♂入れ替わりゆうしゃさま♀

シュテ

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序章

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私はそこでは勇者だった。
物心付いた頃から私は世界を救う勇者だと、大きくなったら世界を守る為に旅に出るんだと言い聞かされて育った。

物心付いたばかりだった私はそれを当たり前のように受け入れ必要だから、強くないと何も守れないだとか言われて魔法や剣術なんかを村のみんなに混じって特訓をしたりもしていた。身に宿るナニカが訴え掛けてくるんだ。この世界を守れ、もっと強くなれと。それが私の全てで存在価値。

痛くても、辛くても、しんどくても私は頑張った。勇者だからって言っても私はまだまだ子供だったから親に、それこそ沢山の人に頑張ったねって褒めて欲しい一心で頑張ったんだ。ただそれだけなのに。

私は1度も褒められた事がない。まるでそれが当たり前かのようにすぐ次のことをやらされる。そんな魔法や剣術が大っ嫌いだった。大抵のことはやろうと思えば出来てしまったしこれ程つまらないものはない、毎日が同じような事の繰り返しのように感じられて何も楽しい事はなかった。それでも私は仮にも世界の意思に選ばれた勇者だ。魔法が嫌いでも剣術が嫌いでも、戦う力がなければ何一つ守れやしない。日々周りから掛けられる期待とプレッシャー、そして私の中から世界を守れと訴えてくるナニカ。だから私は取り憑かれたかのように修行を続けた。

けど私が勇者だからなのか、それとも元からの才能なのか私は村のみんなより魔法の扱いも、剣術も強かった。そんなものいらないのに私が勇者のせいでつまらない魔法と剣術をやらされる。だから私は『勇者』も嫌いだった。けど頭では世界を守らなくちゃってずっと思っていて、それは当たり前の事、なのだけれどそれに違和感を感じない自分が気持ち悪い。

ただでさえ飛び抜けて強いのに『勇者』という肩書きで私は1人孤立していたと思う。あ、いやそんな事はなかった。1人だけいたんだ、私みたいな子にも突っかかってきたやつが。
事ある事にやれ勝負だ、次はこれで競走だ、だの鬱陶しいことこのうえなかったのを覚えている。

だけどこれだけは言わせて欲しい、私は1度も彼には負けたことがない。何度負かしても彼は挑んできた。得意気に「へへ、俺の特訓の成果を見せてやる!」とか言いながら斬りかかってくるが私は魔法で即座に身体強化、それだけでなく加速魔法を使って彼を転して剣を突き付ける。そんな事が多々あった。小生意気な事に彼は剣術だけなら私と同じぐらい強い、馬鹿正直に付き合うだけ面倒なのだ。

彼も馬鹿じゃなくて1度使った手は通じず毎日搦手を考えたりするのも大変だった。何度負かしても挑んでくる彼。それを撃退する私。そんなよく分からない関係の私達。けど嫌いじゃない、私は自分でも気が付かないうちに笑っていた。















ちょっと歳を取って大きくなった頃私は勇者として旅に出た。

この頃に勇者としての武器、セイクリッドアームが権現したからだ。何でも私の半身のようなもので普段は見えないが呼び出せば何処からとも無く出てくるみたい。刀身からほぼ全てが真っ白な私のセイクリッドアームの名前は「慈悲深き愛を」だそうだ。私が決めた訳じゃない、セイクリッドアームがそう言っているんだ。文句なら剣に言ってほしい。


これで彼とお別れか、そう思うと無性に悲しくなってきて胸がキュっと縛り付けられるような痛みが生じる。病気かな、そう思って首を傾げるが私の身体には怪我もなければ体調不良のところもない。うーんと考え込んでいると地面に雫が落ちてきた。あれ、さっきまで晴れだったのに雨が降ってきたのかと空を見上げるが雨は降っていない。

けど地面は今も濡れ続けている。それが涙だって事に気が付くまでにかなり時間が掛かった。

さっきから胸が苦しい。何故だろう、まさか食事に毒でも盛られたのだろうか。いやそんなことをされたのなら直ぐに気が付く。
分かっている、本当は何故こんなにも胸が苦しいのか分かっている。いつも考えるのは彼の事ばかりで今も無神経に私の頭の中でぶっきらぼうにこっちに手を差し伸べてきている。

昔はあんなにやんちゃなガキンチョだったのに今じゃ落ち着いて無愛想だけど彼はとっても優しい。不器用で剣と物知りな事ぐらいしか取り柄がないくせに生意気でいっつも私に突っかかってきて。けどそんな不器用な優しさがとっても好きで。
そうか私は彼と離れ離れになるのが寂しくて嫌なんだ、そう気が付いた頃には既に私は旅に出た後だった。私は柄にもなくその場でペタンっと座り込んで泣いた、それはわんわんと泣いた。楽しくもなかった剣術も彼と剣をぶつけ合っている時間は楽しかった、何も難しくない魔法の時間だって四苦八苦しながらあーうー唸って一生懸命魔法を詠唱している彼をからかったり偶にアドバイスしてあげる時間もとても暖かくて楽しかった。

失って気が付いた。私はあの時間が何よりも好きだったんだ。泣いても泣いても涙は止まってはくれない。すると目の前にバサっと音をたてて大きな塊が落ちてきた、それはゴブリンの死体だった。真っ二つに斬り殺されたゴブリンの死体が何故?


「何泣いてんだよ」


聞き覚えがある声がして私は振り返った。そこには彼がいて剣についたゴブリンの血を払いコチラを見ている。いまいち状況が飲み込めない私がポカンとしていると彼がこう言った。


「お前は天才だけど変なとこで抜けてるからな、心配だから付いてきてやった。案の定ゴブリンに背後取られてるし何やって、ってうお!?」


自分でも自分を抑えられなくて私は彼に飛びついていた。


「いきなりなんだよ、ってかお前くさっ!ゴブリンの血だらけだろはなれ、ぐぼほ!」


取り敢えずムカついたからグーパンをくれてやった。













それから沢山の冒険をして

時には2人でモンスターの大軍なんかを討伐したり

時には2人で異国の地に足を踏み入れたり

時には2人で王様に謁見したり

時には2人で誰かを守りながら戦ったり

時には2人で戦いの事を忘れて買い物をしたり

ずーっと私達は一緒だった。喧嘩したり笑いあったり私達はずっと2人で旅を続けてきた。色んなものを2人で見て、私はいつしか世界が好きになっていた。
こんなにも世界が綺麗で素敵だって、彼が教えてくれたんだ。その時には「勇者」も嫌いではなく誇りに思えるようになり世界を守りたい、そう心から思えた。



そんなある時私達は身分制度が存在する国の王様に会いに城下町にいた時の話だ。ある貴族の家に招かれた私達は客間に通され飲み物を出された時、私が甘い物が好きだとここの家の人も知っていたらしく私の為に甘い飲み物を取り寄せてくれたらしい。もちろん彼の分も。

この頃には幾つも国や街を救ってきた為に私、というより勇者は有名だったのだ。
それを受け取って飲もうとした時だ、彼が突然剣を抜き飲み物が入った容器を斬り捨てたのだ。当然私は謝った。折角用意してくれたものを従者が斬り捨てたのだから。

私から彼に謝るように言っても彼は口を開こうとせず大喧嘩にまで発展し彼は何も言わずその日は止まっていた宿には帰って来なかった。喧嘩は幾つもした事があるがここまで大きな喧嘩をしたのは初めてだった、何日も帰って来ない彼を探しに行こうと何度もした。けど流石に今回した事は許せないことだし明らかに彼が悪い事は明白だった、だから私はこっちからは探さない事にしたんだ。

そんな彼が帰ってこなくなったある日、私は聞いてしまった。私が招かれた貴族はどうにも黒い噂が多く大の女好きだったらしい。そしてその貴族が最近女の子を薬で眠らして好き勝手やってるのがバレ捕まったという。それで私は理解した、彼は私を守ってくれたんだと。

彼は私に比べて弱い。剣術だけならそこそこ強いんだけどそれでも彼は弱い。けれども彼はとても賢かった。モンスターの弱点、訪れた国の名産やそこら辺に生えている花の名前まで知っていて料理や縫い物だって得意だ。彼は分かっていたのだ、貴族の事も、飲み物の中に薬が盛られていた事も。

私が謝ろうと彼を探そうとした時にヤツは現れたんだ。



突然現れたヤツは自分を「スペクター」と名乗りこの世界ではない別の銀河からやってきたと言った。そして同時にこの世界に降伏しろ、そう言ってきた。けれどもこの国の人は何を言ってるんだとまともに取り合おうとしない、そりゃそうだ。

そしてヤツが手を払った次の瞬間、街の半分が吹き飛んでいた。意味が分からなかった、こんな魔法見たこともなければ詠唱もなしにこれだけの規模の威力がでるはずもないのだから。

色々な場所を回ってきたけど私は勇者である自分より強い人を見たこともなければ聞いたこともない。仮に大勢の人を集めれたとしてもスペクターとやらに勝てるとは思わない。けど私は勇者。この世界の意思に世界を守る為に選ばれた勇者だ。勝てないから逃げる?じゃあ誰がこの世界を守るのだ。だから私は1人でスペクターに挑みに行ったんだ。


結果は惨敗。
何も出来ないうちに私は地面に転がされていた。

剣はかすりもしなければ魔法は3大基礎魔法はもちろん、勇者が使える特別な魔法も全てレジストされ何も効かず動きを見切る事すら叶わない。だが勇者である私にはある異能が宿っていてそのせいでスペクターは私を殺せなかった。

「不老不死」それが私に宿る異能。
私は死にたくても死ねないのだ、首をはねても心臓を潰しても私は蘇る。ある日セイクリッドアームが教えてくれた、「勇者」は1つその身に異能を宿すのだと。この世界に選ばれたものだけが勇者となり世界を守る、そしてセイクリッドアームと異能を授かる。正確には「不老不死」とは少し違うらしいのだが私には関係の無い事だ。

スペクターが何度私を爆散させたり引きちぎったり首をはねても私は死ななかった。死なないがそれでも疲れは溜まるものでいつしか私は膝を付き、そして倒れてしまう。

もう殺された回数なんてものは覚えていない。それほどまでに私はスペクターに何度も殺され続けた。


「実に面白い、ならお前は永遠に氷漬けになって封印してやる」


流石の私も封印されてしまったらどうしようもない。世界守りたかったな、そう思いながらギュッと目を瞑ってその時が来るのを待つ。

「おまえぇぇぇ!ソイツに何しやがった!」


あぁ、なんてタイミングでやってくるんだ。スペクターが咄嗟に封印魔法の矛先を剣を振りかざして襲ってきている彼に変える。あぁそれだけは、それだけは絶対にさせない。

私は残る全ての力を振り絞り彼に覆いかぶさるように魔法の斜線上に出る。徐々に凍っていく身体、それを唖然として見ている彼。あぁ結局謝れなかったな、けどこれだけは言っておきたい。



「大好きだよ」
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