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第漆譚
【最上階の窓から】
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それは、夫とふたりで夜景の綺麗なレストランに行ったときのことだった。
久しぶりの外食。
ガラス越しの景色はビルの明かりがきらきら揺れて、まるで都会の星空みたいだった。
赤ワインのグラスを揺らしながら、他愛のない話をしていた。
でも、その時――ふと視線が吸い寄せられた。
窓の外に、女がいた。
ガラスにべったりと張り付いて、
口を大きく開けて、血管が浮き上がるほどの形相で、
こちらを睨んでいる。
目を疑った――だってここは、ビルの最上階だ。
思わずまばたきした。
でも、消えない。
瞼の裏に焼きつくように、その女の顔はそこにあった。
青白く、ぬめったような肌。
髪はセミロングで茶色く、乱れて顔に張りついている。
赤いカーディガン。
そして、左目の下には黒いほくろ――
怖い……
怖い……
でも誰かに言わなきゃ。
震える声で、夫に窓の女のことを話した。
服装、髪型、顔の特徴まで、全部。
すると――
夫の顔から、血の気が引いていった。
「……もしかして、それ……俺の、元カノかもしれない」
耳の奥が、ひゅうっと冷えていく感覚がした。
背筋が氷の指でなぞられるように粟立つ。
「お願い、今、連絡取ってみて」
そう言って、彼はスマホを取り出した。
でも……何度かけても、通じない。
圏外じゃない。
電源も入っているはずなのに。
ただ、ずっと、無音のまま呼び出しが続く。
ざわざわと、心が波打っていた。
嫌な感覚が、喉の奥から込み上げてくる。
食事どころじゃない。
私たちは、レストランを飛び出した。
その女性――
夫の元恋人――の住むマンションに着いたのは、夜の10時過ぎだった。
何度インターホンを押しても反応はなく、玄関のドアを叩いても返事はなかった。
胸の奥に、ずっしりと冷たい塊が居座っている。
管理人を呼び、事情を説明して鍵を開けてもらった。
部屋の中に入った瞬間、強烈な薬品の匂いが鼻を突いた。
リビングのソファで、女は倒れていた。
赤いカーディガンを羽織ったまま、ぐったりと。
息は浅く、顔は蒼白だった。
――生きている。
すぐに救急車を呼び、病院に運ばれた。
医者の話では、高熱による意識混濁。
あと少し遅れていれば命が危なかったという。
……あの夜、私たちが見たものはなんだったんだろうか。
女は、助けを求めていたのだろうか。
死にかけて、魂だけが窓の外を彷徨っていたのだろうか。
ただひとつ、忘れられないことがある。
レストランを出るとき、もう一度だけ、私は振り返ってしまった。
そこには、もう誰もいなかった――けれど、ガラスには、手の跡だけが残っていた。
べったりと、両手で、外側から押しつけるように。
久しぶりの外食。
ガラス越しの景色はビルの明かりがきらきら揺れて、まるで都会の星空みたいだった。
赤ワインのグラスを揺らしながら、他愛のない話をしていた。
でも、その時――ふと視線が吸い寄せられた。
窓の外に、女がいた。
ガラスにべったりと張り付いて、
口を大きく開けて、血管が浮き上がるほどの形相で、
こちらを睨んでいる。
目を疑った――だってここは、ビルの最上階だ。
思わずまばたきした。
でも、消えない。
瞼の裏に焼きつくように、その女の顔はそこにあった。
青白く、ぬめったような肌。
髪はセミロングで茶色く、乱れて顔に張りついている。
赤いカーディガン。
そして、左目の下には黒いほくろ――
怖い……
怖い……
でも誰かに言わなきゃ。
震える声で、夫に窓の女のことを話した。
服装、髪型、顔の特徴まで、全部。
すると――
夫の顔から、血の気が引いていった。
「……もしかして、それ……俺の、元カノかもしれない」
耳の奥が、ひゅうっと冷えていく感覚がした。
背筋が氷の指でなぞられるように粟立つ。
「お願い、今、連絡取ってみて」
そう言って、彼はスマホを取り出した。
でも……何度かけても、通じない。
圏外じゃない。
電源も入っているはずなのに。
ただ、ずっと、無音のまま呼び出しが続く。
ざわざわと、心が波打っていた。
嫌な感覚が、喉の奥から込み上げてくる。
食事どころじゃない。
私たちは、レストランを飛び出した。
その女性――
夫の元恋人――の住むマンションに着いたのは、夜の10時過ぎだった。
何度インターホンを押しても反応はなく、玄関のドアを叩いても返事はなかった。
胸の奥に、ずっしりと冷たい塊が居座っている。
管理人を呼び、事情を説明して鍵を開けてもらった。
部屋の中に入った瞬間、強烈な薬品の匂いが鼻を突いた。
リビングのソファで、女は倒れていた。
赤いカーディガンを羽織ったまま、ぐったりと。
息は浅く、顔は蒼白だった。
――生きている。
すぐに救急車を呼び、病院に運ばれた。
医者の話では、高熱による意識混濁。
あと少し遅れていれば命が危なかったという。
……あの夜、私たちが見たものはなんだったんだろうか。
女は、助けを求めていたのだろうか。
死にかけて、魂だけが窓の外を彷徨っていたのだろうか。
ただひとつ、忘れられないことがある。
レストランを出るとき、もう一度だけ、私は振り返ってしまった。
そこには、もう誰もいなかった――けれど、ガラスには、手の跡だけが残っていた。
べったりと、両手で、外側から押しつけるように。
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