106 / 131
第4章 陰陽師の弟子取り騒動
13.***雅音***
しおりを挟む
ぼんやりと月光が届く庭で、山吹は愛用の笛を鳴らす。金に近い柔らかな髪が揺れるたび、美しい音が響き渡った。誘われるように月が雲をのけて光を降らせる。
姿を隠す御簾の中から、笛の音に重ねた琴が穏やかな旋律を絡めた。菫色の美しい瞳を持つ青葛の君が奏でる琴の弦がぷつりと切れる。旋律が途絶え、悲鳴じみた耳障りな音が場を荒らした。
「…っ」
「瑠璃、手を傷めなかった?」
普段は秘められている真名で呼ばれ、青葛の姫は慌てて返事をする。
「なんともないわ」
少し震えた声に、彼女が強がりを口にしたと気づいた山吹は縁側から立ち上がった。御簾の向こう側は姫君の領域、勝手に入り込むことは出来ない。しかし宮中で最上位の帝に望めぬ場所はなかった。世話をする女房も下がらせた夜更けに、2人で過ごす帝と妻を邪魔する者はいない。
「失礼するよ」
返事を待たずに御簾の内側に身を滑り込ませ、袖で指先を隠した瑠璃の隣に腰を下ろす。じっと見上げる瑠璃の表情は、複雑な色を滲ませていた。
「手を見せて」
命令に近い言葉に従い、無言で左手を差し出す。弦をつま弾く右手を隠した彼女の態度に、山吹は苦笑いしながら言葉を付け足した。
「右手も」
諦めて両手を差し出すと、切れた指先に赤い血が滲んでいる。それを己の口元に運び、舐めてから口に含んで血を吸った。少し吸うと血は止まる。止血されたのを確認して顔を上げると、瑠璃姫の顔は真っ赤だった。
「ああ、その……大変申し訳ない場所に出ちゃったんだが……」
琴と笛の音で導かれた先に出た真桜は、目のやり場に困っていた。先導してくれる雅音に惹かれてたどり着いた先が、友人とその妻の濡れ場だと思わなかったのだ。まさか見せつけるためではあるまい。
照れて赤くなるほど初心じゃないが、視線を置く位置をさまよって畳の縁に据えるあたりは真桜らしい。続いて顔を見せたアカリはまったく気にせず「ふむ……」と呟いただけだった。
「あ、子供がくるから場所空けて」
遠回しにさっさと手を離して姫は奥に下がれと告げる。本来は成人していない子供は御簾の中に入っても許容されるが、帝の妻となれば問題視される可能性があった。そこに女房などの目撃者がいなかったとしても、子供はいつどこで話を零すかわからないのだから。
「わっ、わかってるわ」
慌てて御簾の内側で扇を広げて顔を隠す瑠璃と、行儀悪く舌打ちする山吹が距離を置いた。御簾の外、板の間に敷いた畳の上に座り直した山吹が「いいところだったのに」とぼやく。
「悪かったって。邪魔する気はないけど、呼び出しの音を奏でた後にオレらが来るのはわかってただろ」
付き合いが長いので遠慮なく言い返しながら、隣で腕を絡めるアカリの黒髪を撫でた。思っていたより時間を空けて、華炎と華守流が顕現する。彼らは道を通ってきたというより、召喚された形が近かった。主である真桜の霊力を追ったのだ。
「糺尾と藍人は?」
『しばらくかかるであろう』
「くーん」
なぜか子狐が飛び出す。
「まあ……」
驚きの声を上げた瑠璃が御簾の下から手を伸ばすと、糺尾は白い手に誘われるように近づいた。そのまま撫でられて寝転がる有様なので、どうやら狐の意識が強く出ているらしい。自覚がない分だけ藍人より危ういのだが、今回の主役は『白い子供』だ。
「黒葉は最後だろうから、次は藍人か」
「あの子供を宮中に戻してよいのか?」
アカリの不思議な言い回しに、眉をひそめて月を見上げる。月光が庭に降り注ぐのを見て、真桜は頬を緩めて頷いた。
「問題ないとさ」
月詠姫のお許しが出ている。そう告げれば、アカリは同様に夜空を見上げてひらりと手を振った。手元の小さな虫を払うような仕草で、この部屋に結界を張る。
「誰ぞや目を感じるぞ」
覗いている者の存在を示すが、アカリが行った術により遮られた視界に今頃腹を立てているだろう。遠見と呼ばれる、陰陽術のひとつだ。気づいて闇夜を展開しようとした真桜だが、先に動いたアカリが白い手で空中に文字を追加した。
聞き耳を立てる者も封じて、ようやくアカリは真桜の腕に素直に寄り掛かる。お腹を見せて転がる糺尾が、ぴんと耳を立てて黒い道に目を向けた。尻尾を振りながら近づいた彼を、歩いてきた白い髪の少年が抱き上げる。
「なんで糺尾が元に戻ってるのですか」
不思議そうな藍人の言葉に、真桜が何でもないことのように口を開く。
「夜道が恐かったんだろ」
「くーん、きゅん!」
遮ろうとして失敗した糺尾の鳴き声に、藍人が忍び笑いを漏らした。
姿を隠す御簾の中から、笛の音に重ねた琴が穏やかな旋律を絡めた。菫色の美しい瞳を持つ青葛の君が奏でる琴の弦がぷつりと切れる。旋律が途絶え、悲鳴じみた耳障りな音が場を荒らした。
「…っ」
「瑠璃、手を傷めなかった?」
普段は秘められている真名で呼ばれ、青葛の姫は慌てて返事をする。
「なんともないわ」
少し震えた声に、彼女が強がりを口にしたと気づいた山吹は縁側から立ち上がった。御簾の向こう側は姫君の領域、勝手に入り込むことは出来ない。しかし宮中で最上位の帝に望めぬ場所はなかった。世話をする女房も下がらせた夜更けに、2人で過ごす帝と妻を邪魔する者はいない。
「失礼するよ」
返事を待たずに御簾の内側に身を滑り込ませ、袖で指先を隠した瑠璃の隣に腰を下ろす。じっと見上げる瑠璃の表情は、複雑な色を滲ませていた。
「手を見せて」
命令に近い言葉に従い、無言で左手を差し出す。弦をつま弾く右手を隠した彼女の態度に、山吹は苦笑いしながら言葉を付け足した。
「右手も」
諦めて両手を差し出すと、切れた指先に赤い血が滲んでいる。それを己の口元に運び、舐めてから口に含んで血を吸った。少し吸うと血は止まる。止血されたのを確認して顔を上げると、瑠璃姫の顔は真っ赤だった。
「ああ、その……大変申し訳ない場所に出ちゃったんだが……」
琴と笛の音で導かれた先に出た真桜は、目のやり場に困っていた。先導してくれる雅音に惹かれてたどり着いた先が、友人とその妻の濡れ場だと思わなかったのだ。まさか見せつけるためではあるまい。
