頭を抱えた真桜に握り飯を差し出す華炎はさほど気にしていない。華守流は己の武器の手入れを行ってから庭で鍛錬をしていた。
子供達は華炎の出した食事を終えると、食器の片付けを手伝っていたので、意外と退屈はしていない。師匠である真桜が寝過ごしたことは深く考えていなかった。昼間に出仕し、帰宅後に神降ろしをしたのだ。疲れていて当たり前だと思っていたらしい。
「早くせよ、真桜。これ以上遅れると間に合わぬ」
「藤姫は留守を頼むな。黒葉……来い」
名を呼んで召喚する。ふわりと闇が集ったあと、赤銅色の髪をした眷属がゆったり膝をついた。この国では見ない緑の瞳は、初夏の新緑に似た爽やかさを感じさせる。
「お呼びですか、真桜さま」
「藍人の災いを幸いに変える。手伝え」
頷いた黒葉は2人の子供を交互に見つめ、視線を合わせてから頷いた。
「こちらの白髪のお子ですね」
「ああ」
災いは闇に通じる。そのため未来予測ができなくとも、闇の眷属は今後の災いが降りかかる対象を区別できるのだ。災いの内容はわからなくとも、どちらがより災いに近いかを判断できれば用が足りた。
「あなたは、ヒトではないのですね」
陰陽道を少し嗜む藍人の言葉は、響きをたがえて言霊を逃がす。教えを実践する子供の頭を撫でながら、真桜が横から説明した。
「この場にひとは、誰もいない」
純粋な人は誰もいないのだ。闇の神族と人の子である真桜、天照の眷属であるアカリ、式神の華守流と華炎、護り手である藤姫と黒葉。そして妖狐と人の間に生まれた糺尾も、異端の子と表現される藍人に至るまで……全員が純粋に人と表現できる存在ではなかった。
「まあ、帝の血筋で色違いが発現する者は、人に分類できないんだけどな」
山吹の明るい茶髪や水色の瞳は、この国では鬼の証と言われる禁忌だ。帝の血筋は天照大神の子孫であるが故に、どうしても霊力に応じた色違いが生まれる。陰陽師の上位者と並ぶほどの高い霊力を持つ彼や彼女らは、その血を脈々と受け継ぐことでこの国の鎮守神としての役目を果たしてきた。
真桜が握り飯を食べ終えるのと、説明が終わるのはほぼ同時刻だった。見上げた空には優しい月が半分ほど顔を覗かせている。
「行くぞ」
暗い夜道をぞろぞろ歩く気はない真桜が、懐から1枚の札をひらりと捨てた。大地に触れた途端、札があった場所に黒い道が生まれる。躊躇いなく踏みしめて進む真桜の姿が飲み込まれ、続いたアカリも同様に。
「……こわい」
糺尾は怯えたように藍人にしがみ付いた。咄嗟に糺尾を抱き締めた藍人は、ごくりと喉を鳴らす。
何も言わずに見守る黒葉は、静かに彼らの素質を見極めていた。これは一つの試練なのだ。陰陽師は人の世界のために術を使うが、人の理から外れた存在だった。常識という枠を越えられなければ、術を扱う霊力があっても心が負けてしまう。
華炎と華守流が先に入り、残された子供達は不安げに後ろを振り返った。藤姫はただ微笑みを浮かべて見守るだけで、何も教えてくれない。最初の一歩を踏み出すのは、自らの覚悟でなければならない。他者に押されて踏み出した結果を、誰も負いきれないのだから。
「行く」
震える声で宣言した糺尾が先に駆け出した。手を離された藍人も覚悟を決め、自らの足で踏みだす。子供達に続いて黒葉も闇に潜ると、藤姫はゆったりと頭を下げた。
「ご無事でお戻りになりますように」
10
あなたにおすすめの小説
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~
みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。
何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。
第一部(領地でスローライフ)
5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。
お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。
しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。
貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。
第二部(学園無双)
貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。
貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。
だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。
そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。
ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・
学園無双の痛快コメディ
カクヨムで240万PV頂いています。
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。
しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。
しかし――
彼が切り捨てた仲間こそが、
実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。
事実に気づいた時にはもう遅い。
道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。
“荷物持ちがいなくなった瞬間”から、
アレクスの日常は静かに崩壊していく。
短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。
そんな彼と再び肩を並べることになったのは――
美しいのに中二が暴走する魔法使い
ノー天気で鈍感な僧侶
そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー
かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。
自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。
これは、
“間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる”
再生の物語である。
《小説家になろうにも投稿しています》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる