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86 蘇る者
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春輝は衝動のままにボックス席から祭壇の前へと駆け寄った。その目は既に周りは見えておらず、ただただ一人の少女に注がれている。
祭壇の前でジェンツの傍らに立つ少女は紛れもなく死んだ春輝の妹、いちかだ。透明感に溢れた白い肌と、透き通るような白い髪。白いまつ毛に縁どられた赤い瞳は、間違いようがなく春輝の最愛だ。
「いちか、本当に……いちかなのか?」
息を切らし祭壇の前に突如出てきた勇者に誰もが目を見開き場は騒然とした。しかしジェンツはそんな春輝を目の奥を歪ませながらも綺麗に微笑んでいる。
これで完全に勇者は手に堕ちたとジェンツは確信めいた物を感じた。春輝が携えている聖剣は淡く光を放ち、ここぞとばかりに核から魔力を流して春輝を洗脳の渦に飲み込んでいく。
死んだはずの最愛の妹が姿を現したことにより、春輝の精神はいとも容易く隙を作った。それこそがジェンツがいちかを蘇らせた真の狙いだ。
始めからこうすれば良かったかとも思えるが、そんなことは無い。期間を開けすぎては効果は無いだろうが、このタイミングであるからこそ隙を作ることができたのだ。
遅くても早くてもいけない。そしてそれは完璧な勇者の妹を作り出すためにも必要な時間でもあった。
計画通りの春輝の反応に、ジェンツは愉悦を浮かべる。ここが大勢の人前でなければ、高笑いでもしてしまいそうだった。
いちかはジェンツの側から離れると、震える春輝の手をぎゅっと握り涙を湛えた大きな瞳で春輝を見上げてくる。久しぶりに感じる小さい手に、慣れ親しんだ体温は一気に春輝の心を捕らえてしまう。
「お兄ちゃん」
「いっいちか、いちか!!」
待ち望んだ声で呼ばれ、春輝は迷いなくいちかに手を伸ばしその小さな体を抱きしめた。ふわりと香る子供特有の甘い香りが春輝を包み込む。
失ったはずの物が戻るはずがないとどこかで理解しているはずなのに、春輝にはもうそんな些細なことは考えられなかった。目の前に居て動いているだけでどれ程心を揺さぶられるか。
「神はこの度の魔王討伐の際に起きた悲劇に大変心を痛め、勇者であるハルキ様の願いを叶えられました。妹君であるいちか様は、聖女として再びこの国にハルキ様の元に戻られたのです」
ジェンツが高らかにそう宣言すれば、静まり返っていた教会内は異様な熱気に包まれ、大歓声が沸き起こった。
歓声が木霊する教会の中、ガベルトゥスは苛立ちを隠せずバキリと椅子の肘置きを破壊した。
「トビアス、棺は燃やしたんじゃなかったのか」
地を這うような声と鋭い視線でトビアスに問いかければ、問われたトビアスも驚愕に目を見開きいちかを見ていた。
「確実に燃やしたはずです」
「じゃああれはなんだ!?」
「精霊族に、死者を呼び戻すなんていう芸当はできないはずです」
「だがアレはあそこにいるだろうが!!」
トビアスも混乱しているのだろう、必死に頭を回しているようだ。しかし今のガベルトゥスにそれを気遣うほどの余裕はない。
春輝が己の手を離れ、あっけなく妹のそれも敵の元へ行ってしまったことに焦燥感と怒りが湧き上がる。
春輝が完全に呑まれてしまったのか、まだこちらに戻せる希望はあるのか。早く確かめたいのに、今下手に動くことができない。
「トビアス、なにがあってもお前は従者だ。ハルキの側を離れるなよ」
力強く頷いたトビアスと共に、ガベルトゥスは祝福を述べる貴族達に混ざって春輝の元に近づく。
既に遠目からも分かる程に、春輝はいちかだけしか視界に映していない。周りの喧騒は既に聞こえていないようだった。
「勇者様へ、お慶び申し上げます」
順番が来たガベルトゥスは慇懃に春輝へと腰を折った。僅かに反応を示した春輝がガベルトゥスをちらり見やる。
ガベルトゥスはその僅かな反応に、期待を込め縋るような気持ちで春輝を見た。だが次の瞬間、春輝は横にいるいちかへを見る蕩けるような表情からさっと色を消す。
春輝はガベルトゥスを冷たく見据えたかと思うと、聖剣を抜き躊躇いなくガベルトゥスの喉元へその刃を向けた。
突然の春輝の行動に、回りは一気に騒がしくなる。対処が遅れたガベルトゥスは、聖剣の刃が首元を僅かにかすり、浅く切れた首元から紫の血を流した。咄嗟に首元を隠したが、しかしその血を見たジェンツの口角が歪に上がったの見て失敗を悟る。
「彼は魔族です!」