照れて赤くなるほど初心じゃないが、視線を置く位置をさまよって畳の縁に据えるあたりは真桜らしい。続いて顔を見せたアカリはまったく気にせず「ふむ……」と呟いただけだった。
「あ、子供がくるから場所空けて」
遠回しにさっさと手を離して姫は奥に下がれと告げる。本来は成人していない子供は御簾の中に入っても許容されるが、帝の妻となれば問題視される可能性があった。そこに女房などの目撃者がいなかったとしても、子供はいつどこで話を零すかわからないのだから。
「わっ、わかってるわ」
慌てて御簾の内側で扇を広げて顔を隠す瑠璃と、行儀悪く舌打ちする山吹が距離を置いた。御簾の外、板の間に敷いた畳の上に座り直した山吹が「いいところだったのに」とぼやく。
「悪かったって。邪魔する気はないけど、呼び出しの音を奏でた後にオレらが来るのはわかってただろ」
付き合いが長いので遠慮なく言い返しながら、隣で腕を絡めるアカリの黒髪を撫でた。思っていたより時間を空けて、華炎と華守流が顕現する。彼らは道を通ってきたというより、召喚された形が近かった。主である真桜の霊力を追ったのだ。
「糺尾と藍人は?」
『しばらくかかるであろう』
「くーん」
なぜか子狐が飛び出す。
「まあ……」
驚きの声を上げた瑠璃が御簾の下から手を伸ばすと、糺尾は白い手に誘われるように近づいた。そのまま撫でられて寝転がる有様なので、どうやら狐の意識が強く出ているらしい。自覚がない分だけ藍人より危ういのだが、今回の主役は『白い子供』だ。
「黒葉は最後だろうから、次は藍人か」
「あの子供を宮中に戻してよいのか?」
アカリの不思議な言い回しに、眉をひそめて月を見上げる。月光が庭に降り注ぐのを見て、真桜は頬を緩めて頷いた。
「問題ないとさ」
月詠姫のお許しが出ている。そう告げれば、アカリは同様に夜空を見上げてひらりと手を振った。手元の小さな虫を払うような仕草で、この部屋に結界を張る。
「誰ぞや目を感じるぞ」
覗いている者の存在を示すが、アカリが行った術により遮られた視界に今頃腹を立てているだろう。遠見と呼ばれる、陰陽術のひとつだ。気づいて闇夜を展開しようとした真桜だが、先に動いたアカリが白い手で空中に文字を追加した。
聞き耳を立てる者も封じて、ようやくアカリは真桜の腕に素直に寄り掛かる。お腹を見せて転がる糺尾が、ぴんと耳を立てて黒い道に目を向けた。尻尾を振りながら近づいた彼を、歩いてきた白い髪の少年が抱き上げる。
「なんで糺尾が元に戻ってるのですか」
不思議そうな藍人の言葉に、真桜が何でもないことのように口を開く。
「夜道が恐かったんだろ」
「くーん、きゅん!」
遮ろうとして失敗した糺尾の鳴き声に、藍人が忍び笑いを漏らした。
10
あなたにおすすめの小説
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~
みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。
何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。
第一部(領地でスローライフ)
5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。
お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。
しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。
貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。
第二部(学園無双)
貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。
貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。
だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。
そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。
ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・
学園無双の痛快コメディ
カクヨムで240万PV頂いています。
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。
しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。
しかし――
彼が切り捨てた仲間こそが、
実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。
事実に気づいた時にはもう遅い。
道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。
“荷物持ちがいなくなった瞬間”から、
アレクスの日常は静かに崩壊していく。
短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。
そんな彼と再び肩を並べることになったのは――
美しいのに中二が暴走する魔法使い
ノー天気で鈍感な僧侶
そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー
かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。
自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。
これは、
“間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる”
再生の物語である。
《小説家になろうにも投稿しています》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる