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第1章 聖女に選ばれし乙女

6.説明するほど言い訳がましい事実

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「……」

 冷静な王太子の問いかけに、神官達は反応が遅れた。それは致命的な間だった。

「王太子殿下、直答をお許しください」

「許す。何があった」

 聖女の言い分を伝えようとした騎士より早く、クナウティアが口を開いた。

「私をここから出して! この人達は嫌」

 家に帰らせてくれないし、私を縛って閉じ込めた。涙を浮かべて訴える12歳前後にみえる幼い少女に、リアトリスは眉をひそめた。

 教会の頂点に立つ聖女が、神官達を嫌う理由がわからない。美しく着飾り、崇められ、美味しい食事も振る舞われるはずだ。人々の尊敬と憧れの的である聖女が、庇護者である教会から連れ出して欲しいと懇願するのは、異常事態だった。そんな事例は過去の聖女の記録にない。

「殿下、それはいけません。この方は聖女様であり……教会の管轄で」

「聖女様は縛られ監禁されたと、この私に助けをお求めになりました」

 騎士として、助けを求める者を見捨ててはならない。誓いを立てた男は、神官の言葉を遮った。聖女は教会の庇護下という名目で、再び虐げられるかも知れない。正義を行う使命に燃える騎士として、そのような非道は見過ごせなかった。

 伯爵家の三男として生まれた彼は、騎士として正しくあろうと努力してきた。その根底には、国を守る女神ネメシアへの敬愛がある。女神の代理人であり、その教えを体現する聖女への暴力や不当な扱いは許せない。

 彼の正義はまっすぐであり、故に誤解が生じたことに気づかなかった。そして彼への信頼が、王太子の判断に影響を及ぼす。

「お願い、(私が家に帰るのを)助けて」

 家に帰りたいだけなの。必死に訴えるクナウティアは真剣だった。野菜はもう母が収穫しただろうが、外で働く父や兄のためにスープを作ってあげたかった。これ以上遅くなったら、きっと心配するだろう。

 幼馴染みのセントーレアが知らせてくれれば、教会で引き止められた事実は伝わるはずだ。末っ子の私を可愛がる父は、門まで迎えに来てくれた頃かも知れない。早く外に出なければ、心配させてしまうわ。

 見当違いの方向ではあるが、クナウティアの懇願は本気が滲んでいる。嘘のない若草色の瞳に、王太子リアトリスは溜め息をついた。

 教会がこのような振る舞いをするとは、今まで考えたこともなかった。もしかしたら、過去の聖女の扱いも問題があった可能性がある。当代の聖女に関しては、王家の預りにした方が良さそうだ。

「王太子殿下、違うのです」

「違うとは? お前達は縛らなかったのか? 聖女様が嘘をついたとでも言うつもりか」

 清廉潔白を旨とする信頼厚い騎士ガウナの発言も、王太子の誤解を加速させた。聖職者は嘘を禁じられている。聖女とて、それは同じだった。

 否定も肯定もできずに、神官が口籠る。

「それは、その……」

 拘束した事実がある以上、否定すれば嘘になる。慌てて言い募るのが、説明すればするほど嘘に聞こえる最悪のスパイラルに陥っていた。

「聖女様が暴れ、ではなく……騒がれて、その…ケガをしないようお守りするために」

「口をストラで塞がれたわ」

 苦しいし、失礼だわ。拗ねた口調で呟いた衝撃の一言に、全員がクナウティアに注目した。
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