ジェンツが声高に叫べば、教会内部は阿鼻叫喚となった。我先にと出口へ向かう招待客。その中でジェンツは隠しもせずに、勝利を確信したような笑みをガベルトゥスへと向けた。
祭壇の前でジェンツの傍らに立つ少女は紛れもなく死んだ春輝の妹、いちかだ。透明感に溢れた白い肌と、透き通るような白い髪。白いまつ毛に縁どられた赤い瞳は、間違いようがなく春輝の最愛だ。
「いちか、本当に……いちかなのか?」
息を切らし祭壇の前に突如出てきた勇者に誰もが目を見開き場は騒然とした。しかしジェンツはそんな春輝を目の奥を歪ませながらも綺麗に微笑んでいる。
これで完全に勇者は手に堕ちたとジェンツは確信めいた物を感じた。春輝が携えている聖剣は淡く光を放ち、ここぞとばかりに核から魔力を流して春輝を洗脳の渦に飲み込んでいく。
死んだはずの最愛の妹が姿を現したことにより、春輝の精神はいとも容易く隙を作った。それこそがジェンツがいちかを蘇らせた真の狙いだ。
始めからこうすれば良かったかとも思えるが、そんなことは無い。期間を開けすぎては効果は無いだろうが、このタイミングであるからこそ隙を作ることができたのだ。
遅くても早くてもいけない。そしてそれは完璧な勇者の妹を作り出すためにも必要な時間でもあった。
計画通りの春輝の反応に、ジェンツは愉悦を浮かべる。ここが大勢の人前でなければ、高笑いでもしてしまいそうだった。
いちかはジェンツの側から離れると、震える春輝の手をぎゅっと握り涙を湛えた大きな瞳で春輝を見上げてくる。久しぶりに感じる小さい手に、慣れ親しんだ体温は一気に春輝の心を捕らえてしまう。
「お兄ちゃん」
「いっいちか、いちか!!」
待ち望んだ声で呼ばれ、春輝は迷いなくいちかに手を伸ばしその小さな体を抱きしめた。ふわりと香る子供特有の甘い香りが春輝を包み込む。
失ったはずの物が戻るはずがないとどこかで理解しているはずなのに、春輝にはもうそんな些細なことは考えられなかった。目の前に居て動いているだけでどれ程心を揺さぶられるか。
「神はこの度の魔王討伐の際に起きた悲劇に大変心を痛め、勇者であるハルキ様の願いを叶えられました。妹君であるいちか様は、聖女として再びこの国にハルキ様の元に戻られたのです」
ジェンツが高らかにそう宣言すれば、静まり返っていた教会内は異様な熱気に包まれ、大歓声が沸き起こった。
歓声が木霊する教会の中、ガベルトゥスは苛立ちを隠せずバキリと椅子の肘置きを破壊した。
「トビアス、棺は燃やしたんじゃなかったのか」
地を這うような声と鋭い視線でトビアスに問いかければ、問われたトビアスも驚愕に目を見開きいちかを見ていた。
「確実に燃やしたはずです」
「じゃああれはなんだ!?」
「精霊族に、死者を呼び戻すなんていう芸当はできないはずです」
「だがアレはあそこにいるだろうが!!」
トビアスも混乱しているのだろう、必死に頭を回しているようだ。しかし今のガベルトゥスにそれを気遣うほどの余裕はない。
春輝が己の手を離れ、あっけなく妹のそれも敵の元へ行ってしまったことに焦燥感と怒りが湧き上がる。
春輝が完全に呑まれてしまったのか、まだこちらに戻せる希望はあるのか。早く確かめたいのに、今下手に動くことができない。
「トビアス、なにがあってもお前は従者だ。ハルキの側を離れるなよ」
力強く頷いたトビアスと共に、ガベルトゥスは祝福を述べる貴族達に混ざって春輝の元に近づく。
既に遠目からも分かる程に、春輝はいちかだけしか視界に映していない。周りの喧騒は既に聞こえていないようだった。
「勇者様へ、お慶び申し上げます」
順番が来たガベルトゥスは慇懃に春輝へと腰を折った。僅かに反応を示した春輝がガベルトゥスをちらり見やる。
ガベルトゥスはその僅かな反応に、期待を込め縋るような気持ちで春輝を見た。だが次の瞬間、春輝は横にいるいちかへを見る蕩けるような表情からさっと色を消す。
春輝はガベルトゥスを冷たく見据えたかと思うと、聖剣を抜き躊躇いなくガベルトゥスの喉元へその刃を向けた。
突然の春輝の行動に、回りは一気に騒がしくなる。対処が遅れたガベルトゥスは、聖剣の刃が首元を僅かにかすり、浅く切れた首元から紫の血を流した。咄嗟に首元を隠したが、しかしその血を見たジェンツの口角が歪に上がったの見て失敗を悟る。
「彼は魔族です!」
ジェンツが声高に叫べば、教会内部は阿鼻叫喚となった。我先にと出口へ向かう招待客。その中でジェンツは隠しもせずに、勝利を確信したような笑みをガベルトゥスへと向けた。
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