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07.ハッピーライフの終わり

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 志貴は結局、静馬の家をあとにしても自分の家には帰らなかった。
 すぐ隣は遼佑の家だ。いつもであればその近さに気楽さと共に安心感を感じていたはずなのに、今はその近さを呪いたいくらいだった。
 もしあの女性にばったり出会したら確実に泣いてしまうだろう。
 何よりも遼佑の家にいる方が多かったせいで、自分の家に帰るということに違和感しか感じない。
 いつの間にか遼佑の家が志貴にとっての帰る場所になっていたせいだ。

 スマホと財布だけを持ち、女性達の元を日々渡り歩く。
 着替えも何もないがそんな物は買って貰えばいいし、泊めてくれる人も当然いるので寝る場所にも困らない。
 家に変えならくても何も問題はなかった。

ーーいつも通り、大丈夫。普段と何も変わらない。

 いつもと同じその行動ではあるが、いつもと違う気持ちが伴ってもいた。
 楽しいはずが楽しくなかったので、志貴は無意識に言い聞かせていた。
 当然のように遼佑からの連絡はない。時折胸が痛むが志貴はそれに気づかないようにすることにつとめた。
 その感覚には覚えがありすぎる。深掘りしていい物じゃないことは経験上わかり切っていた。
 見ないようにするために、いつも以上に人とかかわって疲弊していくことにも気付かないようにする。

 結局全部の気持ちを無かったことにし、落ち着いて自分の家に帰れるようになったのは、遼佑が旅行から帰って来てから二週間経った頃だ。



 日付けの感覚も分からなくなったその日。
 持ちきれなくなった服を置きに帰宅した志貴が再び家を出れば、暫く会っていなかった遼佑が出かけるためか玄関の前にいた。

「久しぶりだな志貴」

 予期せぬ事態に頭が追いつかず目を見開いていれば、首を傾げた遼佑が近づいてくる。

「おーい志貴、大丈夫か?」
「あ、あぁ大丈夫だよー。寝不足でボーッとしちゃった。りょーちゃんいつの間に帰って来てたのさー」

 上手く笑えているだろうか。折角落ち着いた心が暴れるように感情を掻き乱そうとしてくる。
 それと同時に志貴は遼佑に会えたことが嬉しくて仕方がなかった。

「二週間前だよ。折角土産も買って来てんのにお前居ないしさ」
「連絡してくれたらよかったのにー」
「一応入れたけどな。見てない?」

 慌てて確認すれば、確かにメッセージが届いていた。
 いつもならすぐに見つけて返信するだろうメッセージ。だが感情を閉じ込めようと必死だった志貴は、知らずのうちに視界からそれを消していたようだ。

「うわ、まじじゃん! 気付かなかった、なんでだろ」
「全くお前ってやつは」

 ちゃんと見とけよなと両手で乱雑に頭を撫でくりまわされる。
 久しぶりの感覚に湧き上がるのは紛れもなく歓喜だった。

「なぁ志貴、今から飯食いに行こうぜ」
「……りょーちゃん、今から出かけるとこじゃないの」

ーーセフレか、もしくはあの婚約者とかいう女のところに。

 出かかった言葉を慌てて飲み込むが、遼佑は気付かなかったようで会話を続けてくれてホッとする。

「志貴がいるなら話は別だろ。他と食べるよりお前と食べてる方が好きだしさ」

 スマホを操作し断りの連絡を入れているらしい遼佑は、どこに食べに行こうかと楽しげに話を続けていく。
 誰よりも優先されるれた事実が嬉しくて、志貴の心は震えた。
 単純すぎる己の思考に笑いそうにもなるも、それと同時にこれではセフレ達と変わらないのではないかとも思う。
 今までもそうだったはずなのに、気づいてはいけない感情に気づきそうになってからは、その事実が苦しくて仕方なかった。
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