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39 安らげない場所
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フェリチアーノは茶会の日から更に落ち着かない気持ちで日々を過ごしていた。
テオドールの箍が外れた事が大いに関係しているのだが、何度もあの柔らかく微笑むテオドールの顔と優しくフェリチアーノを呼ぶ声が頭から離れなかった。
家の中は相変わらずで、家族が一人でも家に居ると思うと気が滅入った。マティアスだけはほぼ連日朝から晩までどこかに出かけている様で、あまり顔を合わせる事が無い。
しかし他の三人は茶会が無ければ家に居る。居心地の悪い家に居たくないフェリチアーノは度々外へと出るようになっていた。
金策に奔走しなくてよくなれば今までの忙しさからは解放され、時間は有り余る程ある。ゆっくりと本を読む時間も出来る様になったフェリチアーノは少し離れた場所にある丘まで行き、そこで時間を潰す事が最近の日課であった。
初夏を思わせる少し暑さを含む空気を吸い込みながら、人気が無くまるで一人で居る様な空間で鞄に詰めた本を取り出し、日が暮れる寸前まで静かに本を読んだ。
しかしそれが頭に入って来る事は無い。本は開かれたまま、フェリチアーノの思考は別の事を考える。
ここに居る間はお茶を飲まなくて済み、毒に犯される心配はない。
毒が無いと判断された紅茶は家で出されれば飲まないわけにもいかず、長年飲んできた銘柄を今更変える事も怪しまれるだけだ。
だが絶対にアレに何かがあるのだとわかっている物を、敢えて口に入れる事に恐怖心が無いわけではない。
全てを諦めていたが、せめてテオドールとのごっこ遊びが終わるまでは楽しい時間を過ごしたいと言う欲が出て来たのは倒れたあの日からだった。
悪あがきだとはわかってはいるが、息苦しい家を出てこうして少しでも元凶から離れようと無駄な悪あがきをしているのだ。
あれから徐々に体調は悪くなっている。足元がふらつく事も増えていたし、眩暈も増えて来た。それでもテオドールに会う日に再び失態を犯してはならないと、フェリチアーノはいつもテオドールと会う時には気合を入れる。
少しでもバレない様に立ち居振る舞いを気を付け、心の底からそのひと時を楽しんでいた。その瞬間だけは体の不調を忘れる事が出来た。
しかし帰宅してからの倦怠感はそれ以上で、ベッドに入れば体は鉛の様に重く沈む。それでも楽しいひと時を思い出しながら眠ればそれもまた一瞬だ。
辺りに冷たい風が吹き始め、取り留めのない思考から意識を切り替えれば空には黒い雲が広がり始めていた。
いつもの帰宅時間にはまだほど遠いが、ここで雨に降られて無駄な体力を消耗する事は避けたかった。
足早に丘を下り辻馬車を拾って屋敷に引き返す内に空からは雨粒が落ちて来て、それは次第に大雨へと変わって行く。
後少しでも判断が遅れて居たら冷たい雨に晒され風邪をひいたかもしれないと、そう考えたフェリチアーノは自身の判断に褒めてやりたかった。
屋敷に着けば外はバケツをひっくり返したような土砂降りで、僅かに濡れただけの衣服を着替えようと自室に向かえば部屋の中からガサゴソと物音が聞こえ、手に掛けたドアノブからそっと手を離した。
暫く身を潜めて扉を窺って居れば中から上機嫌のアガットが出て来て、フェリチアーノは気づかれない様に溜息を吐いた。
誰も居ない事を確認してから自室に戻ったフェリチアーノは衣裳部屋の扉を開けた。
隠す気が無いのだろうかと疑いたくなるほどに乱雑に閉められた衣装ケースに、宝飾品を入れているケースなどは開けられたままになっていた。
「まんまとアレを持って行ったのか」
無くなっている宝飾品を確かめたフェリチアーノは一人呆れた様な笑みを浮かべる。
テオドールから送られてくる物に興味を持っている事は解っていた。その為フェリチアーノはアガットや他の家族が興味をそそられそうな大ぶりでギラギラとした宝飾品を態と一番目立つ所に置いていたのだ。
それもテオドールから貰った箱についていたリボンと一緒に。
目利きが出来ない彼等にはきっととんでもなく高額な宝飾品に見えるのだろうが、その実態は巧妙にガラスで作られた値段が安い品物だ。
それにテオドールから宝飾品を贈られそうな時は断っていた為、そもそもそんな宝飾品は存在しない。
リボンも中身が菓子の箱についていた物だが、家族が居る前では開けた事が無い為にそんな事すらも気が付かない。
本当に頭の悪い人達だと思いながら、フェリチアーノは衣裳部屋から出ると執務室に行き、今朝テオドールから届いたばかりの花束が活けてある花も見て微笑んだ。
宝飾品なんかよりも、花や菓子に添えられる手紙の方が今のフェリチアーノには何よりも価値がある。
それすらもわからない家族に、フェリチアーノは呆れると共にほっとしている部分もあった。花や菓子などは取られはしない。
手紙は念の為にとフェイクの物を用意してあり、テオドールからの物は全て鍵が掛かった二重底の引き出しに閉まってある。
ジャケットの内側から今日の手紙を取り出し、ゆっくりと読んだフェリチアーノは大事そうに引き出しにしまいカギを掛け、手紙をしたためるのだった。
テオドールの箍が外れた事が大いに関係しているのだが、何度もあの柔らかく微笑むテオドールの顔と優しくフェリチアーノを呼ぶ声が頭から離れなかった。
家の中は相変わらずで、家族が一人でも家に居ると思うと気が滅入った。マティアスだけはほぼ連日朝から晩までどこかに出かけている様で、あまり顔を合わせる事が無い。
しかし他の三人は茶会が無ければ家に居る。居心地の悪い家に居たくないフェリチアーノは度々外へと出るようになっていた。
金策に奔走しなくてよくなれば今までの忙しさからは解放され、時間は有り余る程ある。ゆっくりと本を読む時間も出来る様になったフェリチアーノは少し離れた場所にある丘まで行き、そこで時間を潰す事が最近の日課であった。
初夏を思わせる少し暑さを含む空気を吸い込みながら、人気が無くまるで一人で居る様な空間で鞄に詰めた本を取り出し、日が暮れる寸前まで静かに本を読んだ。
しかしそれが頭に入って来る事は無い。本は開かれたまま、フェリチアーノの思考は別の事を考える。
ここに居る間はお茶を飲まなくて済み、毒に犯される心配はない。
毒が無いと判断された紅茶は家で出されれば飲まないわけにもいかず、長年飲んできた銘柄を今更変える事も怪しまれるだけだ。
だが絶対にアレに何かがあるのだとわかっている物を、敢えて口に入れる事に恐怖心が無いわけではない。
全てを諦めていたが、せめてテオドールとのごっこ遊びが終わるまでは楽しい時間を過ごしたいと言う欲が出て来たのは倒れたあの日からだった。
悪あがきだとはわかってはいるが、息苦しい家を出てこうして少しでも元凶から離れようと無駄な悪あがきをしているのだ。
あれから徐々に体調は悪くなっている。足元がふらつく事も増えていたし、眩暈も増えて来た。それでもテオドールに会う日に再び失態を犯してはならないと、フェリチアーノはいつもテオドールと会う時には気合を入れる。
少しでもバレない様に立ち居振る舞いを気を付け、心の底からそのひと時を楽しんでいた。その瞬間だけは体の不調を忘れる事が出来た。
しかし帰宅してからの倦怠感はそれ以上で、ベッドに入れば体は鉛の様に重く沈む。それでも楽しいひと時を思い出しながら眠ればそれもまた一瞬だ。
辺りに冷たい風が吹き始め、取り留めのない思考から意識を切り替えれば空には黒い雲が広がり始めていた。
いつもの帰宅時間にはまだほど遠いが、ここで雨に降られて無駄な体力を消耗する事は避けたかった。
足早に丘を下り辻馬車を拾って屋敷に引き返す内に空からは雨粒が落ちて来て、それは次第に大雨へと変わって行く。
後少しでも判断が遅れて居たら冷たい雨に晒され風邪をひいたかもしれないと、そう考えたフェリチアーノは自身の判断に褒めてやりたかった。
屋敷に着けば外はバケツをひっくり返したような土砂降りで、僅かに濡れただけの衣服を着替えようと自室に向かえば部屋の中からガサゴソと物音が聞こえ、手に掛けたドアノブからそっと手を離した。
暫く身を潜めて扉を窺って居れば中から上機嫌のアガットが出て来て、フェリチアーノは気づかれない様に溜息を吐いた。
誰も居ない事を確認してから自室に戻ったフェリチアーノは衣裳部屋の扉を開けた。
隠す気が無いのだろうかと疑いたくなるほどに乱雑に閉められた衣装ケースに、宝飾品を入れているケースなどは開けられたままになっていた。
「まんまとアレを持って行ったのか」
無くなっている宝飾品を確かめたフェリチアーノは一人呆れた様な笑みを浮かべる。
テオドールから送られてくる物に興味を持っている事は解っていた。その為フェリチアーノはアガットや他の家族が興味をそそられそうな大ぶりでギラギラとした宝飾品を態と一番目立つ所に置いていたのだ。
それもテオドールから貰った箱についていたリボンと一緒に。
目利きが出来ない彼等にはきっととんでもなく高額な宝飾品に見えるのだろうが、その実態は巧妙にガラスで作られた値段が安い品物だ。
それにテオドールから宝飾品を贈られそうな時は断っていた為、そもそもそんな宝飾品は存在しない。
リボンも中身が菓子の箱についていた物だが、家族が居る前では開けた事が無い為にそんな事すらも気が付かない。
本当に頭の悪い人達だと思いながら、フェリチアーノは衣裳部屋から出ると執務室に行き、今朝テオドールから届いたばかりの花束が活けてある花も見て微笑んだ。
宝飾品なんかよりも、花や菓子に添えられる手紙の方が今のフェリチアーノには何よりも価値がある。
それすらもわからない家族に、フェリチアーノは呆れると共にほっとしている部分もあった。花や菓子などは取られはしない。
手紙は念の為にとフェイクの物を用意してあり、テオドールからの物は全て鍵が掛かった二重底の引き出しに閉まってある。
ジャケットの内側から今日の手紙を取り出し、ゆっくりと読んだフェリチアーノは大事そうに引き出しにしまいカギを掛け、手紙をしたためるのだった。
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